上司様の登場です!
ローデオ様が毎日お帰りになれば、リオナール様のブラコン度もグンと下がります。
例えローデオ様のお戻りが遅くても、このお屋敷に帰ってくるという安心感からか、それとも滞在時に発生したローデオ様の気配を吸い込んでいるかはわかりませんが、とにかくリオナール様は『普通』の状態でいられるのです。
最初はわからなかったその気持ちですが、わたしもリオナール様と一緒に暮らす(失礼、お仕えする、の間違いですね)ようになり、お休みの日を頂いてもちっとも嬉しくないようになりました。
わたしが休みの日は、別のメイドがいそいそとリオナール様に付いているのですが、それを考えるだけでも枕を連続パンチしてやりたくなるほどです。
「お休みいりません!」
「規則です」
執事様との話し合いは、一瞬で終わりました。
わたしがここにいるためには、規則違反はご法度なのです。
そんなある日、珍しいことにリオナール様が十日ほど地方へ行かれることになりました。
「陛下直々のご指名だ。頼むぞ」
「もちろんです、兄上」
出発の朝、ローデオ様に激励され、リオナール様は朝日を背に受け、神々しい微笑を浮かべ一礼して出仕されました。
門に続く道は隆起しており、リオナール様のお姿が見えなくなるのは短い間でしたが、わたしはただただじっと見つめておりました。
いただきました!! やはりすてきです、リオナール様!
先ほどの微笑を妄想コレクションにするべく、無心で脳髄に刷り込んでいたところ、そんなわたしを心配そうなローデオ様の声が呼びました。
「エル、大丈夫かい? リオナールは、視察に訪れている隣国の外交官の護衛に選ばれただけだ。戦いに行くわけじゃないから、そんなに心配しなくていい」
「お、お心遣いありがとうございます!」
まさか妄想コレクションにするため、無心で何度も思い返していましたなんて言えません。あ、執事様はやや疑っていますね。さすがです。
☆☆☆
で、リオナール様のいないこの『平和』な時期に、ローデオ様にとってもメイデン侯爵家にとっても大切なことが秘密裏に行われました。
そ・れ・は――ローデオ様のお見合いです! はい、拍手!!
そぉですよねぇ。リオナール様がいたら、それこそ寝る間もなく質問三昧(なぜ自分に秘密にしていたのか、とか)で、晴れやかな気持ちでお迎えなんてできませんものね。
リオナール様がいないとわたしはとっても寂しいですが、そこはリオナール様が出張前夜に使用した枕カバーを拝借し、一晩抱きしめて寝ました。
ええ、一晩です。
翌日、リネン係りから枚数が足りないと報告を受けた執事様が、さっそくわたしに狙いを定めて奪い返しに来ました。
その時のお仕置きとして、わたしはお見合いの席の給仕係りに選ばれたのです。
まあ、お茶会の席をただ空気のように立って見ているだけなんて、確かに暇ですけどそこまでの罰とも思えませんねぇ~、なんて軽く考えていました。
ら、ですよ!! とんだ展開がまっていました。
新芽の香りがほのかにするテラスに用意された席に、メイデン侯爵ご夫妻とローデオ様。そしてお相手のリッテンラー侯爵ご夫妻と、ご令嬢様が入ってこられました。
リッテンラー侯爵令嬢様は艶やかな金髪をハーフアップしておいでで、細い首筋から華奢な鎖骨ラインが丸見えです。でも、その下のお体は本当に女性憧れの凹凸をしておいでで、それでいていやらしさがないのです!!
ぽってりとした唇と、やや恥らうように下を向く眼差しには長いまつげが際立っています。
ただ、ちょっと似ている方を知っているのですが……ま、気のせいでしょう。あの方はきっと今頃、また誰かを凍らせるように震えあがらせているに違いありません!
とにかく、ベアトリクス様は誰もが息を呑むほどの美女でした。
お年は二十二と伺っており、二十八のローデオ様ともピッタリです。
でも、なぜこの年まで……いえ、結婚適齢期ギリギリまでお残りだったのでしょうか?メイデン家がずいぶん前から立候補していた……ようには思えません。
なんせ今回のお話のきっかけは、ローデオ様が年末の夜会で一目ぼれしたそうですから。いつも穏やかなローデオ様ですが、侯爵様と一緒に直接リッテンラー家をご訪問し熱意を伝えたそうです。侯爵様が、軽くお酒に酔った時に泣きながら奥様にその様子を伝え、ローデオ様を褒めていらっしゃいました。
キラキラ輝く六人が席につき、和やかにお話が進みます。
わたしは給仕と言っても、わたしは庭に続くガラス扉辺りに待機しています。ローデオ様がご令嬢とお庭に出る(恒例のやつですね)時に、空気のように扉を開ける係りです。かなり重要な役ですよ。
そして気品よく気配を殺して待機すること数十分。
あ、そろそろわたしの出番のようです。
ローデオ様とともに歩いてこられるリッテンラー侯爵令嬢――ベアトリクス様は、香水もほんのり香る程度で、スッキリとした清々しい香りは初夏をイメージしてのことでしょうか。なんと好感度が高いのでしょう!
恭しく頭を下げ、庭に続くガラス扉を開いた時でした。
「おいで」
とても小さな声でしたが、一瞬で体中の汗腺から汗が噴き出たように固まりました。
恐怖に近い感情を頂いて固まっていると、執事様が「エル」と呼びながらバスケットを差し出していました。
え? これを持ってお供しろと? 水を差すようで悪くないですか? ローデオ様はそんなに肉食男子ではありませ……。わかりました。睨まないでください。
わたしは訳が分からないまま、幸せそうなお二人の四歩以上後ろを静かについていきました。
ちなみに、あの殺気のこもったような威圧感たっぷりの小さな声は、あれっきり聞こえません。なんだったのでしょうか……。
しばらく歩いた先に会った東屋で、お二人は仲睦まじくお話をされていました、その話題に出たものをローデオ様が持っているらしく、ベアトリクス様に見せるためにと席を立たれました。
「エル、彼女にお茶を」
「かしこまりました」
そう言って二人っきりになった時に――事件は起きました。
「ベアトリクス様、冷たいお茶はいかがでしょうか?」
おっとりした青い目がわたしを見て……。
「お前、まだリオナールと上手くいっていないそうね」
射抜くような鋭い目へと豹変しました。
青空のような印象の目が、今や色はそのまま極寒の風のようにわたしを凍らせていきます。
べ……ベラリス様ぁああああ!!
恐怖降臨です。
この方、わたしの所属している部隊の、伝説の五人の一人『氷姫』の異名を持つ方です!
なぜこの場にいらっしゃるのでしょう! 今頃どこぞの誰かを恐怖で凍らせているかと思っていましたのにっ!! どこぞの誰かがわたしとはっ!
ふらっと現れてはターゲットの心を鷲掴みにし、そしてサッと消えてしまうのです。まるで、氷が解けるように相手の心に余韻を残して。
ま、でも噂には早々なりません。
だってその方は数日のうちには、彼らの居場所が牢になりますから。うち、仕事早いんです。
……でも初めてベラリス様の表の身分を知りました。うち、結構表の顔を知らない人多いので。
酸欠魚のように口をパクパクしているわたしに、ベラリス様はため息をつかれました。
「お前のリオナールに対する変態的行動力を見込んで様子を見ていたけど、これではわたくしの輿入れの方が早そうね」
サラッとわたし変態扱いされましたね。
違うんですよ、ベラリス様。普段好意を思い切り出せないので、裏で出来る限りコソコソやっているだけですよ。あ、反論するなって睨まれました。
「ローデオとの新婚生活にリオナールは邪魔なの。リオナールをローデオ不足からの廃人にしたくなければ、もっと本腰入れていきなさい。わたくしを『お義姉様』と呼びたければね」
「え?」
「……なによ、その顔。――言っておくけど、わたくしを『お義姉様』と公に呼びたがっている者は大勢いるのよ?」
「ひぇえええ! も、もちろん呼ばせて頂くなんてありがたいことです!! ぜひぜひこのまま頑張らせていただきたいです!」
今回の指揮権はベラリス様ですか! めちゃくちゃあせりましたよ。
わたしの慌てぶりに満足したのか、ベラリス様は微笑んでうなずきます。
「そう、ぜひ頑張って。 あまり執事を困らせるのではないのよ? 品は大事。お酒で寝込みを襲うのは最終手段の一回きり、ですからね。失敗は即交代よ」
「こ、心得ております!」
深々と頭を下げると、またベラリス様のクスクス笑う声が聞こえました。
不思議に思ってそぉっと顔を上げると、ベラリス様が悪い雪の女王のように微笑んでいらっしゃいます。
「あのリオナールがお前だけは除外しないのだから、もっと自信を持って良いと思うわ。近いうちに、わたくしがチャンスをあげましょう」
え? それはいつですか、と聞こうとしたらローデオ様が戻ってきました(なんてタイミングでしょう!)。
あっという間にベラリス様の顔がベアトリクス様の顔になり、春の女神のように温かい微笑みに変わります。
「待たせたね。さきほどの本だよ」
「まあ、見せていただいても?」
「もちろん」
こうしてチャンスが何かもわからないまま、お二人は幸せな世界をたっぷり見せつけられたのでした。
読んでいただきありがとうございます。
次回は12/31投稿します。




