【 消 滅 し た 科 学 部 の 爆 破 事 件 ① 】
小学4年生のころ、だから5年ほど前か。
席替えの時、教壇の上に机を据えられた。
小5のクラス替え、中学に上がってから、2年になって、その間何度も席替えはあったがオレにはここが定位置で、学年や担任、学校が変わっても、同様の対応をするよう申し送りがあるそうだ。
ずっと教壇の端、窓際に置かれたまま。
きちんと並べた学校机からハミ出して。
ぽつんと、一人分。
常態的に行われている学校側の対応、あまり興味もないし気にしていないけど、教育委員会の御偉方が視察に来たり授業参観の時に戻るのが煩わしいのが難点で、近くにスペースを開けておいてくれと注文をつけた程度で満喫しているが――
性根は、腐っちゃった。
キーン コ~ン カーン コ~ン♪
学校机から体を起こし、左上に掲げられた時計を見る。
首の骨がゴギリと鳴った。
午睡から目覚めた気怠さに、座ったままで頬杖をつく。
[チャイム鳴った、やっと自由時間か]
溜息をついた。
中学校2年生の現在、意味不明な授業と理解不能な規則ばかり。
時間を浪費することに脳は拒否反応しか示さない……つまらん。
なにやら〆の言葉、担任教師が教室を出ていく。
その後ろ姿を教壇の上でぼんやりと眺めていた。
少々違和感が残った黒板へ目を移す。
「 な ん だ こ り ゃ ? 」
ガタイの良い友人が、呆れ顔で教壇に上る。
トントンと近くへ渡って来て渋い顔をした。
……と、雰囲気で把握している。
この男が、どんな顔をしているのか、本当は知らない。
オレは他人の目が怖い、目を見て話すことができない。
「お前なぁ、ホームルームずっと寝てたろ」
「勝手にやれ、見てのとおり部外者なんだ」
「学級新聞のコンクールって真っ先に名前書かれたぞ?」
「カズ、そりゃさすがに起こしてくれよ!」
「授業に参加しないから教壇に席があるだろ、どうしろっての?」
「苦情は担任に言ってくれ、ここが小学生の頃から定位置なんだ」
「その担任に説明係を受け賜わったんだよ」
マジか、学級新聞? 横目で黒板を見る。
オレ、カズさん、ユーキの男性陣。良子さん青木さん?
オレの監視役にはカズさんが毎度毎度の大抜擢として。
さして仲良しグループでもないけどな。
これってどんな基準で選んだ……あぁ!
「人選について説明したか?」
「別に。人選?」
「いつやるの?」
「夏休み期間中」
「カズさん部活が……夏休み潰すのか?」
苦笑いしてコッソリ黒板を指さした。
あぁ、結果オーライということか、野球部員だし。
人選の基準を話さなかったのも当然だ。
さすがに「当て擦り」とは言えないか。
「カズ」
「あ?」
「カズさんよぉ」
「だからなんだ」
「すまんかった言い過ぎた、今日も部活頑張れ青少年」
シッシッと追い払った手で輪ゴムを取り出して、チョイチョイと手招きすると、井戸端会議の輪から一歩離れて立っていた女生徒が、すぐに気付いてやってきた。
きちんとしているの代名詞、優等生の、良子さん。
体重が増えた減ったで、のべつ幕無し大騒ぎする。
標準体型の下だろう、それがなにかは知らないが。
背後に回りながら「痛むよ?」とポケットから可愛らしい髪ゴムを取り出した。丁寧に前髪から梳かしはじめて、「サラサラ、う~ん、腕が鳴るなぁ!」と床屋さんごっこに御満悦。
「お客さん、どうします?」と聞いてきた。
「それより、当たってるぞ」
「え~?なにが、どこに?」
「わざとか」
「そうかも」
振り向くと、奥二重のアーモンドアイがうっすら微笑んだ。
吸い込まれそうな、綺麗な瞳だ。
「校則どおりに頼む。けど……学級新聞?」
「腹立つよねぇ!50位以内、でしょ~?」
「学年6位だっただろ、おめでとぉさぁん」
「何故それを?!」
「相変わらず歴史だけは、苦手なんだなぁ」
「あんたみたいなのと一緒にしないで。暗記科目が苦手なの!」
「あれは一体なんの役に立つの?何年前の話よ、まったくも~」
歴史だから、昔の話しか出てこないけど。
そりゃつまんないか。
でも試験の順位で選んだと気付いていた。
女子のほうが勘働きが良いな?逆にカズさんは人が良すぎる。
「前回テスト学年20位以内のメンツだよ」
良子さんは「20?あ!」の後でポカリ!と頭を叩いてきた。
「痛。やりすぎて19位だった」
「えぇえ~っ! 勉強したの?」
「それはしてない。けど……実験的に知ってる回答を書いてみた」
「やらなすぎの間違いでしょ!でも、数学ずーっと寝てたのに?」
「7分前に起きて書いたら消しゴムかける時間なくてさ、94点」
「3分後またすぐに寝たからでしょ!」
「4分だよ、4分もあれば埋まるだろ」
「問題用紙も見ないくせに良く言うわ」
「配ったのオレだったろ?」
ポカリと頭を叩かれた。
見てたのか。
丸見えだもんな、教壇の上にいるから。
「それにしても6点はどこへいったのよ」
「計算の、途中式? とかいうのを書いてないからとかなんとか」
「計算なんてしてないからじゃないの!」
「やりかた教わったこと、ないからなぁ」
真面目にやってよと良子さんは愚痴った。
「あれでも教育者?プロ意識皆無の担任に言ってくれ」
「まぁた!そういうこと言う」
「成績上げると文部省の学習指導要領に嵌まらなくて諸先生方に御迷惑をかける、オレだって窓もないような指導室で苦情なんて聞きたかぁないよ、知ってるだろ?裏取り引きしたのが裏目、裏目に出たのかな?コンクール向けの学級新聞ってさ、慌てて5人で作るもんじゃないだろ」
「裏取引?」
「ほぼ全員のテスト結果と通知表を知ってる」
「見たの?」
「説明しながら1枚ずつペラペラ捲ってった」
良子さんは「あのバカ」と担任の迂闊すぎる行動に天を仰いだ。
彼女はオレの特異な性質を知っている数少ない人間。
そう、あれは忘れもしない……いつだっけ?
徹夜明けで一睡もしていなかったので放課後寝てた。
良子さんと青木さんの仲良しコンビのキャッキャウフフという声で目覚めると、スカート捲りをしあっていたのだ、ただ偶然、たまたま居合わせただけで、流石に寝起きだったから「女の子同士で可愛い遊び」と頬杖をつき眺めていた。
良 子 さ ん の パ ン ツ 見 た 。
思わず動いて机がガタン! …… 即、バレた。
真っ青になって「忘れて!」と詰め寄った良子さんに「もう無理」と答えると、ピクリと眉が動いて「それは、どういう意味?」静かにゆっくり詰問した。
どうせ信じないという過信があった。「脳裏に焼き付けちゃったから~」と、おどけた調子で説明して、好感度と引き換えに冗談で済ませようとしたら、反応は想像と真逆だった。
ただジッと目を見て「なるほど、ね」と納得したので、仰天した。
2人は、前々から気付いていたと言った。
世界で数人しか知らない、奇妙な能力を。
良子さんは狡そうにニヤリと口元を歪め、「あとで詳しく」と耳打ちした。
「意外だなぁ、興味あるんだ?」
「普通は知り得ない情報でしょ」
「そりゃそうか……断片的には」
頬杖をついていた手で左目を覆う。
この左目の信号をカットしてしまうのは自分なりに編み出した能力の使い方。
『 映像記憶能力 』
それは写真を撮るかのように瞳に映ったものをカシャと鮮明に記憶して、再生する。幼児期に抜け落ちてしまうはずの驚異的な記憶術 ――