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【 消 滅 し た 科 学 部 の 爆 破 事 件 ② 】

 良子さんは学校生活に埋没して、真面目な少女と印象付けるために、怜悧狡猾な計算のもと身嗜みを整えて立ち居振る舞う。


 裏情報の漏洩を要求してくるとは意外だった。

 大人っぽくて蠱惑的な笑みが、頭をチラつく。



「……どう?」

「ちょい待ち」



 薄暗い生徒指導室、担任の手と、答案用紙の映像。

 右手の指を折り素早く数えて、10、11、12?

 思ったよりも少ないなぁ。

 ちょっと見栄を張っとこ。



「20弱、断片だよ?正確に覚えているのは……6」

「6?」


「オレより通知表で理科の良かった奴のテスト結果」

「そっちも見たのね?」


「それは開示させたよ」

「あれ本当にやるの?」


「やる!」

「やるの」


「オレには容易に可能だ、それを証明するだけだ」



 ギリッっと歯軋りすると良子さんは溜息をついた。


 ……ここはひとつ冷静さを取り戻そう。


 覆ったままの左目で、過去を覗き見る。

 視えた、ふくよかなふともも、白地に青い三角形。


 あぁなごむなぁ、なんてすてきなパンティなんだ!

 ありがとう良子さん、ありがとうラッキースケベ。

 この、忌まわしき我が能力に。

 こんな活用法があったなんて♡


 と。


 そのまま、数日後の夕方の校舎が視えた――――





 図書館で借りた1冊の本を手に、夕陽に染まる斜光に立つ姿。

 逆光を遮り透ける髪の流れと、口元だけが鮮明に見えている。



『写真を撮るかのように瞳に映ったものを記憶して再生する、幼児期に抜け落ちてしまうはずの先天的な記憶術。アイデティクメモリー』


『アイデンティティ?』


『映像記憶能力、アイデティクメモリーよ』


映像記憶能力(アイデティクメモリー)。それが、このバケモノの正体か。 ……幼児?オレは中学2年になった今も視える、なんでだ?!』


『稀に成長しても使える人がいるの、特殊な能力ね』



 そこから先の光景や、話の輪郭は、ぼんやりしている。

 ただし、話に聞くよりも中途半端なものという印象だ。

 オレの場合、手当たり次第に覚えているわけじゃない。

 いつなにを記憶したのかも自覚していなかった。


 『覚えていた』


 その程度の、すこしだけふしぎな能力。

 だから、あまり使い道がない。


 あの後、良子さんは去り際に「似てる」と呟いていた。

 なにが似ていたんだろうか――――





 頭が斜めでは床屋さんごっこが進まなかったのだろう。

 ぐいっと真っ直ぐに修正されて、現実に引き戻された。


 髪の隙間を流れる手櫛の、細い指先の感触が心地良い。



「はい、完成っ。 ……また暴れないでよ」

「あぁ、ど~も。 ……暴れ?」


「机っ!忘れたの?!」



 1つの机を指差した、自称・不良のタカちゃんの席だ。

 壊 れ て ひ し ゃ げ て る 。



「ごめん。あんまり覚えてなくて……恐かった?」


「なんで自分の机壊すの?高橋君が交換してくれたけど気の毒だって言ってるの!足が曲がって天板割れてるんだよ?!」


「さっき説明しただろ?通知表でオレより理科が良かった奴のテストを全部見た、オレより点の良かった奴はただの一人もいやしない、1年1学期から、今だって!この先も未来永劫に続く、そうだろッ!!」


「わ、わかってる、またやっちゃうから!」



 我に返って机の上の拳を見た、激しく痛む?

 まただ、やってしまった、感情的になった。


 こんな調子なので迷惑をかけるから、成績上位者の良子さん青木さんとは距離をとって日頃は会話すらしない。その配慮に気付けない世間知らずが、担任か。


 憂色を浮かべて左目を覗き込む良子さんが目に映る、オレのココには一体なにが埋まってるんだ、どんな顔をしている? ……それが怖い。

 両手で顔を覆って「見ないでくれ」と懇願すると丸めた背中に暖かい手の感触がほんのりある、その手が震えている。



「ほんと、ごめんな?」


「そりゃ満点の上はないよ?」

「99点だった、△が1問、他の奴は〇になってたけど」


「やりすぎよ……それで机?」

「やりすぎなのはどっちだ!」



 声が震えてる、縮こまって震えている。

 深呼吸して大きく吐き出し切り替えた。

 良子さんにあたってどうする、なにを苛ついてるんだ。



「ごめん。ちょっと抑えらんなくって」

「いいよ、悔しがってたの知ってるし」


「お詫びの品を用意したから許してよ」



 校庭を指差すと首を傾げた。

 野球部が部活を始めている。


 顧問は担任、タカさんピッチャー、それをカズが受けている。

 窮屈な学ランを脱いで白衣に着替え、お洒落に決まったフィッシュボーンを外に出して、ポケットに手を突っ込んで「部活、開始だ」と宣言する。



「こっから1年半。3年3学期末まで、完封してやるよ」

「担任は担任で災難だよ」



 良子さんは「科学部もう廃部になったのに」とぼやいたが「あるよ?」と答えたオレがマッドサイエンティストに変貌していたので苦笑した。



()()()()()()……今日は運動部か」



 良子さんは小首を傾げてグラウンドを眺めていたが、「失敗か?」というオレの言葉に思わずといった風にこちらを見て、顔面蒼白となった。


 窓に貼り付き鍵を開けてガラリ!勢い良く開く。



「 待って高橋君! ス ト ―――― ッ プ !! 」


「危ないぞ、ここ2階だ……落ちんなよ?」



 良子さん、グッジョブ!

 これは成功フラグだな?


 珍しく大慌てする良子さんの姿に「どしたの?」と仲良しの青木さんが来たので「部活中」と外を指差すと「もー。だめだよ?」と小声で叱られた。


 茶色っぽくて少し細すぎるやや長めのストレートヘアがサラサラと風になびく、微笑みながら心底(たの)しそうにワタワタしている良子さんの後ろ姿を見ている。


 本人には内緒にしてるが「エルフっぽい」と内心では思っている、華奢で小柄、一重瞼の涼しい目元、端正な顔立ち、透き通るような色白だ。



「オレより綺麗な髪は青木さんぐらいだなぁ」

「茶色くて嫌だよ、染めてるって怒られるし」


「あ~そうなの、いつ?」

「昨日ね。体育の、ホラ」



 この伸ばしっぱなしの髪は校則違反だとイチャモンを付けた奴だ。


 生徒手帳で確認すると「肩にかかる髪は結ぶ」と三つ編みのイラストがあった、お洒落したい年頃の娘から見たら戦時中みたいな絶望的なセンスだ。


 クラスで一番ヤンキーぽい子がパーマ疑惑に隠れて泣いていた。

 理由を尋ねた時に出てきた名前も、奴だ。


 反吐の出るような下衆で、黒い噂もある。



「 やっぱアイツ …… () () す る か 」



 こういうとき背筋に怖気の走るような抑揚の無い「機械のような声」と、ただのレンズのような生命感の希薄な目をしている、表情すら無くなり人間に見えないと心配したカズさんから注意されていた。


 青木さんの色素の薄い瞳が憂色を浮かべ揺れるのが目に入った。



「なぁんちゃって?」



 大急ぎで胡麻化し窓辺へ行くと、良子さんが引き攣った顔でこちらを見たのと、クスッと青木さんが笑ったのと、校庭から唐突に派手すぎる破裂音が響いたのは、ほぼ同時だった。




    パ ァ ―――― ァ ア ン !!




 ただしこれは爆発ではなく()()()だ。



「カンシャク玉は大成功。ピッチャーマウンドどこいった?」

「ホームランだね」



 青木さんが校庭の隅を指差した。

 飛 ん だ ?



「なんで恩を仇で返すようなことするの?!」


「オレじゃないよ?あれは天本博士が作った」

「同一人物じゃないの!」


「声がデカい、あれ、タカさんの依頼品なの」

「あっ……ご、ごめん」

「もー」


「にしても。これってIDEにできるかな?」

「IDE? ……あれなんなの?!」



 ピッチャーマウンドで腰が抜けたように尻餅をついていたタカさんが、ハッ!としたように空を見上げ、続いてこちらを見た。


 小さく頷く。


 タカさんは誰にも見えないように左手の親指をそっと立てた。



「理科実験室の粋を尽くした化合物、ごらいこーぉ!」



 ポケットから理科室と劇薬物保管庫の鍵を取り出しシャラシャラ回してニンマリ(わら)うと良子さんは真っ赤になって怒り、青木さんは楽しそうにクスクス笑う。


 担任教師がこちらを茫然と見ている。

 当ててやろうか?


 『何故、あの真面目な2人とオレが?』 ……だろ?


 友達付き合いのない女子の命令なら、嫌々でも従う。

 オレが学級新聞に参加、そんな筋書きだったんだろ?


 この2人は、ネコ被ってる姿しか見せないからなぁ。

 まったく、能天気な男だよ。



「14にもなりゃ狡猾で慎重、それが女ってもんだよ?」


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