少女を拾ったせいでお礼参りがくる
朝起きると朝だった。 夜遊びした割には早起きをしたものだ。 そことない満足とともに俺は布団から体を起こす。 やけに暖かいと思っていたら、いつも台風の後のようになっている布団がやけに整っている。 どおりで寝心地が良かったはずだ。
朝日は眩しいが、空気は澄んでいる気がする。 部屋だって整っている。 つまり、何かがおかしい。
俺は息をのんでから、耳を澄ませる。 トントンと規則正しい音が聞こえる。 この音は木片の叩かれる音だ。 隣室から聞こえる。 隣に誰かがいて、何かをやっている。
俺は左手をこれでもかと握りしめる。 どこかに力を入れれば落ち着くんだ。 その握り拳を解き放つ時、無駄な力が抜けていく。
隣のやつから殺気を感じない。 ドアに手をかけるも、いつも通りだ。 その感触は罠の存在を否定する。
隣室の存在に心当たりはない。 だが、俺は夜の記憶もない。 ふと、左頬に違和感を覚えた。 右手でさすれば痛みが走る。
「……どうする」
こぼれた言葉の通りだ。 このままやつと対峙するか。 あるいは窓から逃げることもできるだろう。 せっかくの空き家だ。 また、これだけの優良物件を見つけられるとも思えない。 俺はこの家を守るため、静かにドアを開ける。
「あ!! おはよう。 意外に早起きじゃん」
包丁を片手に少女がこちらを振り向く。 その姿を見て記憶が返ってきた。 俺は夜、この娘を助けてしまったのだったと。 公園で話をしてからの記憶はない。 必死に思い出そうとするほど、頬の痛みが強まるだけだった。
「……なんでうちにいる?」
「なんでって……ねぇ。 あなたが誘ってくれたのに?」
頬を赤らめながら少女は俺の問いに答えた。 さすがに、その言い方に引っかかる。 つまりそれは……やることをやったということか。 あまり公言できないが、俺は清い体だった。 それは今もなのか深く気になる。 ちくり、やはり頬が痛んだ。
「なるほど……ひとつ聞きたいことがある」
「んー? なーんですかー?」
このまま遺恨を残すのは忍びなかった。 俺は単刀直入に、ずっと言う。
「お前は処女か?」
正確に俺の方へと飛んでくる包丁が全ての答えだった。 間髪をいれず、包丁を避けたはずの俺に拳が飛んでくる。 彼女の右拳が、自然に俺の左頬へと。
この頬の痛みは、彼女によるものだった。 今、俺は全てを思い出す。 行くところのないという彼女を家へと招いた。 そのあと、寝る場所で揉めたんだ。 取り合いではない。 お互いにベッドを譲り合った。 譲り合いの結果、俺の余計な一言が彼女の怒りを誘ったようだ。
「おぉ!! 今度は耐えた。 えらいねー」
「……この暴力女めが」
全面的に俺が悪いのは、まぁ百歩譲ってわかる。 それでも暴力はやりすぎだと思う。 叱りつけてやろうか悩んでいると、彼女はさっさと席に着き始めた。
「ほら、冷める前に食べよー」
食席の上には、色とりどりの食事が置いてある。 主食は米で、後は肉を焼いたものに野菜。
「その食事はどこから用意した?」
「どこからって……普通に冷蔵庫とかかな」
俺は焦る。 すぐさま冷蔵庫を開けると、中身は空っぽだ。 無くなったものを全て覚えているわけではない。 だが、思い出すことは容易だ。 机上にある食事は決して多くない。 それでも、俺の一ヶ月分の食事だった。 それがただの朝食として今、消費されようとしている。
「お前、俺はそれだけで少なくとも一週間は持たせるつもりだったのに」
「はへ。 あー、ごめんね。 でも美味しいよ?」
帰る場所はないというから、俺はこの女をしばらく泊めてやってもいいと思ってた。 だが、正確的に合わない。 今、はっきりと分かった。
「あー、仕方ない。 俺も食うぞ」
「うん。 どぞー。 あっ!!」
スプーンを手に食事を始めようとする俺に、彼女は大きな声を出す。 びっくりして、手を止めてしまった。
「なんだよ?」
「ちゃんと挨拶して」
「挨拶……?」
「ほら、手と手を合わせて」
言われるがまま、見様見真似で俺は手のひらを合わせる。 彼女は素直に動く俺へ微笑んだ。 俺は彼女に合わせていう。
「いただきます?」
「そう。 終わったらご馳走様って言うんだよ」
彼女はやけに満足そうだった。
「もう食ってもいいのか?」
「うん!! お食べなさい」
俺はスプーンに手に取って、食事をとろうとする。 その瞬間、風を感じた。 家の壁が吹き飛んだ。
「おぉおい!! 食事中すみませんねぇ。 どうもうちのやつが世話になったみたいで」
爆風を肌で感じたのは、これで初めてではない。 咄嗟に俺は彼女をかばうように机をどかした。 食事がもったいないと思ったが、なるほど体は正直だ。 思考とは裏腹に躊躇いなく机を転がしてくれた。
「うちのやつ?」
俺が突然の来訪者に聞くと、そいつの後ろから怪我をした男が二人出てくる。 その顔になんとか覚えがある。 昨夜に襲ってきた二人だ。
「……お礼参りか。 ここでは弱いやつが悪い。 そう言う世界じゃなかったか?」
「あぁ、そうよ。 あっしが最強なんだ。 つまり余計な手を出した弱いお前が悪い」
「なぁ、お二人さんよ。 よく思い出してくれ。 俺は手を出してないと思うけど」
広い目で見たらこの女を引き取りに来たということだ。 俺はこの女を売ることでこの場をおさめようとする。 横で涙目でこちらを見てくるが気にしない。
「あぁん!? そうなのか? はー、そうなんだ。 だったらその女、こっちに連れてこい」
「……だってよ。 どうする?」
彼女の返答はなかった。 素直に動いてくれれば罪悪感なく引き渡せたが仕方ない。 俺は彼女に手を伸ばす。 だが、彼女は首を横に振るのみ。 嫌だと口に出せないのは恐怖からか。 俺はその姿を見て心の奥がちくりと痛む。
「あぁ、そうだ。 ダイス。 俺の名前はダイス・ポーカーだ。 お前は?」
罪悪を感じれば、人はそれを拭い去ろうとするんじゃないかな。 少なくとも俺はそうする。 この時、俺はやはり彼女を引き渡すのに罪悪感があった。 いや違う。 これはそれ以外の感情だ。 でも、その名前を知らない。
「私? 私はレン。 レンです」
悪手だった。 名前など知らなければまだ、俺はレンのことを引き渡せた。 一本の線がある。 それを超えるためには、己の心をうまく管理しなければならない。 俺は名を教えあった知り合いを、悪いやつに引き渡すことができるような人間じゃない。 だから、この線は越えられない線だ。
「悪い。 こいつもお前らのところへは行きたくないって」
やつらの要求は、その背景をかんがみなければ妥当だ。 筋の通っている。 でも、こちらも引くわけにはいかない。 だったら、たどり着く平行線の行き先は一つしかない。
「だったら戦争だろうがよぉ!! お前らっ!!」
二人の男。 昨夜にレンを襲った二人はそれぞれ魔法を放つ。 片割れは炎の魔法。 もう一人は風の魔法。 なるほど、家の壁を壊す爆風が生まれるわけだ。 それをやつらは、俺たちに向けているわけだ。
「レン。 そこで待ってろ」
俺が笑って言ってやっても、彼女の顔から不安の色は消えない。 仕方がないやつだ。
「はぁ? 舐めてんのかよぉ。 それとも、すごく舐めてるのかよぉお!! お前ら舐められてんぞっ!!」
真っ直ぐにやつらの魔法を無視して歩いていく。 炎と風。 やつらもその力でここを生き抜いてきたのだろう。 外に出ても通じるような一品だ。
でも、それは通用しない。 俺にはわかる。 風の魔法の逃げ道が。 炎の淀んだ揺れが。
真っ直ぐに歩いていき、炎の渦が俺に触れようとするん瞬間。 ほんの弱々しい、小さな氷の魔法。 もはやそれに名前をつけることもないだろう弱魔法を。 俺は炎の渦へとぶつける。
するとどうだ。 炎の渦は均衡をなくし、明後日の方向へと飛んでいって霧散した。 後に生暖かい風だけを残して。
「なっ!! お前らのフレムトルネドがぁ。 お前、一体何をしたんだよぉ!!」
魔法には名前をつけるものだ。 そうするだけで威力が上がり、安定する。 二人で放てばさらに上がり、専用の名前をつければより強くなる。
つまり、あの魔法の威力はあれが上限。 これ以上はない。
「それを放つのに時間をかけたよな? つぎもやるか? でも、俺はここまで来てる。 もう詠唱の時間はないぜ」
俺はヤツらの目の前までやってきた。 交戦しようと二人の男が俺にくるが、なんら問題はない。 二秒で片付けた。 後は、一人。
「なんなんだよぉ。 お前は一体よぉ!!」
残されたリーダーであろう男は狼狽していた。 俺へと怯えを隠そうともしない。
「へぇ、こういう時はそんな感じに。 とても勉強になる。 だが、俺の経験上……」
「はっ!! かかったなアホがぁ!!」
魔法にも色々とある。 先ほどのように放つと同時に現れるものだけではない。 設置型の、例えば罠のような魔法もある。
俺は匂いでわかる。 その場所からプンプンと、罠の匂いが立ち込めている。 その場所をあえて踏んでやると、雷が突如として現れる。 四方八方からそれは襲ってくるが、大丈夫。 俺を避けるかのようにどこかへと行った。 俺を照らすだけ照らして。
「なんで……なんでぇ」
「ほら、水道管が破裂して水溜りができてる。 さっきのなんたらトルネドは氷の魔法で避けたんだ。 それで蒸発した水を冷やしておけば……なぁ。 雷はそっちに向かっていく」
「はぁ? だってぇ、そんなこと罠がはじめから分かってないとできないよぉ」
もはや最初の威勢はどこへやら。 腰を抜かしてこの男は動けなくなっていた。
「なんとなく、そうした方がいいと思ったんだ。 きっと俺の能力だろうな。 すまん。 使わないと決めてたんだけど……まぁ、弱いお前が悪い」
「嘘だっ!! 嘘だ嘘だ!!」
「……レン。 包丁を貸してくれ」
一つ覚えにこの男。 嘘だ嘘だとしか言えなくなる。 神にでも祈ってるつもりだろうか。 もう、全てが面倒になってくる。
「包丁を……なんで?」
「なんでって、殺すんだよ。 面倒だし」
レンが聞いてきたことを、俺は振り返らずに言う。 さてあの娘、渡しに近づくか投げてくるか。 そう考えていると、急に怒鳴ってきた。
「それはだめだよ!!」
「……は?」
予想外だった。 殺してまずい理由があるか、即座に考える。 俺の能力はこいつらを殺せと言っている。 それ以上の深い読みだろうか。 たとえば、さらに奥のこいつらのボスが現れるとか。 それなら、見逃したって許されると思えない。 バカな俺の頭ではそれ以上考えても無駄か。
「どうして?」
俺は素直に訳を聞くことにした。
「だって、殺すなんてかわいそうじゃん!」
俺は振り返ると、彼女は涙目ながらも怒っているようだった。 それは俺にとって心底理解しがたいことだ。
「えー? こいつらはお前を拐いにきたんだよ? 食事も壁も台無しにしたんだぜ?」
「それでも……命は大事だから」
俺は自分が間違っているとは思えない。 でも、彼女の心中には何かがあるんだろう。 だから、俺はそれ以上、やつらに危害を加えなかった。
「……ほら、仲間連れて帰れよ」
そういうと、男は仲間を連れて帰っていった。 最後まで、俺の能力は殺せといっていたが。 俺の中で何かがこれでよかったとも教えてくれる。
「レン。 お前さ……変わってるね。 あいつらを許すなんて」
「……ダイスこそ。 でも、良かった。 ダイスが殺さないでいてくれて」
「……ん? んー、俺のために言ったのか?」
「どっちも!!」
とりあえずこの場をおさめたが、俺たちは家の修理と掃除から取り掛かることになりそうだ。
ダイス
23歳 かなり痩せていて脂肪がないせいで筋肉が浮き出る。 筋肉も少ない。 身長も低いが、なんとか160の大台に乗る。 喧嘩は超強いけど、喧嘩自体は好きじゃない。
ご愛読ありがとうございます。 一発書きのせいで名前が出てくるのが遅かった。