新宿へ
神流 聖:29才。178センチ。やせ形。端正な顔立ち。横に長い大きな目は滅多に全開しない。大抵、ちょっとボンヤリした表情。<人殺しの手>を見るのが怖いので、人混みに出るのを嫌う。人が写るテレビや映画も避けている。ゲーム、アニメ好き。
山本マユ(享年24歳):神流剥製工房を訪ねてくる綺麗な幽霊。生まれつき心臓に重い障害があった。聖を訪ねてくる途中、山で発作を起こして亡くなった。推理好き。事件が起こると現れ謎解きを手伝う。
シロ(紀州犬):聖が物心付いた頃から側に居た飼い犬。2代目か3代目か、生身の犬では無いのか、不明。
結月薫:聖の幼なじみ。刑事。角張った輪郭に、イカツイ身体。
山田鈴子(ヤマダ スズコ50才前後):不動産会社の社長。顔もスタイルも良いが、派手な服と、喋り方は<大阪のおばちゃん> 人の死を予知できる。
「林家・萩原家結婚披露宴」
聖に招待状が届いた。
萩原は亡き父の伯母の姓で
従姉妹の加奈が結婚するのだと
理解するまで数秒必要だった。
萩原家も加奈も
聖にとっては<遠い親戚>程度の認識だった。
「そういえば、カナがアリスを持ってきたんだっけ」
シロに確認する。
加奈が引き取らなかった犬の剥製は最近まで工房の棚に居た。
子どもの頃、一度会っただけの2つ年上の従姉妹が
突然犬(柴犬メス)の死体を持ってきた。
それっきり会っていない。
聖は欠席にチェックをして
連絡は早いほうがいい、明日にでもポストに投函してこようと、思った。
ところが、返事を出す前に
萩原加奈から電話が架かってきた。
「セイ、アンタの為にゴジラのホテル、予約したわよ。予約番号メールで送るから。凄いでしょ。ゴジラよ。あんた、きっと好きでしょ」
一方的にこれだけ喋って電話は切れた。
「困ったなあ。何でだか、俺が絶対出席すると思ってるんだ」
マユに愚痴を聞いて貰う。
「数少ない親戚、でしょう?」
「俺にとってはね。……母は一人っ子。父と千葉の伯母さんは2人兄弟」
「じゃあ、加奈さんは、たった一人の従姉妹じゃない。行かなきゃね」
マユは、出席するのが当然だという。
「新宿のホテルだよ。絶対嫌だよ。東京なんて行きたくない。人がウジャウジャ。怖い」
「それ、行けない理由だと言える?」
「……理由は忙しいとか病気とかにして」
「2週間先でしょ。どっちも今、欠席の理由には出来ないわ」
「……そういうものか」
「余程の理由が無い限り、濃い親戚の冠婚葬祭は出なきゃね」
「冠婚葬祭……そっか。親父が死んだとき、伯母さん夫婦、来てくれたっけ」
二人が弔問客に頭を下げていた姿を思い出した。
学生だった自分が至らないのを、カバーしてくれたと。
「ねえ、ところでゴジラのホテルって?」
「そういうのが出来たと、ネットで見た気はする。東京なんて自分には関係ないからスルーしたけど」
改めてネットで検索してみる。
「……すごい。ゴジラだ。本物のゴジラが、ビルに居る」
一瞬で心はゴジラに釣られてしまった。
「行くのね?」
マユはとても嬉しそう。
「義理も恩もあるのかな」
東京なんて学生時代にいったきり
(結婚式他の)パーティも
実家に戻ってからは皆無。
集まりと宴会は村の寄り合いだけ。
「たまには、都会で華やかなパーティも、いいんじゃないの?」
「いや、全然、そんなの俺は好きじゃ無いから。俺は一生この山から出なくていいんだ」
……ここに居たらもう<人殺し>に怯えなくていいんだ。
想定外の早すぎる父の死。
これは、自分が山に帰る運命だと、解釈した。
大学を中退して剥製屋になるのは運命だと。
カッコイイ理由を言い訳にして
嫌な、怖い世界から逃げてきたのだ。
受け止められない父の存在の欠如を
人生大きく変えるドタバタに
時を使うことで
なんとか
悲しみと絶望に向かう道を塞いだ。
「セイ、私は東京の話を聞きたいんだけど」
甘えた声で言われた。
「行ったこと無いのよ。テレビで見て知っているだけ」
セイが東京で見たモノ、感じたこと。
私に教えて欲しい。
滅多に無いマユのおねだり。
スルーは無理だった。
10月3日土曜日
早朝に家を出て、午後に新宿に着いた。
Mホテルレストランでのパーティは午後3時スタート。
式は数日前に鎌倉の神社で両親のみの参列で済ませていた。
主に来賓は友人達の
カジュアルなパーティだと招待状に記していた。
久しぶりに会った加奈は
鮮やかなメイクとピンクのドレス
アイドルか何かのよう。
「セイ、スカウトマンみたいだね。相変わらず手袋してるんだ。ウケるわ」
新婦から掛けられた言葉はそれだけ。
黒のスーツに光沢のあるグレーのシャツ。
パーティだから手袋は黒のシルク。
それなりに考えて、ちゃんとしてきたつもり。
……俺、なんか、場違いですか?
だったら、ゴメンなさいと、叔母に頭を下げた。
「セイちゃんが綺麗すぎるの」
伯母は微笑む。
「山奥に隠しとくのはもったいないな」
と伯父。
二人とも、幸福そうだった。
宴は友人達のスピーチ、歌で賑やかに進行した。
職場の友人のスピーチから
新郎は市役所勤務と分かった。
ふっくらした体格で温厚そう。
加奈を見る目が、大型犬の子犬のように優しく澄んでいて
良い人と結婚できて良かったと、思った。
親族に特に役目は無く、末席で、ただ食べて拍手するだけで良かった。
とても楽だった。
誰と話す必要も無かった。
<その男>と、
披露パーティで言葉を交わしたのでは無い。
たまたま喫煙ブースで一緒になった。
メンソールのタバコに
オイルライターで火を付けて居た。
灰皿を挟んで正面に向き合ったので
視界に入った。
<その男>は
新郎の友人席に座っていた。
皆がスーツの中で
一人だけミリタリー調のジャケットを羽織っていた。
それで、会場で目立っていた。
<その男>は、
ゴジラホテルで
聖に話しかけてきた。
Mホテルを出たのが午後6時半。
ゆっくり歩いて七時にはゴジラホテルに付いた。
チェックイン後
フロントのあるフロアから、
ゴジラヘッドのあるバルコニーに出た。
新宿の夜が煌めき始めていた。
見上げれば
サーチライトで浮かび上がった巨大なゴジラヘッド。
今にも動きそう、超リアル。
自分が映画の中に入ったような錯覚に感無量になっていた時だった。
「アンタ、なあ、このホテルに泊まるんか?」
と、声を掛けられた。
「へっ?」
誰か分からなかった。
「……どなた、ですか?」
「さっき、林君の披露パーティで一緒やったやろ」
慣れ慣れしく
腕に触ってきた。
くっつかれて
ミリタリージャケットに見覚えがあると気づいた。
「あ、ここは、従姉妹が、加奈が、予約してくれたんです」
適当に答えて、
視線は掴まれている自分の腕へ。
(不快、離してくれと、無言のメッセージを伝えたつもり)
結果
否が応でも、<その男>の手を
見てしまった。
特異な形の手。
関節が膨らみ、指が変形している。
……リウマチ?
……若いのに気の毒に
普通に同情した。
「彼女が金も出してくれたん? 羨ましいなあ。 俺が林君にあてがわれたのは新橋のビジネスホテルやで。ここにはゴジラ見に来ただけ。けど、ええわ。ほんま、リアルゴジラやんか」
大きな声でペラペラ喋り、
やっと腕を掴んでいた手を放す。
その左手で聖の肩をポン、と叩いて
……行ってしまった。
聖は無意識に<その男>の背中を目で追っていた。
あれ?
不意に何かに引っかかる。
<その男>に。
彼は(ホテルの喫煙ブースで)俺の前でタバコを吸っていた。
茶色の細長いタバコ。
箱を見て、メンソールだと分かった。
金色のオイルライターは、珍しいデザインだった。
俺と彼はほぼ同時にタバコに火を付けた。
一本吸い終わる間、
多分、ボンヤリと
やや下向きの目線で(顔を見るのを避けて)
彼の手元を見ていた。
でも、
リウマチの手、と気付かなかった。
……何故だ?
……おかしくないか?