襲われ少女に情が移り、拾い拾われる
朝起きたら夜だった。 一応、寝る前はまだ日が登ってなかったと思う。 途中で一度、意識を取り戻す瞬間はあった。 ただ、起き上がるのがだるくて、気がついたらもう日は沈んでいるようだった。
体を起こして働かない頭のまま玄関を目指す。 器用に床に散らばったゴミを避けて、衣類をなんとか手に取る。 傷だらけになった体。 それを隠すように袖を通した後、俺は外へと出た。
外は寒かった。 冷たい空気が肌に触れ、あるいは呼吸とともに肺を冷やす。 見上げれば星空が広がる。 狭い道の隙間から綺麗な星が見えた。 本当に綺麗だと思った。 月は出ていないようだったが。
ふらふらと外を出歩いている。 この時間こそ、ここ……つまりは王国の裏側であるシャドータウンの栄える時間帯だと認識していた。 だが、人と出会さないのを見るに誤認のようだ。 寒けりゃ人はこもるということだろう。 この街に人は自分しかいない気がして、なかなか気分が良いものだ。
道は狭くてパイプを避けなけりゃならんところから、広い場所や公園まである。 ぐるぐるとあてもなく歩いていく。 星空は俺についてきてくれるようだ。 似たような景色を何度も超えて、どこかでタバコでも吸おうかと考えていた。
ふと、再び道が狭くなったところを進んでいくと、ようやく人と出会う。 ただ、俺はもちろん人と出会うのは望んでいなかった。 相手もその様子なのだろうと思った。
男が二人と、女が一人。 物音がしたのだから回れ右して帰ればよかったものの、来た道を引き返すのはどうかと思った。
男が女を壁に押さえつけている。 当然、彼らは招かれざる客であるこの俺をにらんでくる。 この時後悔の念と共に、素通りどころか戻ることも許されないと悟った。
「何を見てるんだよ? おい」
押さえつける作業をしていない方の男。 彼がこちらへ怒ったように言う。 表通りでこの時間帯に大声を上げれば、すぐに憲兵がやってくるだろう。 だが、この街ではこれが許される。 それが良いところでもあるのだけどな。
「まぁ……そういうプレイは人の通らないところでやってくれ。 じゃなきゃ、俺のようにバツの悪いやつがでてくる」
俺は冗談めかして答える。 このまま見なかったことにしようと提案したのだ。 二人が乗ってくるなら話が早い。 助ける? 冗談だろう。 シャドータウンじゃ、そんな事前活動をし始めたらキリがない。 俺は人助けなどと面倒なことはするつもりはなかった。
「うるせえ、ちょっとこい。 お前、ふざけやがって」
冗談が通じない人間というのはいる。 それが間の悪いことにこの場にいたということだけだ。 男は俺の胸ぐらを掴むと、通りの奥へと誘ってくる。 ただそれを見下しながら引きづられると、男二人して俺をにらんでくる。 非常に感じが悪い二人だった。
「お前、ここで見たことを人に言ったらタダじゃ済まねえぞ」
男が唾を吹きかけながらのたまっている。 俺はそれを無視して、壁に押さえつけられる少女に視線を送った。
黒髪の短髪、涙目なのもあってかとても可愛らしい少女だ。 背も低いので、下手をすれば未成年なのかもしれない。 無骨な男に取り押さえられて怖がるその姿。 ふと、過去の自分を重ねてしまう。
「ーーわかったか? このやろう」
俺は人助けなどするつもりはなかった。 だが、この少女を可哀想だと思ったのも事実だ。
分かったか……そう聞かれたが、彼が何を話していたか覚えていない。 適当に話を合わせてこの場から離れることもできただろう。
俺は拳をつくる。 中指の第四関節あたりの一番硬いところ。 そこで後ろの壁を叩く。 それに合わせて、上から何かが降って来るのが肌で感じられた。
鈍い音がして男が倒れていく。 倒れた男の体の近くには割れた植木鉢が落ちていた。
「な!? お前、やりやがったな?」
もう一人の男が少女の拘束を解いてこちらへと近づいて来る。 もはや表情や声色から読み取る必要もない。 確実に怒っている。 怒り、焦りながらずいずいとこちらまで来る。
「……お前、後ろ」
俺は男に対してそう伝えるが、男は振り返ろうとしない。 「そんな手に引っかかるか」 そんな言葉と共に構えて俺と相対する。
男は後ろからくる少女に気がつかない。 これで喧嘩は終わりだな。 そうため息を吐こうとして、少し焦ることになる。
少女の正拳が男の背中あたりを捉える。 パスっと、おそらく布を擦る音だろう。 見た目に反せず可愛らしい拳の音だった。
「なぁにぃぃをぉぉ!! このガキャあ!」
怒り心頭の男が振り返り、少女を捕らえようとする。 意味の変わったため息と共に、俺は男を蹴り飛ばした。
少女が真っ直ぐにこちらを見ている。 礼が言いたいのだろうか。 俺は人助けをした覚えはない。 ただ、腹を立たせた男達をぶちのめしたに過ぎない。
声をかけられるよりも前にこの場を去ろうとする。
「あの……待ってください」
すると、凛とした高い声で呼び止められる。 俺は無視して進もうとするのだが、後ろから抱き寄せられた。
「何をする? お前も喧嘩がしたいのか?」
ここまでされるのは予想外だった。 焦りと、少女を無駄に傷つけまいという配慮から、うまく彼女を振り払えない。
「あなたに。 そう、あなたに私を住まわせる権利をあげます!」
きっとこいつは、面倒な女に違いない。 俺ははっきりとそう感じた。
「おい、胸が当たっている。 気まずいから早く離れろ」
「えっ……あ!! ごめんなさい。 すぐに……」
彼女が俺から離れた瞬間、俺は一目散に駆け出す。
「バカめ。 ない胸が当たるかよ!!」
捨て台詞と共に駆ける俺。 だが、彼女が怒りの表情を浮かべてからは早かった。 一瞬で俺の足を引き転ばせる。 すると彼女はすぐさま俺の背中に乗った。 文字通り尻に敷かられた状況だ。
「覚悟はいいかしら?」
一体なんの覚悟を……そう聞く前に一発目がくる。 コツンと頭の上に柔らかい拳が叩かれる。 やはり大したことはない。 喧嘩も知らないガキが誤ってこの街にきたのだろう。 そう安堵した瞬間だった。
「これは人に嘘をついた分……そして」
二発目がくる。 ひ弱な少女の一撃だと、たかを括っていた俺は予想外の一撃につい涙目になった。
「これがナイムネなどといったセクハラの分よ」
明らかに、先の正拳よりも今の拳骨の方が重く痛かった。 心の力とでもいうか、想いの乗った拳ほど恐ろしいものはない。
「さぁ、謝罪を聞かせてくれたら退いてあげるけど」
「あー、謝るつもりはねえけどよ。 なんというか……かわいい女の子に乗られると……なぁ?」
少女は驚いたかのように飛び跳ね俺から離れた。 このタイミングこそ好機だ。
「バカめ。 おどれのようなガキ相手にそんな気になるか!!」
この捨て台詞がいけなかったのだろう。 俺はまた捕まった。
「いい加減にしてください」
コブが二つに増えた俺に対し、彼女は笑顔をつくろう。 だがその笑顔には青筋が浮かび上がり隠されていない。 俺は観念して抵抗しない。
しばらく彼女の怒声を聞いてやる。 彼女は満足したか、あるいは俺が無抵抗になったのに気がついたのだろう。 とりあえずは拘束を解いてくれた。
この場で話し込み男が目を覚ますのも厄介だ。 そう提案して俺たちは公園まで戻って来る。
ベンチに腰掛けると、彼女は寒そうに手を合わせ息を吹きかけていた。 上着を脱ぐと彼女にかけてやる。 中にタンクトップ一つでいたのがまずかった。 きっと俺は罰が悪そうな顔をしていた。
「まぁ、紳士じゃないの」
「……まぁ、それだけ寒そうにしてりゃな」
適当に少女が視界に入らないように空を見る。 なんとなく、彼女を見ることはしたくなかった。 やれば彼女に情が湧くだろう。 情が湧けば、そのまま捨て置くこともできなくなる。
「あら、照れなくてもいいのに。 あなたも寒いのでしょう。 ほら」
そう言って彼女はコートの半分を俺にかけてくれた。 案外、こいつもいいところがありそうだ。
「別に照れてはないけどな」
俺がそう言って彼女に体を寄せると、彼女はいきなり抱きついて来る。
「ほら、これなら二人で暖められる。 でしょ? 私って頭がいい!」
薄々は感じていた。 彼女は体以上に、頭が弱いようだった。
「世間知らずの箱入りかよ」
俺はため息をついた。 彼女はもちろん聞こえていただろうに。 なんのことかわからない。 そう顔で訴えていた。
描きだめありません 不定期更新です
今後、後書きにはキャラ紹介などを載せる予定です!