口封じ
「犯人は、幼稚なサイコパスではないかも。目的が子ども殺しで母親が共犯と仮定して……」
マユは犯人の行動を順に追っていく。
7月、黒犬、南マコトは上京していた。
……子どもを殺すためでは無かったか?
結婚が決まり、(認知はしていないが)息子の存在が邪魔になった。
母親も同様に育てにくい息子が疎ましかった。
子どもをアパートの階段から突き落とす。
事故死に見せかけて殺害しようとした。
だが計画は失敗する。
死には至らず重い障害が残った。
兄の家に滞在していたとしよう。
途方に暮れていただろう、その時に
聖を、奈良の山奥の剥製屋を知った。
再び事故を装うのは危険だと考えていた。
誰かが殺してくれたら一番いいのにと
あり得ないアクシデントを望んでもいた。
兄たちの会話を聞いていて
恐ろしいアイデアが閃いた。
今度は間違い無く子どもを殺し、
この剥製屋に犯人になってもらうのはどうか?
(霊感剥製士だって、ばかばかしい。
人殺しは見ればわかる?
イカれた奴だろ)
人づきあいが嫌いな変人。
小さな吊り橋でしか行けない森の中に住んでいる。
家族は居ない。
犬が一匹。
人なつっこい紀州犬だという。
人混みを嫌がるのに
新宿に来るのは苦痛だろうから
せめて、ゴジラホテルに泊まらせてあげる、らしい。
「まず、ここに凶器を取りに来たの。子どもを殺せる道具ならなんでも良かった。
そして細かい計画を練ってみた。セイがパーティ会場からホテルに直行し、翌朝も真っ直ぐ東京駅に向かうと予想した。いつ何処で息子と他にもう1人殺すか……時間も場所も絞られてくる」
「俺に罪を被せるために、朝の新宿駅で子どもを殺した……ホームレス殺しの発覚が翌朝になったのは、たまたま、そうなったんだ。もし直後に発覚していたら大騒ぎになっていた。それでも問題無かったの?」
「現行犯で捕まらない限り、問題無いでしょ。子どもの他に、もう1人殺せたら、良かったのよ。セイが新宿に居る間に、セイのアリバイが立証できない時間帯にね。ホームレス殺しがすぐに発覚しても、翌日の子ども殺しと凶器が同じでしょ。無差別殺人事件になるわ」
たとえば、翌朝に子ども殺しの前後にもう1人襲っても良かった。
ホームレスの老婆は
偶然、人が目を背けるみすぼらしい姿で
薄暗がりに蹲っていたのが災いしたのだ。
一仕事無事に終えて
犯人は嬉々として聖に会いに行った。
「会いに?」
「そうだと思う。セイがMホテルからゴジラホテルの方向に行くのは確認した。その後の動きを確認する必要があった。フロントで呼び出して貰うつもりだったんでしょう。チェックインしたかどうかもわかるし」
まだ到着していないなら待つつもり。
聖が居れば(パーティで会いましたね、有名な霊感剥製士と聞いてピールでも奢りたくて)と会いに来た口実は作れた。
「そっか。アイツ本気で俺に会えて嬉しかったんだ。被害者の血を擦り付けるのにも成功したし」
「翌朝はね、ゴジラホテルに居たと思うわ」
「居たの? 見なかったけど」
「早朝からセイのすぐ側に張り込んでいた。チェックアウトの時間を予測するために」
「そっか。俺がホテルに居る間に子どもが襲われたら、俺を犯人に出来ないんだ」
聖がホテルの部屋を出る姿を確認し、
新宿駅構内に直行する。
走らなくても10分も掛からない距離だ。
新宿駅構内には、かつての恋人が、
可哀想な子を車椅子に乗せて連れてきている。
広い構内の監視カメラに映らない
人目の無い場所で子は首に針を打ち込まれる。
母親は、直後に駅員の処に行ったのでは無い。
聖が新宿駅を通過した後で通報する計画だった。
犯人はゴジラホテル側の改札を出て聖を待つ。
交差点からホテル正面までスッキリ見える場所で。
「セイが真っ直ぐ駅に来ると思い込んで」
「でも実際は駅前の交差点を右に行った。都庁の方にね」
「想定外で驚いたでしょうね。慌てて尾行したでしょうね」
「子どもが刺された時間は確か10時前後と報道されていたね。俺が黒犬を撮した動画は10時半頃だった。俺が新宿駅に行かないと、母親は通報できない。構内でずっと指示を待ってた?」
「そうでしょうね。思いがけないセイの行動だけど、尾行してみれば行った先は都庁の展望室。誰かと待ち合わせの様子も無い」
子どもが刺されて気付くまで長すぎるのは不自然。せいぜい10分と思われる。
犯人は聖が都庁から駅に向かうのを確認し、母親に指示を出した。
(いつ誰に刺されたか解らない)
と証言させて。
「新宿駅構内は、とても広いのでしょう? 中にコンビニもあって」
「そうだよ」
「いずれ凶器のネイルガンの持ち主が特定される。その人物が犯行現場の監視カメラに映っていた。犯行時間後に。聖は都庁を出て真っ直ぐ駅へ行った。11時前には駅に着いたのね?」
「多分。……そうか俺は犯行時間の1時間後に間違い無く現場に居たんだ。警察が現場の映像を調べれて俺を見つけるかも知れないんだ」
「そう。そしてね、セイが新宿駅に居たのは子どもが刺された後だと、証明する手立ては無いのよ」
「……?」
「駅の防犯カメラは全てを写すわけじゃない。カメラに写っていない事が、その場所に居なかった証明にはならないでしょ?」
「あ、じゃあ、俺が都庁のカメラに写ってれば身の潔白を証明できるんだ」
「……映ってればね」
「多分、ちらっとは映ってるさ。黒犬の奴、それに気付かなかったのかな。計画的な犯行にも穴があったのか」
「穴かもね。……犯人が気付いてなければ良いけど。充分解っていて穴を埋める気かも知れない」
「穴を埋める?」
「セイ、警察がなぜ都庁のカメラを調べるの?」
「それはさあ、いざとなったら俺が要求するからね」
「セイが言わなきゃ、都庁展望室のカメラまで調べないって事よね」
「……? いや、カオルに話したから。調べてくれるよ」
「実際はそうね。だけど犯人はしらない。刑事の幼なじみが側に居ると、しらない」
聖の口を封じれば、
聖のアリバイも封じ込められる。
「2人殺したのよ。もう1人殺すのをためらうかしら?」
マユは心配そうに聞く?
へっ?……もう1人って?
自分の事だと気付くまで、
暫く時間がかかった。