【前編:グズだノロマだとクビになってしまった】
約13,000文字の短編です。
前編、中編、後編の3話に分けて投稿します。
短編なのでスピード感重視。
描写はやや少なめです。
「おい、グース! 何をトロトロやってんだ! この武器をお得意先に、早く納品に行けっ!」
「えっ? これは、夕方5時の納品じゃなかったですか?」
今はまだ昼の1時だ。
「バカやろう! 1時の納品だよ! 俺はそう言ったろう!」
僕はブルックリンさんとの打ち合わせメモをチラッと見た。
「いや、ブルックリンさんは5時だって仰いました……」
「言い訳するなっ! 早く行けっ! その納品先は大得意先の勇者・ハーネット様だぞっ! 今日のクエストに持って行くらしいんだ! 間に合わなくなったら、どエラいクレームになるだろっ、このバカっ!」
上司のブルックリンさんは、以前は冒険者として活躍してたらしい。
だからもの凄く迫力があって怖い。
「いや、まだこの商品、検品が終わってないんです」
「じゃあ5分で検品を済ませろ!」
──んな無茶な!
武器と防具合わせて20個の大量発注だ。
「今から検品したら、1時間以上かかります」
「だからお前はグズでノロマで無能なんだよ! こんなの5分ありゃ、検品できる! 俺がやってやる!」
ブルックリンさんは箱に入った剣や盾を次々に取り出しては、ざっとチェックを始めた。
確かに早い。
ホントに5分で全部の商品をチェックしてしまった。
「ほらよ、終わった! さあ得意先に持ってけ、無能野郎のグース!」
「あ、はい! ありがとうございます!」
僕は慌てて箱を外に運び、荷車に載せて走り出した。
向かう先は納品先の、冒険者パーティ様だ。
「あーあ、また、やっちゃったよ」
僕はこの町で最大手の武器商社の、ギャガ武器商会で働いている。
武器商社とは製造者から武器を仕入れて、町の小売の武器屋や、冒険者に商品を卸す組織のこと。
僕はそこで商品の検品チェックや、お得意先への納品を担当している。
一年前から勤め始めたのだが、仕事が遅くて、上司や同僚からノロマだグズだと言われ続けている。
「僕は僕なりに、一生懸命やってるんだけどなぁ……」
僕の検品チェックは遅いといつも怒られているんだけど、なかなか早くならない。
僕は元々は冒険者になりたかったけど、身体も大きくないし、その夢は諦めた。
代わりに冒険者の皆さんの役に立てる仕事をと思って、この仕事を選んだではないか。
もっともっと努力して、ブルックリンさんのように、手早く仕事ができるようにならなねば……
「まいどー ギャガ武器商会でーす! 商品の納入に来ましたー!」
「おお、グース。いつもご苦労さん! そこに置いといてくれ」
「はーい!」
今日の納品先は、超一流の勇者・キャサリン・ハーネットさんのパーティ。
ハーネットさんは我が国で最も有名で、最も尊敬されている冒険者の一人だ。
ハーネットさんは多忙で今日は留守にしていたが、世話役の職員さんが代わりに商品を受け取ってくれた。
僕は無事に商品を送り届けて、ギャガ武器商会の事務所に帰った。
「ただいまー」
「こらグース! 遅かったじゃねぇか! 何をグズグズしてたんだー?」
ダウト先輩にいきなり怒られた。
この人は上司のブルックリンさん同様、仕事に厳しい人だ。
「いや、まっすぐ帰って来ましたけど……」
「言い訳するな! ほら、この仕事をやれよぉー!」
ダウトさんは大量の書類の束を、僕の机の上にドスンと置いた。
あれ?
これって、ダウトさんがブルックリンさんから頼まれていた仕事では?
──と思ってダウトさんを見ると、さっさと歩いて、部屋の外に出て行ってしまった。
ダウトさんは、いつもこうやって僕に大量の仕事を任せてくれる。
僕にたくさんの仕事を与えて、僕を鍛えてくれてるんだな。
──しかしいつも仕事がたまって、なかなか終わらない。
ほとほと自分のノロさに、自分が嫌になる。
いや、愚痴を言うな。
仕事があるだけでもありがたいと思わなきゃ。
そう考えて、僕は目の前の大量の仕事に取りかかった。
◆◇◆◇◆
「こらぁグースぅっっ!!」
けたたましい叫び声と共に、上司のブルックリンさんが部屋に飛び込んできた。
「はい? なんでしょう?」
「なんでしょうじゃねぇ! ハーネット様の職員さんが、エラい剣幕で怒鳴り込んで来たんだよっ!!」
ハーネットさんの職員さんが?
なんだろ?
「今日納品の武器や防具に、不良品が3つもあったんだよ! てめぇ、どういう仕事をしてんだよっ!」
「あ、いや……あれはブルックリンさんが検品して……」
「はぁっ!? グース! てめぇ、上司の俺に責任をなすりつけるのか!? てめぇがちゃんと事前に検品をしてなかったのが悪いんだろっ! 違うかっ!?」
「あ、はい……そ、そうです……」
──でもあれは、ブルックリンさんが僕に納品時間を間違えて伝えたからだ……
「てめぇなんかクビだっ! 今すぐ出てけっっ!!」
「えっ……? 待ってください! これからはちゃんとしますから!」
「グズでノロマなてめぇに、ちゃんとなんかできないだろっ!」
言い返す言葉が見つからない。
今までも一生懸命やってきたけど、僕の仕事はみんなよりもかなり遅いんだ。
「おー、おー、どうしたんすかー? なんか険悪な雰囲気っすねー?」
ダウトさんが外から戻ってきた。
ブルックリンさんと僕の顔を交互にキョロキョロと見てる。
「あ、ダウト先輩! 僕、クビになりそうなんです!」
「え? そりゃ困る! ブルックリンさん、なんとかならないっすかー?」
ああ、ダウトさん!
やっぱりダウトさんは、僕の味方だった。
「なんだダウト! てめぇ、グースを庇うのか? だったらお前も一緒にクビにしてやるぞっ!」
「あっ、ちょっとちょっとブルックリンさん! 勘弁してくださいよー! それならこんなヤツ、クビでいいっす!」
──えっ?
「これで決まりだなグース! ハーネット様の冒険者パーティには、ミスの張本人をクビにしましたと言えば、許して貰える」
ハーネットさんのパーティに迷惑をかけちゃったのは確かだ。
僕のクビで、お詫びになるというなら仕方ない。
「わかりました。クビで結構です」
「よしっ! じゃあさっさと荷物をまとめて出てけ!」
と言っても何も大した荷物はない。
あっという間に整理が終わって、周りの人達に頭を下げた。
「お世話になりました。失礼します」
顔を上げたら、ダウトさんと目が合った。
「チッ! また雑用係を誰か探さなきゃいけねぇ……このクソグースが」
──あ。
ダウトさんは便利な雑用係を手放すのが嫌だっただけなんだ。
そう気づいて、涙が溢れそうになりながら、足早に部屋を出た。
「これからどうしようかなぁ。新しい仕事を探さなきゃな」
そんなことを考えながら、僕は行く当てもなく町中をうろうろと歩いた。
──そうだ。
今まで世話になった人たちに、挨拶くらいしとかなきゃな。
ウロウロ歩いてるウチに少し落ち着いてきて、僕はそこに気づいた。
色んな取引先には、ホントに親切にしてくれた人もいっぱいいる。
そんな人たちに、挨拶もせずに辞めてしまうなんて、義理が立たない。
そう考えて、僕は挨拶回りに向かった。
著名冒険者ハーネットさんの事務所では、残念ながらまたハーネットさんは不在で会えなかった。
事務職員さんが居たので、お詫びをしたけど、憮然とした感じだった。
きっとこの人が、クレームを付けてきたんだろう。
でも心からお詫びをしたら、最後は笑みを浮かべて、これからも頑張れよと言ってくれた。
迷惑をかけたまま去るんじゃなくて、ちゃんと詫びができて良かった。
それからも色んな取引先を回った。
たった一年間だったけど、こんなに多くの人と知り合って、支えて貰ってたんだ。
それに改めて気づくことができて良かった。
「さあ、ここが最後か」
町の裏路地にある小さな武器屋『ピーチ武器店』
言っちゃ悪いが、正直言ってそんなに流行ってる感じはしない。
お爺さんの店主と孫娘の二人で営む小さな武器屋だ。
木の扉をギィと開けて中に入ると、自称看板娘のユミィが居た。
「いらっしゃ……なんだ、グースか」
「なんだって何だよ」
「今日は何にも注文は無いよー さあ、帰った帰った」
ユミィは僕と同い年で栗色のロングヘアが綺麗な女の子。
けんもほろろな言葉だけど、顔はそんなでもなくて笑ってる。
ユミィはいつも僕に毒舌を吐く。
ドSな性格なんだろうか?
でも時々サンドウィッチなんかを振る舞ってくれたり、優しいところもある。
「違うよユミィ。今日は注文を取りに来たんじゃない」
「へぇー じゃぁグースは何しに来たのかなぁー? もしかして私の顔を見に来た?」
「いや、そうじゃない」
俺の即答に、ユミィは、ちょっと不機嫌そうにブスっと唇を尖らせる。
「ちょっとグース。そういう時は、嘘でもいいから、そうだよって言うもんよ。そういうところがアンタはまだ子供なのよ」
ユミィは腰に手を当てて偉そうにしてる。
ユミィは同い年のくせに、なぜかいつもお姉さんぶる。
「あのさ、ユミィ。僕、ギャガ武器商会をクビになっちゃった。だから挨拶周り」
「え……? なんで? なんでグースがクビになるの?」
「僕さぁ、仕事がめっちゃ遅いんだよ。20個検品するのに、上司は5分もかからないけど、僕は1時間くらいかかるんだ」
「そ、そりゃ遅いよグース!」
ユミィは呆れた顔をしている。
クビになっても仕方がないと言わんばかりだ。
「だから早く次の仕事を見つけないといけないんだけど……」
「そう……ねぇ……」
「そうだ、ユミィ。僕をこの武器屋で雇ってくれないかな?」
「あ、無理無理無理! う、ウチは経営状態が悪いから、人を雇うなんて無理っ!」
全力で否定かよっ!
──いやまぁ、そりゃそうだよなぁ。
仕事ができないって告白したばっかの僕を、雇うなんて言い出したら頭がおかしい。
「いや、もちろん冗談だよ。そんな仕事っぷりで雇ってもらっても、ユミィのお店に迷惑をかけるだけだし」
「あ、ゴメンねグース…… 代わりにさぁ、お姉さんが君に、早く検品するコツを伝授してあげよう!」
「ユミィが? 検品なんてできるの?」
ユミィはニヤリと笑う。
「私ね。この武器屋に入る前は、大手の武器商会で働いてたのよ。検品担当者として」
「えっ? そうなの!?」
初めて知った。
でもユミィが経験者なんだったら、教えてもらおう。
ありがたい話だ。
「ちょっと待っててよグース」
ユミィはそう言って店の奥から、剣が何本か入った箱を持ってきた。
「ちょうど今日入荷した剣が10本あるわ」
ユミィは箱から剣を一本ずつ取り出す。
そして剣を鞘から抜いて、グリップの底から刃の切っ先まですーっと視線を走らせる。
その後軽く、剣をひゅんひゅんと振る。
これを10本、繰り返した。
ユミィは時計に目を向けた。
「うん、ちょうど5分ね」
「ユミィ、すっげぇ!」
僕より5倍は早い。
「おほほー 検品は、こうやってやるのよ。次はグース、あなたやってみなさいよ。私が見てあげるわ」
「あ、うん」
僕はまず1本目の剣を鞘から抜いた。
そしてユミィと同じように、柄の底から切っ先までゆっくりと見ていく。
「ん?」
「どうしたの?」
「刃の中ほどに傷がある」
「え? どこ?」
ユミィはしげしげと刃の表面を眺めるが、わからないみたいだ。
傷と言っても、ホントに細い傷がうっすらと付いているだけだ。
「ほら、ここだよ」
僕が指差した先をしばらくじっと見て、ようやく気づいたみたいで、「あ……」と声を出した。
「そ、そんなの、単なる表面上の傷だし、も、問題ないでしょ?」
「いやこの傷は、表面だけでなく、中にまで入り込んでると思う。もの凄く些細な傷だけど」
「ホント? でも使用上は問題ないんじゃない?」
「いや。強い衝撃が何十回もかかると、ひびが入ると思う」
「でもそんなの、確かめようがないじゃない。新品の剣で、何かをぶった切ってみるわけにもいかないし」
ユミィは小首を傾げて、僕を見ている。
「うん。だから僕はいつも素振りをして、耐久性のチェックをするんだ」
「それでわかるの?」
「うん。1万回くらい振るとわかる」
「はぁ、1万回? そんなこと言うなら、じゃあ1万回、振ってみなさいよ」
「ああわかった」
「えっ? 私、冗談で言ったつもりなんだけど。1万回って……いったいどれだけ時間がかかると思ってるのよ?」
「うーん……1分くらいじゃないの?」
「へっ……?」
なんだかユミィは目を丸くしているけど、どうしたんだろう?
検品をする者なら、それくらいは当たり前だと祖父に教えられて、僕はずっとそうしてきた。
──あっ、わかった。
僕が仕事が遅いって言ったから、ユミィは僕には無理だと思ってるのかな。
それくらいは僕にでもできるってところを、ちゃんと見せておこう。
そう考えて、僕は剣の素振りを始めた。
──ひゅん、ひゅん、ひゅん、ひゅん、ひゅん……
「はい、1万回振ってみたよ」
時計を見たら、ちょうど1分経ってた。
なぜかユミィは呆然として、動きが固まっている。
ユミィはいったいどうしたんだろう?
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