黒犬の素性
聖は、
不本意ではあるが、加奈に電話を掛けた。
「黒犬」の正体を知るために。
ゴジラホテルで声をかけられ、また会いたいと言われたので
社交辞令だと思うが
念の為、情報が欲しいと。
……マユの指示通りに、聞いてみた。
「変なジャケット着てた、ああ、アレね(笑う)……それはきっと、南君の弟だヨ。あの子ちょっと世間とズレてるの」
加奈は上機嫌だった。
で?
南君って誰?
「彼の大学んときの友達。海外出張でパーティには出られなかったの。それでね、弟が代わりに出たいって」
「……代わりに?」
「そうだよ」
その弟は、どういう奴?
まさか加奈は会った事も無かったとか?
「夏に会ったわよ。彼と南君と私で六本木で飲んでたの。そこに弟君が合流した。たまたま大阪から来てたとか。そこでね、自分が代わりにパーティに出たいって」
「4人で酒飲んで……俺の話もしたの?」
「したよ。関西人でしょ、共通の話題として、奈良の従兄弟の話はしたよ」
黒犬は予め剥製屋神流聖の情報を得ていたのだ。
「そんで、何している人なの?」
「それがね、変わってるの。長いこと東京で劇団員やっていたんだって。プロ目指してバイトしながら。でも芽が出なくて、つまり売れなくて夢を諦めて去年実家に帰ったらしい。ちゃんとしたビジネスマンになろうと。だけどさあ、30才でしょう。正社員は難しくて町工場でアルバイトしてたのね。それがね、その工場の一人娘に好かれちゃって、婿養子に入ることに決まったんだって。町工場と言っても株式会社で従業員130人の規模よ。そこの跡継ぎになったのよ。逆玉よね。南君も本人も、とても嬉しそうだったわ」
一生フリーターもあり得る人生が、逆転した?
近々結婚するんだ。
……なんで、そんな男が無差別殺人?
「『黒犬』って変わった名刺もらったから、変わった人だと思ったけど」
「黒犬は劇団員時代の芸名よ、確か(笑う)。犬が好きって言ってた。動物全部好きみたい。動物の剥製を作ってるセイに、凄く興味があるみたいだった」
「……犬が好きなのか」
真の犬好きにシロは吠えない。
愛情を持って接し、食べ物でも貰えば尾を振る。
吠えたりしないかも。
物置を弄っていても
飼い主の、俺の友人と認識したかも。
「実家は団地だから犬は飼えないの。セキセイインコを沢山飼っていると話していたわ」
加奈は最後に、
「色々話して、打ち解けて……最後にアニキの代わりに自分がパーティにでたいと。マコト君、だったわ、たしか。セイ、無邪気でいい子よ。連絡があったら会ってやって」
と。
「いい子だと……カナさん何も知らないからね」
マユはため息をついた。
殺人事件の犯人だと知れば
さすがにショックだろうと心配する。
「いや、カナは精神タフだから大丈夫。そんな事より、俺の存在を知って、東京で無差別殺人を思いついたのかな?……それだと、何か俺、全然悪くないけど責任感じる」
「責任無いでしょ。セイは被害者なのよ。利用されたのよ。カナさん、問われるままにセイのこと色々話したと想定しましょう。人混みが嫌いな事、ゴジラホテルを予約するつもり、だとか」
「此処の事も話したかも知れない」
「そうね。一人暮らしだと」
霊感剥製士と、いかがわしい印象だと考えもせず、加奈は喋っただろう。
元々自分がブログで広めたのだから。
「セイの話を聞いた後でパーティに出たいと、言ったの?」
「そんなニュアンスだったよ」
「セイの所持品を使って、セイが上京した日に決行しようと閃いたのかな。その2点で充分セイが疑われる。接近して被害者の血を擦り付けたのは、やってみたら可能だっただけかも」
聖は上着を調べた。
血液反応は有り。
黒犬が被害者の血を擦り付けたのは、憶測では無い。
「ダメ元でやってみた訳?」
……ゴジラのところでも展望室でも
……黒犬は嬉しそうだった。
……俺に会えたのが嬉しそうだった。
「セイが犯行時間近くに、犯行現場近くに、一人でふらっとしているのを確認できて、嬉しかったのよ」
「嬉しかったんだろうな。でもさ、本気で俺に罪を被せるつもりなら、血の件は、やりすぎじゃないか」
「私もその点が不可解なの。セイが取り調べを受けたとして、上着の血痕は誰が付けたか言うじゃない?」
「そうだろ。俺は、アイツの事を警察に喋るに決まっている。余計な小細工しなければ、俺はアイツが人殺しだと解ったけど、証拠が無いから通報できない状況だったのに」
「……浅はかな小細工かしら」
「カナが、いい子で無邪気だと表現していた。子どもっぽい、賢さレベル低いって事かな」
「無邪気な殺人鬼、なのかな」
「まともな奴ではないさ。逆玉結婚の決まった男が、どうして無差別殺人なんだ?……人生行き詰まった奴が自暴自棄でやっちゃうもんだろ」
「そういう人は逃げ道も捨てるわ。この犯人は違う。愉快犯かな。殺人ごっこしてみたかっただけかも。身を固める前に大きな事をしたかったとか」
「サイコパスで、バカだよ。人を殺してみたかったんだ。安直に俺を使えると考えてプランを立てたのさ」
「それならセイは大丈夫だね……もの凄く頭の切れるサイコパスでないなら。でも念の為、常にシロを側に置いてね」
マユは微笑んでいるが、何故か不安そう。
<常にシロを側に>
同じ言葉を結月薫にも言われたのが
引っかかる。
「……刑事さんも、同じ事、言ってたんだ」
「そうだよ。電話で事の経緯を話した。そしたら、今話した事を時系列、手書き文書にして署までFAXしろって。忙しそうだったから細かいことは聞かないで指示通りにした。1時間後にラインが入ってた」
「……シロを側にと?」
「そう」
正確には
電話で薫は聖の外出予定を聞いてきた。
向こう1週間は買い出しの必要も無いし
孔雀、トイプードル、ペルシャ猫と、
仕事が詰まっていると答えた。
薫は、聖の言葉をいちいち書き留めている気配。
そしてFAXを送った1時間後に
「セイ、ずっとシロに、側におって貰い」
と、ラインが来た。
あたかも
重要な事のように。