第一話 冒険者としての洗礼
俺は商人から買い取った彼女を、すぐさま宿へと連れて行った。
目的はもちろん”洗うため”。
汚れた彼女を見るなり明らかに嫌がる宿屋の主人だったが、残っていた有り金を全て出すと渋々承諾。
正しいかは自信がないが、金の使い方は間違っていないはずだ。
とりあえず持っていた俺の服を着せ、髪を乾かしてやり、仕上げに髪を整えてやると思った通り、見違えるようにキレイになったのだった。
――――
「あの、すみません。ちゃんとお礼もできず……」
「こういうときは、ありがとうでいいよ」
同い年のルエルはもともと錬金術師の家柄で、当然ながらその心得を会得している。
会得した天啓スキルは【精霊錬金】という特殊なもので、見えない者たちと繋がりをもてるという特異体質だったことと、学んできた錬金術が重なった、複合スキルらしい。
そこそこ地位のある家柄だったのだが、父親が突然の病に倒れ、母親はそれを補うため働いたが過労で倒れた。
その後程なくして両親が亡くなり、残ったのは借金だけ。
技術目的で買われたが、錬金術は基本的に等価交換。
ろくな素材も渡されずにいたのでは大したものが作れるわけもなく、無能扱いされていた。
そして散々な仕打ちを受けた挙句、捨てられたところを俺が買い取ったらしい。
「そう落ち込むなよ。おかげで俺は救われた」
「え?」
「何でもない。独り言――」
これは事実だった。
あのままだと俺は、何もできずに腐っていったかもしれない。
偶然ではあったが、ルエルが俺に生きる理由を与えてくれた気がした。
――冒険者ギルド――
「着いたぞ」
到着したのは、冒険者としての正規登録をするためのギルド。
職を失ってしまった今、他の方法で金を稼がなければならない。
家具職人の知り合いがいないわけではないが、この国では俺が所属していたギルドが幅を利かせていて、恐らく話にすらならないだろう。
『あいつを雇ったら、仕事まわさねぇ』という根回しをしている可能性も高い。
あのマスターはそういう男だ。
「クライフさん、冒険者になるんですか?」
「あぁ、そのほうが手っ取り早い」
「わたし、実は結構強いんです。戦闘ならお役に立ちますよ!」
そういって、無い力こぶを作って見せるルエル。
「……期待してる」
言葉に感情がこもっていないことを悟られる前に、施設内へと入る。
施設内は暗めの照明に、円卓が複数ある。
奥にはカウンターもあり、酒樽がいくつも並べられていた。
一見酒場のような雰囲気を醸し出しており、実際酒を飲みに来ているだけの人間もいそうだな。
突然入ってきた見たこともない俺たちに、施設内が静まり返った。
奇異の視線に居心地の悪さを感じるが、俺は構わずカウンターを目指す。
「登録しにきた」
「お前たち、見ない顔だな。どこのもんだい?」
髭を蓄えた大柄な男。
恐らくここの管理者だろう。
清潔感のある服と赤髪の紳士が俺たちをジロジロ見る。
「怪しい人間じゃない。仕事が欲しい」
「ここへは色々な奴らが集まる。トラブル起こしたら出て行ってもらう……ただそれだけだ」
磨いていたグラスをそっと片づけた紳士は、後ろの棚から書類を一枚取り出し、――スッと差し出してきた。
「こいつに記入してくれ。書けるところだけでいい」
それは登録書だった。
名前、性別、年齢から始まり、居住地域、受注希望の依頼内容を選択する欄もある。
俺は言われた通り、書ける欄を迷わず埋めていく。
ルエルの記入欄は特になく、同行者の部分に名前だけ書けばいいようだ。
スラスラと書いていく中で俺は、一つ気になる項目を見つけた。
手の動きが止まったため、ルエルと紳士もその部分を注視する。
「……使用武器、ですか?」
「あぁ……」
現在俺は武器を持っていない。
「買いに行きます?」
確かに、その辺で買った物でも当面は何とかなるだろう。
だが俺は仮にも職人だ。
折角ならオリジナルを持ちたい。
それに、なんというか……その方がカッコイイ。
「特にねぇなら空欄で――」
言いかけた紳士に書類を突き返す。
突然の俺の行動に状況が呑み込めずに戸惑う紳士を余所に、ルエルの方へと向き直る。
「武器を作る」
「作る!?」
「あぁ」
「作ったことあるんですか?」
「問題ない、レシピがある」
実のところ俺には、職人の”師匠”がいる。
家具職人ギルドに入ると決まったとき、その師匠から譲り受けたレシピ本があるのだ。
師匠とはそれっきりになってしまっているが、この本のおかげであの窮屈なギルドでも、退屈することはなかった。
俺はページをめくる。
そこには”細長い持ち手”と、”しなやかな紐状のもの”が記されていた。
恐らくこれは鞭に属する武器。
戦闘に不慣れな俺でも、距離さえ詰められなければ立ち回れるだろう。
「……しかし素材がないな」
大体の素材はその辺でも手に入るが、その中の一つ、”魔王の紙縒り”がネックだな。
詳細には、”魔王クラスのモンスターから採れる体毛を結って作る紐”と書かれている。
『柔軟性と伸縮性、そして耐久性にも優れているため最適!』と、若干可愛い字で書かれているのが気になったが、つまりはそういうことらしい。
「よし――」
俺は本を閉じ、クエストボードへと向かう。
多数ある依頼書の中からそれらしい物を剥ぎ取った。
「クライフさん、流石にこれは――」
「行くぞルエル」
「え、あ、はい!」
そのままギルドを出ようとすると、誰かが端の方で椅子を蹴り飛ばす。
突然のことに怯えるルエルを庇いながら音の方を見ると、ガラの悪そうな三人が笑いながら見ていた。
「おい……誰の許可得て依頼剥ぎ取ってんだ?」
三人は立ち上がり、酒を飲みながら近寄ってくる。
「ここで仕事がしたけりゃ、俺に声かけてくんねぇとなぁ」
真ん中の奴が偉そうに言い放つ。
俺は先程の紳士の言葉を思い出し、極力穏便に済ませるため冷静さを保つ。
『行ってくる』とだけ告げると勘に触ったのか、唾を飛ばしながら怒鳴ってくる。
「てめぇ舐めてんのか!?」
明らかにチンピラな態度。
俺は嫌気がさしたのを隠そうともせずに睨み返す。
それがさらに火をつけたのか、腰に据えていたナイフを取り出し切りかかってきた。が――
「――邪魔をするな」
――≪スキル選択≫――
【形状変化】
・物質の形状変化
・物質の質量変換
【細工師】基本スキルレベル1
効果範囲……単体
硬貨対象……無機質
――≫物質の形状変化……発動≪――
スキル選択の後、足元の床材をつま先で軽く叩く。
――グンッと反り返った床に跳ね上げられ、宙を舞うチンピラの体。
そのまま空中でそいつの頭を掴み、勢いよく反転させ、近くの円卓に叩き落とした。
激しい音と揺れがギルド内を駆け抜け、砕けた木片が辺りに散乱する。
一瞬の沈黙の後に慌てふためく残りの二人を更に睨みつけると、気を失ったそれと共に去っていった。
「これはトラブル?」
立ち上がり、カウンターの向こうへと確認を取るクライフ。
「虫が飛んでたな。何かあったのか?」
白い歯を見せ笑う紳士に一礼。
『行ってこい!』と背中を押されながら、二人は登録すら済んでいないのに、初めての依頼へと向かった。
『大切なお願い』
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