都庁展望室
部屋の窓から
ゴジラの顔が見える。
部屋は広く
和風の引き戸なんかが
凝っている。
加奈はグレードの高い部屋を
奮発してくれたのだ。
嫌々来たけど
案外幸せな東京の夜。
あんな男のことなど
自分の見間違いに、しておこう。
第一、<人殺しの手>だとして、
時間的に無理だろう。
Mホテルを出たときの状況を振り返ってみる。
新郎新婦に見送られて、大広間からぞろぞろ参列客が出て行った。
自分は、その最後尾だった。
伯母に(セイちゃんも、もういいわ。東京の一夜を楽しまなきゃね)
と、促されて席を立った。
それから、エレベーターで1階に降り、
フロントの大きな時計が目に入った。
18時30分だった。
そこから寄り道もせず、このホテルへ移動。
人が多くてゆっくり歩くしかなかった。
付いたのが19時頃。
フロントでの手続きが5分。
すぐにバルコニーに出た。
「アイツは、会場に最後まで居た。俺は出口近くに座っていた。途中退出者は居なかった」
Mホテルからゴジラホテルまで、徒歩移動で30分。
車でも、半分にも短縮できない。
彼は、人殺しでも何でも、移動以外の行動をする時間は無かった。
聖は忘れることにした。
そんな事より、
明日のミッションの脳内シミュレーションだ。
新宿行きが決まって
マユに、お願いされた用事があった。
「もし、出来たら、都庁の最上階にある展望室に寄って欲しい」
展望室から見下ろす東京の風景を
写真に撮って見せて欲しい。
人混みは怖いでしょ?
嫌だろうから無理にとは言わない。
展望台なんて
観光客で凄い混雑に違いない。
だけど
唯一おねだりされた<お土産>
スルー出来るはずがない。
行くと決めたが
ルートを頭にたたき込んで
なるべく立ち止まらない、
他人の手が目に入らぬよう
ささっ、と行って
写真撮って
ささっ、と東京駅に移動するのだ。
翌朝、ゴジラの写真を沢山撮って
徒歩で都庁へ向かった。
脇目も振らず
無駄に動かず展望室に辿り付いた。
広いフロアの中央はオープンカフェで
日本土産のグッズ売り場もあった。
もちろん、大勢の人。
目的の撮影は
高身長のお陰で人垣の後ろからでもOKだった。
もう、充分撮った。
と、高くかざしていた腕を降ろしたとき
その腕を掴まれた。
その感触に、ぞっとした。
不意に身体を触られた驚きより先に、
寒気がした。
掴んでいる手を見た瞬間
息が止まった。
……怖い。
「また、会ったね、神流さん」
昨日の男、だったのだ。
なんで、また?
そんで、今、俺の名前を呼んだぞ。
「……。」
「あんた、有名人やねんてな。霊感剥製士、って林に聞いたわ。
それやったら、もっと話しとけば良かったと、今丁度後悔してた。
そしたら、アンタが目の前に居った。俺たちはきっと縁があるね。
……ビールでも一緒に飲みたいところやけど、俺急ぐんや」
ペラペラ早口でにやけた顔で
喋っている。
「アンタ、奈良やろ。俺は大阪やねん。またあっちで会おう。連絡して。じゃあ、またな」
指に黒い紙切れを挟んで
聖の、顔の前でヒラヒラさせる。
聖は機械的に、その紙切れを取った。
(早く目の前から消えて)
言いそうになるのを制御しながら。
黒い紙切れは、男の名刺だった。
赤茶の血痕のような崩し字で
<黒犬>
と。
薄気味の悪い名刺
悪趣味な名前
<人殺し>でなければ
笑える範疇の趣味嗜好。
だから、笑えない。
男は、「黒犬」は
<人殺し>だ。
展望室の明るすぎる照明の元で
細部までありありと見えてしまった。
左手はリュウマチの若くはない手
淡い色のマニキュアが女の手だと教えている。
昨日はハッキリ見えなかったのが、見えた。
ハッキリ見えなかったとはいっても、
昨日は、この手だけ、だった。
聖を震えさせたのは
今、もう1つ手がくっついていたから。
柔らかそうで小ぶりの……子どもの手。
……夕べ会った後に、子どもを一人殺した?
怯えて固まっている場合ではない。
今出来ることは無いのか?
アイツは?
どこだ?
<黒犬>はエレベーターの前に並んでいた。
聖は、<人殺し>がエレベーターに乗り込むまで
離れた位置から動画撮影し、次の便で自分も降りた。
尾行する気だった。
到底無理ではあったが。