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【 ス ケ ー プ ゴ ー ト の 祭 壇 】  作者: 塩谷 文庫歌


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1/15

【 プロローグ・中学1年1学期 】

 教室の壁の大半を覆い隠すほどの、長い黒板。

 その窓側から扉へ向かって、椅子が1つ飛ぶ。


  ガ ッ !! ッゴン


 鋭い衝撃音と同時に、視線を走らせる。

 けが人無し、扉は無事、椅子は壊れた。


「……手が滑った」


 しらじらしい自己弁護、見え透いた嘘。

 静まり返った教室に俺の声だけが響く。


 やっと中学になり、まだ1学期なのに。

 結局、また3年、この繰り返しなのか。

 そんな自分にガッカリした。

 短絡的な行動と言動だったので、『あーやっちゃった』と軽く後悔がよぎった。40人ほどいる他の生徒は、事なかれ主義なんだろう。教室の前後にある入口の、前側を見て押し黙っている。


 シッポを出さない優等生、逆に、担任が訝しがられていた。

 一部の女生徒は懐疑的を通り越して嫌悪の視線さえ向けた。


 彼一人が理不尽に曝されているのは何故なのか、と。


 担任教師が、唖然とこちらを見ている。

 震える瞳に浮かぶ、恐怖の色。

 それは直後、怒りに変わった。



「お前、こんなことをしてッ!!」



 それはコッチのセリフだよ、と。

 言いかけた言葉は、飲み込んだ。

 少し頭を冷やして、考えてみる。


 小学校から申し送りがあったので、早々に対処したと担任は言った。この反応、()()()()()()()程度の内容で、肝心な情報……『()()()()()』が抜けていたから、シカトすれば済むと軽く考えていたようだ。


 怒りに任せて一方的に持論を展開するタイプだろう。勉強不足の教員に文部省の学習指導要領を話して聞かせても、どうせ理屈もへったくれも無い論理で感情的にがなりたてて、こちらが不利になっていくだけだ。


 まして、先に手を出した、この状況下なら。


 できれば使いたくなかった、奥の手だった。

 手段を選ぶ余裕は無い、か……



「その椅子は元々そこにありました」

「お前が、椅子を投げつけてきたんだろッ!」


「先生。俺の椅子だったら、()()()になるよ」



 自分から大問題だと言ってしまった。

 日記で教壇を叩く、鋭い音が響いた。


 スパーン!!


 これは、頻繁にする行動。

 それで生徒は全員ビビる。

 教室は、静寂に包まれた。

 教師の顔に喜色が浮かぶ。

 が。

 内心『ひっかかったな』と、ほくそ笑んだ。



「俺が教壇に座らされてない限り、そこに椅子を投げられないって言ったんだよ。懲罰だったら問題だ。()()()()? ……()()()()()()だろ」



 担任教師は思考が追いつかなかったらしい。

 まぬけな顔で「え?」と呟いた。

 アンタは初めての状況だもんな?


 俺は3年この境遇、丁寧に説明してやるよ……



「どう移動したら、そうなるの? 教壇の隅に置いて生徒を座らせた椅子は無い、そうしておきたいのは先生だろ。 ……()()()()()()()()()になるんだから」


「お前、なに言って……」


「教壇の隅に座らせたのか、すべて無かったことにするか。好きに選んだらいい。そんな事実があったのか、無かったのか。どっち?」


「そんなのは論点のすり替えだッ!」

「どこが論理的?筋が通らないだろ」


「なんだと?!」

「論点?どーでもいいよ。どっち?」


「なにがだ!!」

「あったの?無かったの?どっち?」


「話にならないッ!」

「だから、どっち?」


「話を聞けッ!」

「で、どっち?」


「もういい!今日は自習にするッ!」



 担任は本当に職務を放棄して退室した。

 職員室に行くのか?


 ふたたび教室は静まり返ってしまった。

 まいったな……椅子が壊れてしまった。


 先日の席替えで一番後ろに陣取ったタカさんが、自分の椅子をブラ下げてきて、俺の前に「こっち使え」と置いたので、頷いた。


 こいつとは、入学早々ひと悶着あった。

 今はお互い、一目置いている。


 扉の下で足の曲がった椅子を拾い上げると、ガゴンと自分に席に置き、グラグラ揺らして「こりゃ寝心地良さそうだ」とゲタゲタ笑ったが、同調する者はいない。それほど場の空気は最悪になっている。



 すこしして。



 クラス委員の内池(うちいけ)良子(りょうこ)さんが近付いてくる気配。

 顔を上げると、廊下へ出るよう目配せしてきた。


 階段を下りていく後ろ姿。

 ピンと伸びた背中、綺麗に編んだ黒髪。

 真面目そうな子だ、行き先は職員室か。

 担任に謝罪しろ、と言うつもりだろう。


 後を付いていくと、体育館に続く渡り廊下?

 途中にある、派手なピンク色の扉を開いた。



「入って」

「ここ?」



 連れ込まれたのは、女子トイレの、個室だった。

 鍵をかけて、扉に身体を預けると、深い溜め息。



「知ってたのね?」

「え……なにを?」


「まさか知らずにやったの? ……なんで?!」

「ちょっと俺、なんのことだか」



 知ってるとか、知らないとか。

 なんの話をしてるんだろうか。



「だから……カンニングって、私が言われてて」

「あぁそれ?するわけないだろ?」


「してないと思ったくらいで椅子を投げたの?」

「してないから投げた。 変か?」


「でも。先生に、あんな一方的に文句を言って」



 それは痛恨のミスだった。



「あそこに何年も座ってるんだ。なんて言い返してやろうか、毎日毎日考えてた。アッチはいきなりで面食らってたけど、コッチはスラスラ出てきて当然だろ」



 内池さんは考えこんでいたが、小さな声で「助けてくれたの?」と呟いてから、こちらの返事も待たずに「視せて」と強い口調で言われたので、思わず「なにを」と尋ねた。



「目よ」


「目ぇ? ……目を見るの苦手で」

「時間かかるかも……我慢してて」



 無意識に後退ったが、便器に膝の裏が当たった。

 そのまま、ぺしゃりと腰かけた。


 顔を両手で捕まえられ、ずいっと近付いてくる。

 逃がすつもりはないらしい。


 鼻の頭が当たるほどの距離。

 唇を吐息が撫でていく感触。



 そして。



「 な ん だ …… こ れ 」



 覗いているような、覗かれているような、感覚。

 接地しているはずの両足が、フワフワ浮遊する。

 水面を揺蕩うような、重力が弱くなったような。

 奇妙な感覚に包まれていた。


 やや暫くして――



「先生の矛先を変えるために、椅子を投げた。 ……正解よね?」

「え?」


「カンニング疑惑は尾を引く。強引に止めさせた。そうなのね?」

「だから。さっきから、そう言ってたろ」


「言ってないわ、一言も」

「言ってなかったっけ?」



 内池さんの目尻が下がり、「危なっかしいね?」と呟いた。

 放心状態の俺を抱きかかえる、やわらかい内池さんの身体。



「助けてくれて、ありがと……立てる?」

「内池さん、意外に凄いことするんだな」


「こっちのセリフよ。似てるわね、私達」

「似てる……?」



 間近で見るきめ細かい肌、首を斜めに横切り浮き上がる筋、透き通るような耳、そして。さきほどとは違う、綺麗に光を捉えるだけになった瞳の、緻密な虹彩。

 耳元で「良子でいいわ」と囁く声音は、とても甘く響いた。



 中学1年、1学期の終わりころ。

 それ以来、良子さんから目が離せなくなったんだ ――――

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