【後編:なんだか大変なことが起きてしまった】
<ギャガ商会視点>
◆◇◆◇◆
「ブルックリンさん! またお客様がもの凄い剣幕で、怒鳴り込んで来てます! 受付に行って、対応してください!」
「はぁ? またか!?」
「はい! また不良品のようです!」
ブルックリンは苦々しく顔を歪めた。
ここのところ毎日のように、クレームの嵐だ。
ペコペコと頭を下げてばかりで、ほとほと疲れている。
取引停止になった顧客も数多い。
「おいダウト! お前、俺の代わりに受付に行ってこい!」
「そんなの無理っすよ、ブルックリンさん! 俺だって山ほど仕事があるんで、手が離せないっす!」
「なにぃ!? お前、以前はもっとたくさんの仕事をこなしてたじゃないか!」
「いや、俺だってクレームを抱えてるし、何より仕事を丸投げしてたグースが……」
「はぁっ!? グースがなんだって? あんな胸くそ悪いヤツの名前を出すな!」
「あ、ああ。そうっすね」
ダウトは苦笑いして、チッと舌を鳴らした。
ブルックリンは顔を歪めて、ブツブツと吐き捨てる。
「アイツ……きっと俺たちへの腹いせに、商品に傷つけていきやがったに違いない。だから不良品が続出してるんだ。グースのヤツめ、探し出してぶっ殺してやるっ!!」
<グース視点>
◆◇◆◇◆
ピーチ武器店で働きだして、1ヶ月が経った。
勇者・ハーネットさんは、ピーチ武器店から武器や防具を買ってくれるようになった。
著名な勇者パーティが武器を購入する先ということで宣伝効果もあり、新規顧客もかなり増えた。ハーネット様々だ。
どうやら僕の給料分くらいは余裕で賄えてるみたいで、ユミィは毎日ほくほく顔になっている。
──そんなある日。
ブレイブ社長が突然ピーチ武器店に現れた。
「なかなか繁盛してるようね」
ブレイブ商会からすれば、卸先の小売店が繁盛すれば、その分売り上げが上がる。
ブレイブ社長の機嫌も良さそうだ。
「ありがとうございます!」
「いえいえ。お礼を言うのはこっちだわ。あなたがギャガ商会を辞めてくれたおかげで、ウチの売り上げがドンドン伸びてるもの」
「えっ……? どういうことですか?」
「ギャガ商会は不良品が大量発生して、顧客離れが激しいらしいのよ。おかげでお客様が、どんどんウチに流れて来てるわ」
「は、はあ……そうなんですか」
不良品が大量発生なんて、いったい何があったんだろう?
それにブレイブさんは、僕がギャガ商会を辞めたおかげだなんて言ってるけど……
言ってる意味がよくわからない。
「ギャガ商会は売り上げが激減して、かなりリストラしたみたいよ」
「りすとら……ですか?」
「そう、リストラ。従業員を大量に解雇したらしいの」
そうなんだ。
ギャガ商会の人も、大変だなぁ。
ブルックリンさんやダウト先輩は、元気にしてるんだろうか?
◆◇◆◇◆
それからまた数日後。
僕とユミィが店番をしていたら、突然お店の扉が『ばあぁぁん』とけたたましい音と共に開いた。
「なんだ?」
「こらぁぁっっ、てめえ、グースっ! やっと見つけたぜっ!!」
「あっ、ブルックリンさん!? どうしたんですか?」
開け放たれた扉のところには、顔を真っ赤にして恐ろしい形相のブルックリンさんが立っている。
「きっさまぁ! ギャガ商会に嫌がらせして、客を横取りしやがって!」
「嫌がらせ? そんなこと、してません」
「とぼけるなっ! お前、ウチの商品に傷をつけていっただろ!? そのせいでウチの評判はがた落ちだ! しゃらくせぇことをしやがってっっ!!」
「そんなこと、してませんって!」
「なにおうっ! あくまでしらを切るつもりかっ!」
つかつかと歩み寄ってきたブルックリンさんは、いきなり拳を振り上げて、僕の顔面をがつんとなぐった。
「いてっ!」
「きゃぁ! グースに何すんのよっ!」
ユミィが駆け寄ってきたきたけど、まずい。
ユミィにまで暴力を振るわれると最悪だ。
「ちょっと待って、ユミィ! これは僕とブルックリンさんの問題だ。ユミィは口を出さないでくれ」
「えっ……? だって……?」
「いい覚悟だグース!」
──ガツン! ガツン!!
ブルックリンさんは、また2発、3発と僕の顔面を殴ってきた。
口の中が切れたみたいで、血の味がする。
でも僕が殴られることで、ブルックリンさんの気が済むならそれでいい。
ユミィやこの店に被害が及ぶことがあってはいけない。
ブルックリンさんは僕を殴り疲れたみたいで、ふうふうと肩で息をしている。
そして店内をぐるっと見回した。
「てめぇを痛めつけるだけじゃ意味がないな。お客が取られてるのはこの店だ。こんな店、ぶっ潰してやるっ!!」
ブルックリンさんは突然、手近にあった商品の剣をつかんだ。
そして鞘から剣を抜く。
陳列してある武器や防具に向かって、その剣を振り上げた。
「きゃぁぁぁ! やめてーっっ!」
ブルックリンさんが振り下ろした剣の前に、ユミィが割って入る。
やばい! ユミィの顔に剣が当たるっ!
「まずい! ユミィ逃げろっ!」
ユミィは上半身をのけぞって、剣をよける。
ブルックリンさんの剣はユミィの頬をかすめた。
めちゃくちゃだ、この人。
目が血走って、ヤバい目つき。
このままじゃあ、ホントに商品はずたずたに壊され、ユミィは殺される……
「くっそぉぉぉぉぉ! やめろーっっっ!」
僕は思わずブルックリンに向かって突進した。
「このくそグースめぇ! たたっ斬ってやる! 元冒険者を舐めるなーっっっ!!」
目の前でブルックリンが剣を振り上げるのが目に入る。
やばい!
この勢いで突っ込んだら、逃げられない!
「グースっ! これっ!」
ユミィが鞘に収まったままの剣を僕に投げて寄こした。
これなら相手を斬っても、殺してしまうことはない。
剣を右手で受け取って、すばやくブルックリンに向かって振る!
そう。いつも検品で素振りをするみたいに、細かく何度も剣を振った。
──バシバシバシバシバシバシっ!!
いったい何発当たった?
凄まじい回数がブルックリンの顔面を強打した気がするが、無我夢中だったからよくわからない。
はっと気がついたら、ブルックリンは俺の目の前で顔を抑えてうずくまっていた。
「ぐふっ……いてぇ……」
あのいかつい顔のブルックリンが、涙を浮かべている。
「くそっ、俺をなぐりやがったな! 憲兵に訴えてやる! これでこの店も、グースも終わりだ!」
そう叫びながら、ブルックリンは扉に向かって走り出した。
こちらを見ながら走ってるから、扉のところに人が立っているのに気づかない。
ブルックリンは、その人にどかんとぶつかった。
「なんだてめぇ!」
ぶつかった相手を、ブルックリンは振り返って見た。
「え? あ……ハーネットさん!?」
勇者・ハーネットさんが、たまたま店に来たんだ。
「ブルックリン! 私はさっきから見ていたが、貴様、見苦しいぞ! 剣でグースに敵わないとわかったら、今度は憲兵とか言って脅すのか? 元冒険者が聞いて呆れる」
「え? あ、いや……」
「憲兵に訴えるなら、好きにすればいい。お前こそ憲兵に訴えてやろうか? お前がこの店で暴れたことを、私がちゃんと証言するから。それに貴様が武器製作者からこっそりリベートを受け取っているのを私は知っているんだが……どうする?」
「あ、いや、ハーネットさん! 憲兵に訴えるのはやめときます!!」
ブルックリンは慌ててハーネットさんに頭を下げる。
そしてばたばたと表に飛び出ていってしまった。
「あ、ありがとうございますハーネットさん!!」
「いやいや、グース。君の強さがあれば、あんなヤツは相手にもならんな。差し出がましいことをしてすまなかった」
いや、あれは無我夢中で剣を振ったら、運よくブルックリンに当たっただけだ。
「とんでもない。ハーネットさんがいなければ、どうなってたことやら……」
「いや、それにしてもグース。やっぱり君は私が見込んでいたとおりだ。ちゃんと鍛えれば、剣の腕は相当なものになるぞ」
「いやぁ、それは無理ですよ」
それにはハーネットさんは何も答えずに、ただただ優しく目を細めて、俺を見ていた。
それから何日か経ったが。
ブルックリンも、ギャガ商会の他の者も、二度とピーチ武器店に嫌がらせには来なかった。
一度ブレイブさんが現われて、あの後ブルックリンもギャガ商会をクビになったと教えてくれた。
ブルックリンはやつれてうつろな目つきをして、浮浪者のような格好で町をうろついてたそうだ。
ギャガ商会の経営は完全に傾き、他にも多くの者がクビになったらしい。
──気の毒だとは思うが。
僕は僕で、毎日生きていくのに精一杯だ。
なにせ僕は仕事が遅いから、忙しくて仕方ない。
ユミィやジョージじいさん。
それにハーネットさんやブレイブさん。
他にも多くの取引先の人々。
僕は周りの人たちに恵まれているせいで、忙しいながらもなんとか充実した日々を送っている。
「あ~、やっぱり僕って効率悪いなぁ。いつまでたっても忙しいや。じゃあ今から納品に行ってきまーす!」
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グースが慌しく店を出て行くのを、ユミィは微笑ましく目を細めて眺めている。
このグース。
いずれは武器商人として頭角を現し、最強の剣技も活かして、大陸で最も影響力のある存在へと成り上がっていく日が来るのだが……
──でもそれは、まだ先のお話。
今日の空は青く、爽やかないい天気。
そして武器屋のグースは、今日も忙しい。
=== 完 ===
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