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裏社会のルール

 最近、レンが俺に隠し事をしている気がする。 夜型人間がために日中に俺は寝てしまう。 その間はレンは家にいるよう伝えてある。


 俺はおそらく眠りが浅い。 大きな気配などには気がつくことは難しい。 それでも、ドアを開け外に出る人の気配くらいは分かる。


 ときたま、用を足すために目を覚ます。 ふと、部屋の中には誰もいない。 寝室はもちろん、台所。 トイレや何故か大穴の空いたリビングを見ても不在。 レンが外出していることは明らかだった。


 彼女の安全を気にしての外出禁止令である。 とはいえ、閉じ込めるのも気がひける。 閉じこもってばかりならストレスも溜まるだろう。


 レンと生活していて、彼女は意外だが割としっかりしていることを知った。 料理は当然のこと家事全般をこなす。 そのせいあってこの家は綺麗になってしまった。 冷蔵庫を開ければ何かつまめるものを作っていてくれる。


 この家の中には家具と呼べるものは当然揃っている。 中でも、先史遺産(オーパーツ)と呼ばれる古き遺物がある。 コンロ、ペットボトル、謎の鉱石。

 それらをレンは簡単に使いこなしていた。 ペットボトルについてはすぐに捨てようとした。 謎の鉱石については結局、不明だった。 それでもやはり旧人(エンシェント)というのだろう。 彼女がそう懸賞金をかけられるのは裏があってのことらしい。


 旧人、それは機密情報ではないのだろうか。 こんなに簡単に公開してしまって問題ないのだろうか。 この国の真意が分からない。


 レンの足取りが掴めていないのか。 あるいは、火急の事情ではないのか。 国の衛兵たちがシャドータウンまで探しにこないのは助かるところだ。


 ―――――――――――――――――――――――


 昼間に目が覚めた。 家の中にはレンはいない。 俺は腹を空かせて冷蔵庫を開く。 中には干した肉が入っていた。 それをもしゃもしゃと咀嚼(そしゃく)しながら俺はぼーっとしていた時、玄関口のドアが開く。


「……お帰りなさい」

「あ……えーっと。 あはは」

「……説教っ」


 特に俺はこの件に関して感情を昂らせることはなかった。 そのためか、説教という名の報告会が開かれる。


 実は、あの教会に行ってたの。

 子どもたちとか、ご年配の方とね。 いっぱい遊んだんだ。

 仲良くなって。


 それはそれは、嬉しそうに語っていた。

 俺は複雑だった。


「でね。 盗みの仕方とか教わったんだよ」

「めちゃくちゃ悪影響受けてて笑うわ」


 ―――――――――――――――――――――――


 翌日、俺はちゃんと朝に起きた。 カップに入るコーヒーは自分で淹れたもの。 ぼーっと天井を眺めながらレンの起床を待つ。


「おはよー。 早いねぇ」

「……どこへ行くお嬢さん」


 顔を洗ってから真っ直ぐに玄関へ向かうレン。 俺はそれを遮るように立ち止める。


「どこへって。 教会にだよ」

「外出の許可を出した覚えはないけどな……まぁ、ダメとは言わんさ。 だけど、今日はやめとけ」

「今日はって……なんでさ」


 胸騒ぎがした。 俺の悪い予感は必ず当たる。 この胸騒ぎは、レンを生かせてはならない。 その証明だ。


「さぁな。 知ったらお前は行きたがる」

「ダイス。 私だって怒るんだよ」

「そっか。 ならどうする。 俺を倒していくか?」

「あはは、私がそういうの嫌だって言ってるでしょ」


 俺には、教会で何が行われているか。 おおよそ予測はついていた。 裏社会は力が全て。 時点で金が重要だ。 その醜さが生む、最悪の光景。

 一番の落とし所へ導くには、こうするのが最善だろう。


「仕方がない。 行くか、レン」


 俺の言葉にレンは素直に従った。 もとより、彼女は教会へと向かおうとしていたのだから、当然であろう。 そこで何が行われているか。 それを確認する必要が彼女にはある。


 俺たちは教会に行った。 そこからは怒号が聞こえる。 怒号を聞いたレンは走って俺の先を行こうとする。 どうしようもないから、俺も彼女の後を追う。


 中では、複数の男たちが住民を襲っていた。 老人を叩きつけ、子ども蹴り飛ばす。 うずくまる老人の近くに、レンは駆け寄って様子をうかがう。

 助けてくれと懇願する住民たち。 レンの表情は今までに見たことない。 力のこもった目をしていて、怖い印象だ。


「お早いお出ましだな」


 男の一人がそう言って、レンを囲うように動く。 レンに怯えはない。 本気で怒っているのだろう。


「……あんたも一緒ですかい。 一応、兄貴からはあんたがいたら火をつけて退け言われてるですけどね」


 俺はそう言われ面倒を覚悟する。 この言い方は退く気がないのだろう。 老人たちは我先に俺の後ろへと隠れていく。 ここから距離を離そうとするのは助かる。 だが、うずくまり動けないものを見捨てていくのは……そう思った時にはレンは動いている。


 レンは老人に肩を貸すと、こちらへ向かおうとする。 そこに男は近づき、武器を叩きつけようとした。 刃はないただの鉄の棒。 されどあんなものを無防備でもらえば怪我では済まない。


 俺は咄嗟に走って近づく。 振り下ろされる得物の軌道を変え、足で踏みつける。 ここからは男の表情がよく見えた。 怯えているようだった。


「俺にビビってた割に、随分と冒険するじゃねえか」


 目の前の男に拳を叩き込む。 顔面を捉えた右手。 最初は柔らかく、だがすぐに硬い感触。 構わず俺は振り抜く。 血や涎が手について、それをパッパと振り払う。


「へぇ、やはりその子に手を出せば抵抗するのか。 じゃあ、例えばガキなら?」

「……ダイス!!」


 逃げ遅れる子どもに男は視線を合わせる。 すぐに意味を理解したのだろう。 レンは俺の名前を叫んだ。 だが、俺は動かない。 ここで動けばレンはこの街のルールを誤解する。 その意味を教えねばならない。


 風のないこの室内。 男の髪や服が急に揺れ始める。 魔力が高まっていくのが肌で感じられる。


「あれ? 動かないのですか?」

「……脅しだろ。 住民に手を出せばレンが動く。 レンのためなら俺はお前らを殺すぞ」

「なるほど。 私どもの目的をよく理解している。 なるほどなるほど……でも、あなたは気がつかない。 私の目的が増えたことに」


 男にこめられた魔力は増えも減りもしない。 ただ、殺意が込められていくのは分かる。 肌にヒリヒリと冷たいものを押しつけられたような痛み。 本気で子どもへと手を出すつもりのようだ。


「なんで、ダイス。 助けて、守ってよ」


 俺の足を掴むレン。 俺はそれを振り払う。 いつのまに付けられた炎。 あるいは俺たちの到着前には火がついていたのか。 建物がだんだんと火が走っていく。


「……まぁいい、代わりはいる。 死ね」


 男が言いながら炎の魔法を放つ。 火球は子どもへと真っ直ぐに向かう。 それをただ見ているだけでは、時間が引き延ばされたかのように感じた。 


 一秒、二秒。 頭の中で時を数えても火球は子どもへとまだ届かない。 文字通りターニングポイントだろう。 俺は見捨てることでレンに裏社会の厳しさを教えてやることができる。 子どもを見捨てて。


 少し、思考が白く。 逆に視界は黒くか。 ふと気がつくと、俺はレンの元を離れている。 後ろを振り向くと、今にも殺されかけていた子どもの姿。 ようやく理解する。 俺は咄嗟に助けてしまったのだと。


「……おやおや。 ダイス様も甘いところがあるのですね」


 男の笑いを含めた言葉は、はっきりと聞こえた。


「ディースリー エアフローガ」


 俺は魔法名を呟く。 ただの、空気を操る魔法。 唱えるや否や、教会ないの炎を消し去る。 そのまま俺が敵と認識する者たちへとただぶつける。


 リーダー格を除いて、男たちは倒れていった。 ただ、リーダー格のその男は動揺もせずに喋り続けた。


「ははあ。 さすがはダイス様。 それくらいはできると思いましたよ」


 どこからその余裕が来るのか、分からない。 何か仕掛けがあるのか。 自分の力に信頼を置いているのか。 あまりにも不気味過ぎるから、俺は警戒せざるを得ない。


「……で? これで終わるか、続けるか?」


 何か仕掛けがあるなら、俺の能力がすぐに見抜く。 ただ真っ直ぐに近寄りながら、俺は警戒を続ける。 だが妙だ。 どれだけ近づこうとも、脅威は感じられない。


「組織の評価は、三億で買える。 だが、所詮組織の中で出世するのは直参の者たち。 でも、ダイス。 お前の首をとれば? よもや表裏を思うがままにするダイスの首をならば? この私に意見できるものはいなくなるだろう」

「……射程距離だぜ? お前のな」


 目算で1.5メートル。 踏み込めば拳。 バックステップしながらでも魔法。 どの戦法(スタイル)の者でも自由に戦える距離。


 この距離に踏み込んだ瞬間に気配が変わる。 ひどい高音でここが危険であることを能力は警告する。 狙いは俺だけの様子。 あるいはこの男、はじめから俺だけに照準を合わせていたのかもしれない。


 俺はアラート鳴り響く距離へ。 俺の首を狙う男の切先へと、足を踏み込んだ。

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