1943年10月4日夜~クレムリン
「いったい日本は何を考えている。」
スターリンは、モロトフを怒鳴りつけた。ここ何日も怒鳴りっぱなしなのでのどの調子がおかしい。モロトフはうつむきがちに答えた。
「いきなりの中立条約破棄に、宣戦布告。無礼千万な連中です。国際条約の何たるかを理解していない。しかも同時に、英米に講和提案です。自分は、戦前の領域まで引く、原則ハルノートを飲むから、アジア各国の自治独立を認めろと。」
「アメリカがフィリピンを手放すはずがないし、イギリスも、香港、シンガポール、マレーシアにビルマまで手放すとあっては、飲むはずがない。なぜ、そんな馬鹿な提案をしてきたのか…。
まさかとは思うが、」
モロトフは、上目遣いにスターリンを見ていった。
「はい、裏でなんらか手を結んでいる可能性も。」
「この前のシチリア上陸作戦はなんだ。たった一日でやめやがった。冗談のような作戦ではないか。」
「同志スターリン、おっしゃる通りです。まるでやる気がみられません。」
騎馬隊好きで戦車嫌いのブジョンヌイ元帥が、お追従を言ったが、スターリンににらまれてだまった。
3日前にトゥーラが陥落し、敵の装甲軍がモスクワ南部に迫っていた。食い止めるため、極東の航空機と戦車をヨーロッパに至急送るように命令した2日後の宣戦布告だった。極東からは、バイカル湖付近まで進んだ戦車輸送列車を、至急戻すように懇願してきている。
クルスクの穴埋めに、既に相当数を移動していた。今、送っている戦車がないと、北西満州を攻撃できない。そういう内容だった。たかだか100両ほどの戦車で大げさに言うな。と怒鳴りつけて、攻撃を命じた。
「同志スターリン。どうも陰謀のにおいがしますな。英米と、日独でこのロシアを分け合おうとしているのかもしれません。」
べリアがしたり顔で、ささやいた。
「極東の情勢ですが、ウラジオストックはすでに陥落、北サハリンもオハに押し込まれて、援軍を求めています。」
ジューコフ元帥が冷静な口調で報告した。スターリンは、その冷静な口調にムッとしながら言った。
「やつらに踊らされてたまるか。日本の要求はなんだ。」
「沿海州の満州国への返還。北サハリンの日本への返還となっています。」
モロトフが答えた。
「返還だと。あれは、正規の条約に基づいて我が国の領土となったものだ。まったく猿どもときたら。」
「おっしゃる通りです。奴らは文字が読めないのかもしれませんな。」
ブジョンヌイ元帥は、また睨まれて黙った。
「ジューコフ。ドネツとハリコフは確保したのだな。」
「はい。しかし、補給がないとそれ以上の前進はできないと言っています。」
「よし、モロトフ。モスクワは、万が一にも失うことはできない。ハリコフ、ドネツ、それにハバロフスクを残す形で講和交渉してみろ。」
「モスクワ近くまで食い込んだ分はどうしますか。」
「仕方ない。ハリコフはあきらめよう。至急やれ。」




