1943年7月10日~東京
【彼】との7回目の会合となった。もっとも正月の【夢】会議のときのように、直接出席できない外地の人間までは出席していない。やはり、広範囲の人間を出席させるのはそれなりに大変らしい。天皇陛下が出席されるのは4回目となる。
「皆さん。これまで、私の様々な要請にこたえていただきありがとうございます。今日は、何故私が皆さんを支援したのか、何をしたいのかについてご説明したいと思います。
最初の会議の時、私が介入しない歴史がどうなるか、ご説明しました。実は私は、枢軸国が敗れたのは必然でもあるし、必要なことだったとも思っています。英米に追いつくためには、軍事的暴力に訴えるしかなかったし、しかしそういう国の国民が幸せだったかというと、違うと考えます。
この戦争は過去に例のない、仮借ないものです。確かに、枢軸国はいくつも非道なことを行なった。しかし、連合国も、無差別爆撃による一般市民の殺戮、最後には核兵器の使用など、非道さにおいては負けず劣らず、いやそれ以上といってよい。
そうした戦争の結果、アメリカと、ソヴィエトという広大な国土と相応な人口、地下資源を持った大国が覇権を握った。そういう国は、自国の資源を活用して、さらに自国を強固にしようとする。既に、19世紀に始まっていた、大量生産・大量消費による消費行動の変化を、さらにあおることでより使い捨ての社会へと変えていく。便利であり、楽であるから、みんなその方向に流れる。アメリカの価値観が世界の理想となります。
エネルギーは、自国に大量に存在し、海外の資源も出資という形で押さえてある、石炭、石油といった化石燃料に頼る。また、エネルギー源としてだけでなく、合成樹脂という形で、さらに石油の消費をあおることになる。この時代の合成樹脂は、どんなに時間がたっても原子レベルには分解しない。
21世紀の半ばに、人類は100億人を超えますが、そのころには、大気も、大地も、海洋も汚染され、気象の変動が起き、それが農業生産の不安定につながり、安全な食品も安全な水も確保するのが難しくなります。温暖化により、万年氷のなかから古代のウイルスがよみがえり、治療法のない流行病にたびたび悩まされる。混迷の時代が100年続くことになる。生存をかけた、仮借のない争いが各地で起きる。あるものは地中に、あるものは海中に、あるものは宇宙に逃れて生き延びる。私の祖先はそういう人たちの中の一人です。
私は、エネルギーを化石燃料に頼り、使い捨てによる大量消費を前提とした大量生産社会を、せめて20世紀のうちに、循環型の社会に転換したいと考えました。そうすれば、21世紀後半からの危機的状況を回避できるのではないかと。
日本の江戸時代というのは、利用可能な国土は限られていたが、閉じた社会の中で、資源の内部循環を確立しながら、人口を2倍に増やした。中国も人口は増えましたが、そもそも広大だった国土を開発したわけですし、森林資源の保存には失敗し、その後に影響を与えました。日本にある【もったいない】という精神、人糞でさえ、堆肥にかえて活用するその精神こそが、永続的社会をつくるために必要なのではないでしょうか。
エネルギーは、人類は太陽に頼るべきでしょう。太陽は、人類発生のはるか以前から存在し、人類が滅びた後も存在する。媒体としては、太陽系の中で、唯一、地球に豊富に存在する水を活用する。水は、太陽エネルギーを使えば水素と酸素に分解されるが、水素はエネルギー源として優秀です。エネルギーを発生すると水に戻る。
当面、化石燃料を利用するのは仕方がない。内燃機関の開発が先行しましたし、利用が簡単だからです。しかし、早期に電気をエネルギー源とする社会を立ち上げて欲しいので、少し早すぎると思いましたが、太陽電池の初歩的原理、より効率的な蓄電池の仕様、より強力な永久磁石の組成と、より強力な電磁石の原理についてお伝えしました。日本は、台風、地震と天災の多い国でもある。効率を求めて大型の電源を作るよりも、分散した電源を持つほうが、天災に強い社会を作れます。治水と環境保護を図りながら、水力の開発も継続していただきたい。」
「私たちにそんな社会が作れるだろうか。」陛下がつぶやいた。
「史実の日本は、戦後、食料も、燃料も、材料も海外に頼る大量生産の基地と化し、環境破壊と公害に苦しみました。そもそもこの戦争も、燃料と、鉄などの資源を求めて始まったものです。なんとか、食料やエネルギーの自給率を維持しつつ、日本独自の循環型社会を作っていただきたいのです。それが世界の規範となる日が来ます。」
平成29年の日本のカロリーベースの食料自給率は38%だそうです。アメリカが131%なのはわかるとしても、フランス130%、ドイツ95%、イギリス68%と比べて格段に低いことがわかります。つまり、兵糧攻めにとても弱い国です。




