カモフラージュ
事件の続報は出ない。
被害者に関しての心ない情報は湧いている。
バス停で殺された老女が窃盗の常習犯で
何年も服役していたとか、
子どもを殺された母親が
シングルマザーで父親知れずとか。
「殺された男の子、車椅子が必要になったのは事故が原因なのね」
「アパートの階段を転がり落ちて頭を打ったんだ。今年の夏、7月だって」
脳内出血で半身麻痺となった。
「ねえ、不幸続きなお母さんなのに、酷いこと書かれているわね」
階段から落ちたのは事故では無く
母親の犯行だと、あちこちに書かれているようだ。
マユは、それが気に掛かるという。
「元を辿れば、根も葉もない事だろ。弱い者虐めだよ」
「根も葉もないと、確かめたいわ」
噂の元を捜す。
元々子どもには発達上の障害があり、母親は疎んじていたと
近所で噂だと、匿名の掲示板に書かれていた。
育児放棄、虐待、アルコール依存症、自称女優でじつは風俗嬢。
子どもに多額の保険を掛けていたとも書かれている。
通り魔に殺されてラッキーかもと。
「悪く書きすぎよ」
「今までだって被害者の母親が叩かれることはあっただろ。どういう心理かわからないけど」
「それはね、行方不明事件とか、殺されて、犯人が分からないケースじゃなかったかしら? 母親犯人説に繋げていくような盛り上がり方、だったでしょ。でも今回は通り魔の犠牲になったのよ」
「黒犬に殺されたんだ。母親は、関係ない」
「関係ないのに、母親が関与しているかのような書き込みもあるわ」
「もう一人殺されていることを除外して、無責任に言ってるんだよ」
「ねえ、殺されたのが子どもだけなら、母親が疑われていたと思う?」
「どういうこと?」
「ふと、思ったの。もし母親が共犯者なら、犯人の姿が防犯カメラに写っていない説明が付くと」
「そうだけど。実際もう1人被害者は居るんだ。黒犬は行き当たりばったり……」
(行き当たりばったり)
口に出してみて、何か違うかもと
気付いた。
「ここまで凶器を探しに来たのよ。計画的よね。……ターゲットの選別は、行き当たりばったり、かしら?」
「違う。アイツはなにより自分が絶対捕まらないように、俺を担保にして用意周到に計画を立てた。ターゲットも選別した。基準はもちろん絶対捕まらないように殺せるかどうか」
バス停の片隅で座っていた老婆も
車椅子に乗って数分置き去りにされていた子も
周りに人の目が無かった。
防犯カメラからも死角だった。
それで選ばれた。
「2人が選ばれて殺された。……初めから2人殺そうと思ってたの?」
「サイコパス野郎の考えなんて謎だけど、子どもを殺した後凶器を手放している。2人で気が済んだんだろ」
「2日にかけて2人殺してる。絶対2人は殺そうと、思っていたのかな」
「1人じゃ満足できなかったんだろう」
「1人じゃ駄目だった?」
「まあ、そういうことかな」
「……1人じゃ駄目……2人……最低2人」
マユは、立ち上がって
部屋の中をゆったり歩きながら
ブツブツ繰り返している。
「セイ」
呼ぶ声が大きい。
瞳も大きい。
「犯人は2人殺す必要があったのよ。無差別殺人に見せかける為に」
「無差別ではなかったと?」
「ターゲットは子どもよ。ホームレスのお婆さんはカモフラージュに偶然選ばれたの」
「黒犬には、子どもを殺す理由があったって事?」
「ええ。子どもだけが何者かに殺されたなら、捜査の対象になっていた」
聖は、だんだんマユの推理が見えてきた。
かつて東京で劇団員だった黒犬。
自称元女優の母親。
子どもは私生児。
黒犬は結婚が決まっていた。
「子どもが階段から落ちた事故は7月、だったな」
(夏に会ったわよ。彼と南君と私でね、六本木で飲んでたの。そこに弟君が合流した。たまたま大阪から来てたとか。そこでね、自分が代わりにパーティに出たいって)
加奈が、言っていた。
どうという事も無い話だと聞いていたが
恐ろしい事実を含んでいる気がしてきた。