【中編:僕は検品担当者として当たり前のことをやっているだけ】
全3話中、2話目です。
俺は剣の検品のために、素振りを1万回した。
時計を見たら、ちょうど1分経ってた。
なぜかユミィは呆然として、動きが固まっている。
「どうしたのユミィ?」
「あ……あんた。冒険者として、超一流じゃないの?」
「いやいや僕なんて、実戦経験がないからダメだよ」
「そ……そうかなぁ? ところでグース、それで傷はどうなの?」
刀身を見るとやはり傷が少し大きくなってる。
「やっぱりこれは、単なる表面だけの傷じゃなかったね。じゃあ補修するね」
「ほ……補修? グース、そんなことができるの?」
──あ、やっぱりユミィのヤツ、僕をバカにしてるな。
よっぽど何もできないと思われてるみたいだ。
検品で補修くらい当たり前だよな?
祖父にそう教えられたし。
僕は修理スキルを使って、傷の部分を瞬時に補修した。
「ほ、ホントに補修なんてできるのね、グース! 凄いじゃない!」
ユミィは目を見開いて驚いてる。
当たり前のことをして、こんなに驚かれるのはちょっと悲しい。
「えっと……次は、内部の強度と能力チェックをするね」
「え? えっと……?」
僕は鑑定スキルを使って、剣の内部に問題がないか、強度はちゃんと出ているか、想定どおりの性能になっているかをチェックした。
「うん、問題はなさそうだ。最後にちょっと、性能向上魔法をかけるね」
「ふぇっ……? な、な、なんだって?」
ユミィめ。
なんでいちいち驚くんだよ。
こんなの、検品担当者として、当たり前のことだよな。
まあ、いちいち気にするのはやめよう。
そう思って、僕は剣に両手をかざし、性能向上魔法をかけた。
「はい、検品作業、全部終わり」
時計を見ると、もう3分は経ってる。
このペースで10本の検品をすると、やはり30分はかかってしまう。
ユミィと比べて、6倍も遅い。
やっぱり僕ってグズでのろまだ。
「あの、グース? ほんとに性能強化魔法がかかってるの?」
「え? あ、ああ。かかってるよ」
──ああ……ユミィの疑うような眼差し。
やっぱりユミィは、僕がそんな基礎的なことすらできないと思っているんだ。
昔修理工をしていた祖父から、これらのことは検品担当者として基礎的なことだと教わった。
だから僕は、そういう基礎的なことはちゃんとできるように練習したんだ。
「ただいまぁー おおグース君、来とったか」
「あっ、お爺ちゃん、おかえり! ちょうど良かった。ちょっとこれ見て!」
ユミィのおじいさん、つまりこの武器屋の店主が帰ってきた。
名前をジョージ・ピーチという。
ユミィは僕が検品した剣を、いきなりジョージじいさんの目の前に突きつけた。
抜き身のままで。
「どわっ! こらユミィ! ワシを殺す気かっ!?」
「あ、ごめんお爺ちゃん! ちょっと興奮しちゃって……」
「どうしたんじゃ?」
「これ、グースが性能強化魔法をかけたっていってるんだけど」
ユミィから剣を受け取ったおじいさんは、剣を縦から横から、じっくりと眺めた。
「これは……ミスリル剣じゃな。ごく普通の」
「うん。お爺ちゃんの鑑定スキルで、性能チェックしてみてよ」
「ふむ……」
ジョージじいさんは剣を片手で持ち、鑑定スキルを発動した。
「性能が倍くらいになっとるな」
「ええーっ!? マジっ!?」
「ああ、ホントじゃ」
「ねぇグース。あんた、いつも検品作業でここまでやってるの? 表面をあんなに細かくチェックして、1万回の素振りして、内部までチェックして、そして性能強化……」
「なあユミィ。僕だって、検品担当者が誰でも普通にやってるそれくらいのことなら、一応やれるんだぞ。あんまりバカにしないでくれ」
「ちょっ、グース! あんた何を言ってんの!? それを一本たった5分で!? 1万回の素振りとか、あれだけの細かいチェックとか、性能強化とか……そんなことまでできる検品担当者なんて、この国中探したって、あんた以外……」
「こんにちは! 失礼するぞー!」
突然誰かが店に入ってきた。
「ひぇっっっ! あ、あなた様はっ!」
声の方を向いたユミィが、突然強張った顔になって、素っ頓狂な声を上げた。
ユミィの視線を追うと、そこには鍛え上げられた美しい肉体の女性が凛々しく立っている。
きりりとした美しい顔。
我が国随一の勇者、キャサリン・ハーネット、その人だ。
「初めまして店主さん、お嬢さん」
「おう、あんた……勇者のハーネットさんか」
「あ、あ、あ、あ……ほ、ホンモノだ……」
ユミィは口をパクパクさせて、動きが固まっている。
「あれ? ハーネットさん、どうしてここへ?」
「ああ、グース。事務職員から君のことを聞いて、会いに来たのだよ」
「よくここに居るとわかりましたね?」
「ウチのパーティには、非常に優秀な探索スキルを持つメンバーがいるからな。造作もないことだ」
やっぱりハーネットさんのパーティは超一流だ。
ハーネットさん始め、凄い人の集まりなんだな。
「グース、ウチの事務職員のせいで、君に迷惑をかけてすまなかったな。代わりに私が謝罪する」
「あ、いや、ハーネットさん! 頭を下げないでくださいよ! あれは不良品を納品した僕のミスだ」
「いやグース。今まで君が納品してくれた商品は、不良品はゼロだ」
「ええ……そうですね」
「それにいつも君にはお世話になっている。古い武器を無償でチェックして、誰も気づかないような不具合を見つけだし、あっという間に補修したり」
「まあ…… いつもお世話になってるんだから、訪問したついでにあれくらいは……」
「あれだけのスキルを持つ君だ。あんな不良品を見逃すはずはない。なにか事情があるのだろう?」
そうだ。
あれはブルックリンさんの検品が甘かったせいで……
いや、言い訳するのはやめておこう。
僕の仕事が遅いのが、すべての根源なのだから。
「いえ、ハーネットさんがそう言ってくれるのは嬉しいけど…… すべては僕の責任だ。それにあれだけのスキルだなんて…… 僕は検品担当者なら誰でもやってることを普通にしてるだけだし……」
「あはは、そうかそうかグース。言い訳をしないところは君らしいな。私は君のそういうところが大好きだ」
お世辞であっても嬉しい。
さすが超一流の勇者は懐が深い。
「ありがとうございます」
「ならば、だ。グース、お願いがある」
「お願い? なんですか?」
「私のパーティに入ってくれないかな?」
「へっ? どういうことですか?」
「君のような武器メンテナンス係は、他にはいない。君が入ってくれたら、我がパーティはさらに強くなれる」
ハーネットさんが……我が国一番と言われる勇者のハーネットさんが、そんなことを言ってくれるなんて。
「あ、ハーネットさんがそう言ってくれるなんて、喜んで……」
「そぉかぁー! 私は嬉しいぞー!」
ハーネットさんがいきなりハグをしてきた。
みんなの憧れ、ハーネットさんにハグされるなんて、天にも昇る気分だ……
「その話、ちょっと待ったぁー!」
またいきなり店内に誰かが入ってきた。
スラリと背が高い、いかにも金持ちって感じの妙齢の女性。
「君がグース君ですね。ぜひ我が社に君を迎えたいのです!」
──誰?
「あっ、ブレイブ社長!」
ユミィが驚いている。
ブレイブ社長?
「もしかしてギャガ商会のライバル社、マリー・ブレイブ商会の社長さん!?」
「そう。私がマリー・ブレイブですわ」
おおーっ……
なんという美人。
この人が噂に聞く敏腕社長、ブレイブさんか。
で、その人が。
さっき変なことを言ってたな。
「あの……ブレイブさん。さっきなんとおっしゃいました?」
「ああ、グース君がギャガ商会を辞めたと聞いてね。ぜひ我が社に入ってもらえないかと言ったのよ」
「なんで?」
訳がわからん。
「最近我が社がことごとくギャガ社に競合負けしてるから、原因を調べたわ。そして至った結論が、君のせいだということだったのよ」
──はぁっ?
僕のせい?
この人、何か勘違いしてるんじゃないか。
僕がブレイブ商会の邪魔をするとか、悪いことをしてるとか。
「いや、ブレイブさん。僕は何もしてません」
「ほぉー。やはり調査どおりの謙虚な人だわ、グース君」
あ、いや……悪いことをしてないって言って、謙虚な人って。
この人、言葉の使い方を間違えてるよな。
「やっぱり君には、ぜひ我が社に入って……」
「いや、ブレイブさん。彼には私が先に声をかけたのだ。グースは我がパーティに……」
「いえいえハーネットさん。いくら稀代の勇者のあなたと言えども、これは譲るわけにはいかないわ。グース君はぜひ我が社に……」
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待ったぁ~!」
言い争う勇者と社長の間に、両手を広げたユミィが割って入った。
「グースはさっき、ウチの武器屋に就職が決まったのよ!」
「「なんだって!?」」
二人の美女が、驚きの声を合唱した。
──僕だって驚きだ。
ピーチ武器店への就職は、さっきユミィに断られたばかりなのに。
「グース君! 報酬ははずむから、ぜひ私のパーティに!」
「いえいえ。お金なら私の方があるわ。ぜひ我が社に!」
──え?
何かの聞き間違いか?
ホントにそんなに良い給料を出してもらえるなら、無職の僕にとっては、またとない良い話だ。
「あの、お二人さん……」
「なんだ、看板娘?」
「なんですの、お譲さん?」
「グースは、お金で行動を変えるような人じゃありません。さっき彼はウチに就職したいと言って、私が承諾したばかりなの。それを裏切るなんてことは、グースはしません。……いや、そんなゲスなことは、彼にはして欲しくありませんっ!」
ハーネットさんとブレイブさんは、ユミィの言葉に黙り込んでしまった。
だけど……
ユミィはさっき、僕の就職を承諾したか?
記憶にないんだけど……
「わかったよユミィ。君の言うとおりだ。グースはそんな不義理な男ではない」
「でもそんな人だからこそ、我が社に入ってもらいたいのですわ」
「ブレイブさん、それは私も同じだ。だけど今回は諦めるべきだ」
「そうねハーネットさん。私も同意見だわ。今回は彼を困らせるようなことは、言わないでおきましょう。でもいつでも気が変わったら、言ってきて。その時はブレイブ商会は、喜んでグース君を迎えます」
「それは私も同じだ。いつでも声をかけてくれ」
──えっと……何がどうなってるのか、さっぱりわからん。
だが僕が質問する前に、二人は爽やかな笑顔を残して帰っていった。
「あのぉユミィ…… 僕を雇ってくれるようなことを言ってたけど。僕の聞き間違いかな?」
「聞き間違いじゃないよグース」
「え? でもさっきは雇う余裕なんてないって言ってたよね?」
「それこそグースの聞き間違いじゃないの?」
「いやいや、それはない。確かにユミィは……」
「もう、グースったら! 男なんだから、細かいことは気にしないのっ! お姉さん、怒るよっ!」
肩をバシンと叩かれた。
ホントに訳がわからない。
なぜにまた、お姉さん目線なのかもわからないし。
でもまあ、ユミィにはいつもサンドウィッチを作ってもらったり、世話になってる。
それにハーネットさんのような超有名な勇者の下や、いかにもお金持ちっぽいブレイブさんの下で仕事をするのは僕には荷が思い。
それならば気心が知れたユミィと一緒に仕事をする方が、気が楽だ。
ここでホントに雇ってもらえるなら、お世話になるか。
「あの……ホントにいいのかな?」
ジョージじいさん、つまりこの武器屋の店主の顔を見た。
するとじいさんは、顔に刻まれた皺をさらに深くして、ニンマリと笑みを浮かべた。
「うん、ワシはいいぞよ」
こうして僕は、ユミィの武器屋で働くことになったのだ。
そう──
これから大変なことが起こるとも知らず、僕は働き口が見つかったことを、ただ能天気に喜んでいたのだった。
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