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ほのか  作者: ゆき
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漬物




あちらこちらと桜が咲き、風が吹けば舞い踊るが如く、地に降り立つ姿を、近所の公園で見ていた、花冷えの時期の事だ。

学生の頃に、とてもお世話になった先輩から、お酒の誘いを唐突に受けた。

私も男の性というものか、いや、けして下心などはございませんが、彼女はとても気品や愛嬌があり、なんといっても可愛く柔らかい笑顔を見せる女性の為、

無論断る理由など、どこを探しても見当たず二つ返事で誘いを受けた。


夕方に、私の最寄駅から4駅ほど離れた少しばかり賑わいのある街で待ち合わせることになった。

電車に乗り、車窓から見える夕焼けをぼんやり見詰めながら、学生の時にあの街で遊んだ思い出や懐かし、郷愁に似た気持ちに浸っていた。

その反面、久し振りの再開なだけのこともあり、心が舞い踊っていたのだ。

待ち合わせというのは、どうも苦手で待つのも待たせるのも好かない私だが、果たして先輩は来ているのだろうか。


待ち合わせ丁度に駅前に着くと、

賑わいを煌びやかに見せるネオンと老若男女の声や、客引きの兄ちゃんの声の中、

あろうことか彼女はガードレールに腰を添え、先に到着しているではありませんか。

あの低めの背丈に華奢な体、胸まである淡い栗色の

髪、そしてお気に入りのプラダのバッグ。

暫く振りではありますが、相変わらずのご様子だ。

別に遅刻をした訳ではないが、誰かと会ったりした時に、私は第一声目を何を発していいものかと、頭を悩ましてしまう。

気さくに、「久し振り、元気だった?」などと言えば良いものの、在り来たりな挨拶を詰まらないものだと感じ、面白可笑しい挨拶を考える。考えていたところで、相手から先に言われてしまう為に、それ相応の返答と会話をキャッチボールする。

「ねぇ、久し振りだね、元気ー?」

彼女の聞き慣れた声が耳に入る。

あの顔はいつも通りの優しく柔らかい笑顔だ。

無論、今回も言うまでもなく先手を打たれた。間違いなく私の負けだ。

「ぼちぼちだよ、一社会の歯車として」

などあれこれ話してると、彼女が

「立ち話も良いけれど、どこか入らない?」

私とした事が、道端で話に夢中になり花を咲かせてしまった。目上の人に、気を遣わせてしまったのも面目無い限りだ。

「そうですね。私の行き着けで、個室の居酒屋があるので、そちらへ行きましょう。」


私の行き着けの居酒屋というのは、個人が経営する、内装が暖色の間接照明を散りばめた、木造のほんの少しばかり洒落た酒場だ。

駅から歩いて、直ぐのとこにあるので、然程苦労せずに店に着く事が出来た。

引き戸を開けると、若いバイトであろう女性の店員があどけない笑顔で

「いらっしゃいませ、先ずは、お履物を脱ぎましたら、こちらの下駄箱お使い下さいませ。」

言われた通り私と彼女は、靴を脱ぎ下駄箱へ靴を収納した。

「二名様ですね、でしたらこちらへどうぞ。」

ニスなどで磨き上げられたフローリングの上を店員の背中を追い歩く。

店内に耳を傾ければ、男の笑い声や女達の意見の押し付け合い、男女の痴話などなど、平日だというのに、人は多いものだ。

しかしながら、酒を飲むのに理由はいらないと思うが、私も彼等も何故だが同じ匂いがした。私達は同じ穴のムジナなのかもしれないな。

匂いといえば、先程から甘く妖艶なムスクにも似た匂いがするが、何だろうか。


あれやこれやと考えていると、部屋の前に着いた。店員が部屋の戸を開け、ものの二畳半と狭い部屋に入るや否や

「もし宜しければ、先にお飲み物をお聞きしますよ。」

相変わらずの笑顔で店員が言った。

「では、生ビールを下さい。」


「じゃあ、ビールをお願いします。」


彼女と口を揃え、ビールを注文した。

「かしこまりました、直ぐにお持ちしますね。」

店員はそういうと、部屋の戸を閉め戻っていった。

私個人、一軒目は必ずビールで乾杯が常識だと思っている故、女性もそれに合わせてくるのは、とても嬉しい。

来るまでの間メニューなどを見て時間を潰す。


「失礼します、生ビールとお通しの里芋の煮物をお持ち致しました。」


キンキンに冷えたグラスから、冷気をが立ち上り結露している、ほのかに香る麦の匂い、黄金色と白色の七対三、下から上昇する泡達これぞまさに今日一日という終わりの始まりの鐘を鳴らす象徴。

そして、お通しの鼈甲色の里芋は絶対美味いはずだ。


「それでは、久し振りの再会に、乾杯。」


こうしてグラスを交わし、口をつけ一口目を飲む二人。

喉に入る液体は、パチパチと音を立て辛味と苦味のある麦の味が食道から胃に向かいとてつもない速さで走り抜けていった。


そして「ぷはぁああっ!」


互いに言い放ったその言葉は、なんだろうか、考えるのをやめた。

彼女のグラスも私のグラスもその一口で半分も呑んでいた。

いい飲みっぷりなのかは、わからないが、とりあえず気持ちいいものだ。


この店は、最初こそ店員は来たものの、後は、壁に付いている受話器を取って注文するようになっている。カラオケ屋と、同じ仕組みだ。

電話というものは、あまり好かないが、仕方ないので注文することにした。

「焼き鳥の五本盛りのタレを一つ、お新香の盛り合わせを一つ、二人前の刺身の盛り合わせをお願いします。」

大体いつも居酒屋で頼むものといえば、こんなものだ。彼女も私も。

足りなければあとで頼めばいい。


「それはそうと、今日はどうしてお誘いを?それに突然。」


私は、ふと思い出し彼女に聞いた。


「えー、急に会いたくなったから、誘っただけだよ?」


はにかみながら、彼女は言う。


「え、そう。私も会いたいとは思っていたよ、それはとても。」


私は動揺を隠しながら言う。

彼女のこういうところが、私は嫌いだ。

なんてたって、可愛いのだから。

不意にそういったのを言われると、ときめいてしまうし、誰が予想するのだ、これは一本取られた。

だがしかし、思い返せば彼女の生業というのは、長いことお水だった。平気な顔して、言えるのも当然だ。


「本当に会いたかったっていうのは、嘘じゃないよ?ほら、例えるなら実家で飼ってる犬みたいな感じ?あーいうの、無性に会いたくなるんだよね、しかも唐突に。本当のとこ、去年の誕生日に、このプラダの香水をくれたでしょ?それでね、しばらく会ってないなと思って」


例えがよかわからないが、可愛いから許す。

先程から香るあの匂いは、私のあげた香水の匂いだったのだ。何故気付かなかったかは、すぐ分かった。

この時期は花粉が多いこともあり、私は鼻が詰まるのだ。


「なんだそれ、よくわかりませんが、でも香水もちゃんと使ってくれてるんだ、素直に嬉しいものだよ。ありがとう。」


私は素直に受け止めた。

正直なところ、私は彼女に恋心を持っていた。叶うはずがないと分かっている恋心は、やりきれないものだ。彼女は誰かの体温に抱かれ、私は彼女ではない女性の体温を抱き、互いに間が遠なりゃ契りが薄いと言ったものだ。そしてまた、こんな風に記憶を掘り起こし、どちらかが連絡し再開し、例え彼女が私をどう想うが、私は淡い恋心の線に再度、火を着けてしまうのだ。せめても彼女を想い、言葉を重ね、側にいるだけで嬉しく幸せなのだと現をぬかすが、心奥では辛く苦しく悶えている。


「失礼します、お新香お持ちしました。」


そんなやりとりの中、お新香がきた。

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