1943年2月2日~ザポロジェ南方方面軍司令部
エーリッヒ・フォン・マンシュタイン元帥は、作戦計画書をチェックしながら、ため息をついた。この内容を総統が了解するだろうか。敵をいったん引き入れてその補給線を切断するという案である。現在の兵力の差を考えると、敵の攻勢をくじくにはこれしかないのだが。いったん引き入れる部分が気に入らんだろうな。第六軍のことを思えばそうだ。太平洋では日本がなかなか健闘しているらしいじゃないか。少しは極東に兵力を割いたらどうだ。総統を説得するしかない。そんなことを考えているうちに転寝してしまったようだ。
ふと目を覚ますと、大きな会議室にすわっていた。ハウサー、ホト、マッケンゼンもいる。そればかりかアフリカにいるはずのロンメル、アルニムもいるではないか。予備役のはずのベック大将や国内予備軍司令官のオルブリヒト大将もいる。どういう会議なのだろうか。
すると声がした。
「皆さん。今ここに集まっていただいたのは、ドイツの今後の行く末に大きな影響力のある方々です。選んだのは私であり過不足があるかもしれません。それでもここにおられる方々はドイツの方向を決めるにあたって充分な力があると思います。これから皆さんにはひとつの決断をしていただくことになります。ここにおられる方々が同じ結論に達すれば、私はこの時局に対するひとつの解決策を提示するつもりです。」
どこからか声がする。若い男の声のようだ。いや、聞こえるというより頭に響いてくる。
「私は今から約300年ほどのちの未来の地球から来たものです。私は、歴史を研究しており、その中でこの、後の世に第二次世界大戦といわれる戦いの結果が、その後の100年の人類に極めて大きな影響を与えたと考えた。もう少しましな戦後であればさらにその100年後に起こる破滅的な状況から人類を救えるのではないか。そう考えました。」
「皆さん。すでに自覚しておられると思いますが、この戦争においては、もはやドイツが勝利することはない。1月14日にもルーズベルトとチャーチルがカサブランカで会談して、枢軸国の無条件降伏まで戦うことを再確認したばかりです。アフリカでもロシアでも眼前の敵は常に2倍以上おり、ドイツと違って、今後の動員能力、資源の確保に不安はない。ドイツ軍は劣勢ながら健闘しますが、あと半年でロシアでもアフリカでも決定的な敗北を喫します。」
「ナチスは確かに壊滅的な状況にあったドイツに再起する力を与えました。しかし、これは劇薬だった。ナチスが政権を取る過程でこれに気が付いていたかたもいらっしゃるでしょう。劇薬を取り続けると人間も国家もおかしくなります。ナチスはユダヤ人絶滅を推進していますが、これは今後何世紀も人類史上最悪の国家的犯罪といわれます。」
「待ってくれ。」
ロンメルが言った。
「ここにいる軍人は総統に忠誠を誓ったものばかりだ。そんな我々になにを言い出すのだ。」
「特にあなたはそうかもしれない。しかし、国防軍のなかにナチスに懐疑的な人は大勢います。しかもあなたはアフリカを追い出された後フランスで連合軍の上陸を阻止する仕事を任されますが、結局失敗し、総統暗殺事件への関与を疑われたまま死ぬことになります。あなたの使命はドイツ国民を守ること。そして、ドイツ再起の英雄、共産主義拡大を阻止しようとした英雄としての総統の名誉を守ることではないですか。」
「私は政治にかかわらない。ただ軍人として最善をつくすだけだ。」
マンシュタインは思わずつぶやいた。が、それは全員に聞こえたようだ。
「職業軍人らしい言葉ではある。しかし、かりにも元帥であるなら、国家の安全を守る立場であれば、全土が焦土となり、国土は分割され、民族絶滅という犯罪をおかした国家となってしまう未来は全力で回避すべきではありませんか。」
「具体的にどうするのか聞かせてくれ。」
ベック大将がいった。
「マンシュタイン元帥。あなたは間もなくロシア軍阻止のための相談に総統大本営に行かれる。しかし、あなたの作戦は拒否される。そしてロシアの大攻勢がいよいよ迫ったとき、今度は総統がロシアに訪れることになるでしょう。2月17日の予定です。史実では、総統は相変わらずの死守命令を下すが、ロシア軍が間近に迫るとあなたにフリーハンドを与えて逃げかえる。このロシア訪問時に総統の乗機を撃墜します。あなたはそのすきにドニエプルまで兵を引き、戦線を整理してください。」
「総統機を撃墜だと。」
「皆さんはすでに太平洋で起こっている異変について聞いていますね。私にはそれが可能です。仮に総統がロシアに来なくても、個人を狙撃するのは極めて簡単です。人命尊重のため、確実に人が死ぬことは極力避けてきましたが、彼だけは死んでもらう必要がある。2月17日に彼は死にます。乗機を撃墜するのは乗員に気の毒ですが、事故か、だれかの仕業かはっきりさせないようにしたほうがいいでしょう。」
「総統死亡を確認したら、ワルキューレを発動していただきたい。」
「なんだと。ワルキューレ…」
ベック大将がつぶやいた。オルブリヒト大将は凍り付いている。
「ロンメル元帥。あなたはなるべく早期にアフリカ軍団をシチリアに下げてください。2月後半には、イギリス第八軍とアフリカのアメリカ軍に相当の打撃を与えて少なくとも1か月ほど時間を稼ぎます。イタリアではバドリオ元帥がムッソリーニを逮捕して連合国に降伏しようと画策しています。これに事前に対応するか、事後に対応するかは、皆さんで考えてください。私が望むのはユダヤ人絶滅計画とソヴィエト勢力の拡大の阻止です。仮にみなさんが政権を奪取しても徹底抗戦を望むなら仕方ありませんが、それは国家を滅ぼす行為です。」
「さて、この提案飲めますか。」
皆が身じろぎした。カナリス海軍大将がなにか言いかけたが、周りを見回しながらやめた。
「よかろう。ドイツのためにやるしかあるまい。」
ベック大将が、マンシュタイン、ロンメルらを見回しながら、言った。
「ありがとうございます。日本の政権中枢も戦前の領土までの撤兵、日本の民主化、占領地の自治独立を援助することを条件として、同意してくれました。私は、日本もドイツも戦争終了まで助けていくつもりです。」