1943年5月17日~鹿児島県菱刈町
岸信介商工大臣は、温泉につかりながら考えていた。【彼】のいう通り、この古い金鉱山から新しい鉱脈が見つかった。掘削はなかなか大変なようだが、埋蔵量、品位ともに文句なしの日本一だ。
【彼】は、金属ペレットを10トン、プレゼントしてくれた。ニッケル2トン、クロム2トン、金3トン、銀3トンである。前2者は、エンジン開発に必要な合金に生かすようにとのことだが、金、銀は、金貨、銀貨の鋳造に使ってくれとのことだ。金貨銀貨は外地での買い付けに使ってくれという。軍票での強引な買い付けでは、買い付けがうまくいかない可能性があるが、金貨銀貨で決済すれば、業者が喜んで群がってくるだろうという。そして、手持ち量が少ないので、これだけしか提供できないが、金の埋蔵地として紹介されたのがこの菱刈だ。
金貨銀貨は額面なしで鋳造した。時価決済を旨とする。結果は予想通りで、買い付けは極めて順調である。問題点としては、すでに各地で発行した軍票を、金貨銀貨に変えてくれという業者の要望が多発していることである。これは少し待ってもらうしかない。
信濃と空母冲鷹、大鷹、雲鷹は、タンカーとした。空母飛鷹と、戦艦金剛、榛名、扶桑、山城、伊勢、日向は貨客船に改造中である。外地からの貨物の運び込みは結構な時間を要するが、【彼】からの提案で、鉄製の荷箱を用意し、港では、貨物をその荷箱にあらかじめ運び込んで置き、船が到着したら一気にクレーンを使って、船に乗せるという方式を採用することにした。荷箱は、縦2.6メートル、横2.6メートル、長さ6.5メートルとし、現在量産中である。丁度、日本の無蓋貨車に乗る寸法である。改造貨客船にはクレーンを増設したが、出荷する港と受け入れ港でも、この荷物が詰まった鉄箱を取り扱う設備が必要なので、現在整備中である。この方法が一般的になると、港での荷扱いが飛躍的に効率化するな。
【彼】から、今後の立国のためということで受け取った技術は、国家機密としながらも、各専門機関、企業に研究させている。半導体の研究は、やはり高純度のシリコン結晶体の作成は難物で、まだ1年以上かかりそうだ。太陽電池用のシリコンの実用化のほうが早くなりそうだ。ゲルマニウムによるサンプルで理論通り、電流の増幅作用があることは確認できたらしい。抗菌剤については、いくつかのサルファ剤、ペニシリンの実用化のめどがつき、ストレプトマイシンの開発に取り組んでいる。結核の治療剤ができるなら日本にとって朗報だ。実用化でき次第、特許登録させなくてはならん。電探や、ソナーの高性能化はもうすぐ試作機が完成する。ソナーは、魚群探知にも使えそうだということだ。急ぐようにいわれていた、工業規格の統一は、日本産業規格調査会を発足させ、検討中である。幸い、陸軍と海軍が国防軍として統合されることが決まっており、最大の障害は取り除かれる。
【彼】とは、皇居内の一室で定期的に打ち合わせがもたれている。出席者は20名までとなっていて、毎回、調整が大ごとだが、内閣官房が整理している。ある時、出席予定者の一人がよんどころない事情で10分ほど遅れて会議室にはいったところ、出席者は全員席についてまま居眠りしているようだった。とのことであった。先日の会合で【彼】に言われたことを思い出した。タングステンの在庫が底をつきそうなので、日本の近海の海底から採掘させてもらいたいとのことだ。総理が場所を聞くと、日本の近海には違いないが、5000メートル近い海底だそうだ。「お好きにしてください。」と総理は言った。