旧 記憶喪失の追放令嬢と暗殺者
改稿して文字数増えたので新規でリメイク版を作りました。
前半は同じですが、後半かなり加筆となっております。
リメイク版はこちら→ https://ncode.syosetu.com/n3540ik/
ストーリ一ほぼ緒ですが、ラストが足されています。
一面の白い花畑の中で、私は誰かと倒れていた。
むせかえるように濃厚な花の香り。その甘い香を不快に感じ、頭が重く痛む。
起きあがろうとしたが、それは叶わなかった。
私の上には、誰かが覆い被さっている。 ちょっと苦しい。
マントで包まれて窒息しそうだ。
私は新鮮な空気を求め、抱き締められた腕から脱れようと抗った。しかし抜け出す事が叶わず、力尽きそうで目眩がした。
「おおーい、大丈夫か~?」
少し離れた所に馬車が止まり、マスクで顔を覆ったおじさんが話しかけてきた。
私は動けずに手だけ出して振ると、おじさんが助けてくれた。
私と『誰』かはマスクをした親切なおじさんに、町まで連れて来られて治療を受けた。
私達は打撲と、花粉を吸い込んだ症状の治療をされた。
マスクのおじさんは行商であの道をよく通るらしいが、あの花畑の側道は、花の開花時期10日ほど危険な場所だと説明された。
時々この土地以外の旅人が倒れていることがあって、助けることがあるそうだ。
「あなたの名前は?」
町医者が、私に質問した。
私の名前…?
「連れの人の名前は分かるかい?」
私と一緒に倒れていた人の事を聞かれた。
一緒に倒れていた人は、若い男性で今はベッドに寝かされていた。
頭が重く、視界も少し歪んでいる気がした。まともに何か考えられる状態ではないようだ。そのせいなのか、彼の顔を見ても全くピンと来ない。
私は自分の名前も、彼の名前も分からなかった。
町医者の先生が言うには、彼は私を庇って私よりも花粉を吸ってしまったので暫く目が覚めないのでは? ということだった。
私達が倒れていた花畑は「忘れ草」と呼ばれる花の群生地で、花粉を吸った人の記憶を強烈な眠気と共に奪ってしまう、花が開花する期間だけではあるが、地元では有名な危険なスポットだったらしい。
特に夜は一斉に花が開き花粉が撒き散らされるので、通ってはいけない。
私達はそんな夜に、この花畑を通ろうとしたらしい。
花が咲く頃は誰も近づかないようにしているのだが、時々不用意に入ってしまった旅人が被害に合うそうだ。
記憶が戻るのは、吸った量の違いや個人差で一定しないらしい。
こういう人が時々いる為に、この町には花畑の被害にあった人を、受け入れる用意があった。
私と誰かは空いている家を借りて、町の仕事を手伝いながら生活をして、記憶が戻るのを待つことになった。
見知らぬ男女かもしれない2人が、ひとつの家? と思ったが、空いている家が一軒しか無かったことと、私達を助けてくれたおじさんが言うには、私達は夫婦ではないか?という。
兄弟と言うには似ていないし、他人と言うには倒れていた時の密着度が他人では無い! とても大事そうに、私を包んで倒れていた彼を見るに、絶対に夫婦だろう、そこに愛がある。とおじさんは自信を持って言うのだ。
違っていたら無責任この上ない発言なのだが、おじさんの言葉に強く推されて気が付けば話がまとまっていた。
私は夫(仮)と1つの家で暮らすことになった。
彼は1日ほどで目を覚ましたが、やはり何も覚えていないようで瞳は虚だった。
私と彼は、町の人達にお世話になりながら、生活をしていく事になった。
度々様子を見に来てくれ、気にかけてくれる町の人は優しく、面倒見の良さはこの町の人達の気質なのか、温かさや気遣いが嬉しかった。
最初は私も彼も花粉の影響なのか、会話も無くぼーっと過ごしていたが、数日すると徐々に意識がはっきりしてきた。
意識がはっきりしてくるにつれ、私は彼を意識して行くようになった。よくよく見ると彼はとんでもなくイケメンだった。かっこいい。記憶はないが私の好みにとても合致しているのかもしれない。物凄く好みだ。
長身で手足も長く、筋肉質だが細身な体躯にサラサラ赤銅色の髪。瞳も同じ色で鼻筋の通った端整な顔立ち。意識してしまうと、それまではカーテン越しに寝たり着替えたりしていた事が凄く恥ずかしく思えてきた。
彼が私を見詰めて微笑んでくれる。それだけで頬が熱くなり、幸せ過ぎて気を失いそうだ。
農家の収穫を手伝ったり、力仕事をして帰って来る彼。
私は刺繍が出来るようだったので、洋服なども扱う用品店で手伝いをした。
彼が仕事の後に用品店まで迎えに来てくれて一緒に帰る。他愛も無い今日あった出来事を2人で話しながら歩くだけだが、仕事の疲れを忘れてしまうくらい楽しく思えた。そんな毎日が続く。
家では当たり前の様に家事をしてくれ、よく働く彼に比べ、私の出来る事は少なかった。
私は良い家のお嬢様だったのか、着ていたドレスはそれなりの高級な物だったし、家事は全く出来なかった。私は貴族だったのかもしれない。
私も早く家事に慣れて、彼の為に出来る事を増やしたい。彼に喜んでもらえる様に料理も覚えたい。それを伝えると、私を気遣う言葉をかけてくれ優しく微笑んでくれた。
こんなにステキな人が『自分の夫』と思うだけで、私の心は大きく早鐘をうち、まるで世界中から祝福されたような幸福感に包まれてしまう。 優しい赤銅色の瞳を向けられると幸せで、それでいて恥ずかしくて彼を直視出来なくなってしまう。
自分の姿を鏡で見ると、金の巻き毛に青い瞳の明るい色味ではあるが普通の少女だ。背は低めだし、やや細めで肉付き少ない体型に特別な美人ではない顔。
鏡の前でにっこり笑ってみる。一応可愛い部類に入るか? 自分の欲目かもしれない。
もっと魅力的な容姿をしていれば良いのに……溜息が出てしまう。
困った事に私には、彼のようなステキな人が夫となってくれる魅力が無いのだ。
もしかして私達って夫婦では無い……?
そんな事が頭を過った。
夫婦と決めつけてくれたおじさんの言葉は何の保証も無い。
今だって、夫婦という体で一緒に暮らしているだけなので、ベッドも別だし本当の夫婦とは違うという事は、鈍い私にもちゃんと分かっている。名ばかりの『奥さん』なのだ。
それでも現状が幸せ過ぎる私は、彼の記憶が戻るまでは、私は何かを思い出しても黙っていようと心に決めた。
だって彼ほど素敵な男性ならば、恋人がいたかもしれない。最悪本当の奥さんがいるかもしれない……
もし私が彼の奥さんじゃ無かったとしても、今ここで生活をしている間は、私は彼の奥さんでいられる。
お互いの過去が分からない不安もあるが、それよりも私は彼と一緒にいられる今が良い。このままずっと一緒に暮らしていけたら……記憶なんて戻らなくても良い、自分勝手かもしれないがそんな考えになってしまう。
だから何を思い出しても、気がつかないふりをしよう。
ーーー少しでも長く、彼と穏やかに暮らせる様に……
♢♢
……などと考えていた数日後、私の記憶がキレイに戻ってしまった。
私は隣の国の、伯爵令嬢だった。
しかも王太子殿下の婚約者だった。
王太子と婚約したのは、もう10年近く前。当時、王太子殿下と歳の近い伯爵家以上の令嬢が私だけだったのと、実家の伯爵家の領地経営が順調で裕福に潤っていた事から、運悪く私が婚約者に選ばれてしまった。
王太子はお世辞にも私の好みとは言い難い容姿で、はっきり言って王家の美しい金の髪以外は褒めるところが無い。人の話を聞かないし、傲慢で我儘だった。
望んでもいないのに婚約者に選ばれ、それまで比較的自由に領地の野山を駆け巡り、自然豊かな処で伸び伸び育っていた私の生活一変してしまった。
領地に帰る事も、自由に遊ぶ事も出来なくなってしまい、顔を合わせれば『爵位の低い田舎娘』と私を貶めてくる王太子殿下との交流も、私にとって苦痛でしかなかった。
しかし両親は私が王家に嫁げる事を名誉と、とても喜んでいた為、我慢して王太子妃教育を受けていた。
王太子妃教育もあと少しで終わる頃、全く身に覚えのない罪で国を追放された。
気がつけば何故か私の悪評が広まり、ある夜会にて物語などで良くある婚約破棄をされたのだ。
どうやら王太子殿下は最近男爵家に養女に迎え入れられた令嬢に一目惚れをし、知らない間に仲を深め、元々疎ましく思っていた私を排除する事にしたようだった。
国王陛下の隣国訪問の機を狙っての強行に、私は家族に会う事も出来ずにその日のうちに追放処分を言い渡された。
自分で望んだ事で無いにしろ、お妃教育に費やし努力した時間の全てを否定された私は、倒れないでいるのが精一杯で、弁明する事も碌に出来なかった。
言ったところで王太子殿下の言葉が覆る事もないので、言うだけ無駄であっただろう。この後自分の人生がどうなってしまうのか、娘が王太子妃になれると喜んでいた両親の顔を思い出し、両親の夢を叶えてあげられなかった情けない自分に申し訳なさでいっぱいになっていった。
もっと私が上手く立ち回れていたら違ったのだろうか? せめて国外追放取り消してもらえないか?
私は首をぶんぶんと振った。仮に国外追放を取り消してもらった所で、婚約破棄された令嬢など、まともな結婚は出来なくなる。傷物扱いとなる上に王太子妃候補だったなんて面倒な曰く付き不良債権娘となってしまった。ガッカリさせてしまう上に、実家のお荷物となってしまうのであれば、大人しく国外追放されるべきなのかもしれない。
しかし国から追い出されて、今後の自分はどうなってしまうのか……
不安が私の全身を襲う。
頼る人もなく、ごく僅かな荷物ひとつだけで国を追われ、身分もない。これからどうやって生きていけばいいのか……なんの力もない元貴族の娘が知らない土地で1人で生きていく。それがどんな過酷な事になってしまうのか……途方に暮れるしかない。
粗末な馬車に揺られ、不安と悔しさで押しつぶされそうになりながら、涙が止めどなく流れていく。
こんな惨めなまま生きていく自分には、もうきっとこの先何一つ幸せな事なんてないのだろう。
そう思うとずっと堪えていた感情が全て溢れ出し、嗚咽が漏れ涙が止まらない。
突然外で何かが落ちるような変な音がした。
馬車が止まり扉が開かれる。曲者が馬車の中に侵入してきた。
馬車の中に侵入してきた曲者を見て、私は背中に冷たいものを感じ、急速に頭が冷えていった。
ーーああ、私はここで殺されるのね?
先程まで考えていた『未来の自分に対する心配』など全く必要無かった。私に未来は無かった。もっと最悪の結果が待っていたのだ。
死を前にしているのに、妙に冷静になった自分がいた。
王太子妃候補になってから王城で暮らし、人から羨ましがられる事、妬まれる事は多々あった。しかしその実は他人が羨ましがるような事は無かった。そう、良いことなんて何ひとつ無かった。
ーー私の人生はいったい何だったのだろう……
ーーこんな事になるのならもっと自由に生きてみたかった。
ーー許されるなら、せめて恋がしたかったかもしれない……
目を瞑り私は夢想する。
物語の中に出てくる王子様のようでなくても良い。私の事を愛してくれる人、そして私もその人の事を心から愛して、お互い尊重し、支え合って生きて行けるような人。 そんな方に出会えていたら……
目を開き、私を殺しに来たであろう者を見詰めた。
顔を半分隠していたものの、曲者は端正な顔立ちだということはすぐに分かった。
フードから除く赤っぽい髪がハラリと垂れて、月の明りを映す美しい赤い瞳に、目が釘付けになっってしまう。
追放だけでは飽きたらず、おそらく口封じのために王太子が仕向けたであろう刺客。
不思議と恐怖は消えた。それどころか彼の美しさに魅せられて、視線を離す事が出来なかった。瞬きも惜しい程に彼を見つめた。
彼は私を連れて、馬に乗り走った。
どこか別の場所で殺すつもりなのか、私はもう少しだけ生かされると思い、同時にもう少しだけ彼を見ていられる事を嬉しく思った。
馬を走らせる彼の横顔を見上げ、今まで美しいと言われる貴族の男性を何人も見た事はあるが、それまで出会ったどの男性より素敵なお顔の方だと改めて感心していた。
不細工な王太子の顔をもう見なくて済むのなら良かったのかも、とも思ってしまうほどに私は彼の顔に癒され始めていた。 目元だけじゃなくてどうにか顔を全部見ることは出来ないだろうか? 殺される前に頼んだら見せてくれないだろうか? 10分、いや5分でもいいから顔をゆっくり見せてくれないだろうか?
こんなイケメンを最後に見ながら死ねるのは、憎たらしいあのバカ王太子にしては最後に良い人選をしてくれた……などと思っていてあの花畑の道に入ってしまったのだ!!
♢♢
やはり私は、彼の奥さんでは無かった。 それはそんな気がしていたし仕方ない。
しかしそれどころか彼の標的だったのは辛い。
彼は私よりも花粉を吸い込んでしまったせいか、まだ記憶が戻っていないようだ。
本来ならば彼の記憶が戻る前に、そっと逃げてしまえば良いのかもしれない。
でも私は彼との生活を捨てたくなかった。生まれて初めて好きになった人と一緒にいられるのだ。
この幸せな時間がずっと続けば良いのに……このまま彼の記憶が戻るまで黙っていよう。
彼の記憶が戻るその瞬間まで、私は彼の奥さんでいられる。
私の人生にそれくらいの幸せがあっても良い筈だ。例え記憶の戻った彼に殺される事になっても、最後まで彼と一緒に居たい。
■■
俺の仕事は暗殺だった。
王家に仕える影。暗殺一家に生まれた俺は、幼い頃からそう教えられ何の疑いも持たずに仕事をこなしていた。
私情を挟む事は許されない。今までその事を疑問に感じることも無く、当たり前にずっとそうしてきた。
ただ今回の王太子の依頼はどうしても許せるものではなかった。
自分の私欲の為だけに罪もない婚約者を断罪し追放する?
この国はこんなバカを王にするのか?この国の未来は大丈夫か?
自分はこの国と王家に仕える身だ。
理不尽な話も時には呑み込まねばならない!
それは分かっている。
…だが許せなかった。
お前が貶めようとしている令嬢は、俺にとって大事な娘だったからだ!!
♢♢
十年ほど前、俺は初仕事で王族に敵対する貴族を毒殺する為に夜会の行われる会場に潜り込んだ。
依頼内容は
【なるべく大勢の目の前で苦しませて殺せ】だった。
公爵家の子息、若い彼は王家の政策に異を唱え、低位貴族達から持ち上げられ、すっかり増長し王家から煙たがれる存在となっていた。実際に国に何か興せる程の人物では無かったのかもしれないが、他者への影響を考え謀叛の種は早めに刈り取る事となった。
少しでも危険のある公爵子息には大人しく退場してもらい、同時に彼と共に活動していた貴族達にも警告を与える意味を持たせる。
夜会会場での突然死……刃物など使えば大騒ぎになってしまう。あくまで病死として処理をし、しかし多くの者に見せしめとして行われる趣味の悪い暗殺ショーだ。
会場に紛れ込んでいた俺はグラスに1滴、誰にも見られることも無く毒薬を入れた。
標的の公爵子息が楽しげに飲み干すのを確認し、遠くから苦しみ死ぬ様子を確認後、騒ぎに乗じて会場の庭を抜け出ようとした時に、少し気分が悪くなった。
これは俺にとって初仕事だった。意識はしていなかったが、かなり緊張していたのだろう。そして標的が倒れた時に偶然かもしれないが目が合った様な気がした。死に至るまで苦しみ倒れる標的の怨めしい顔が、脳裏に焼き付いていた。
今となったらそんなものは気にもならないが当時の俺はまだ幼く未熟者だった。
その時に迂闊にも庭で遊ぶ令嬢に会ってしまったのだ。
庭園には灯りが設置されてはいるものの、幼い令嬢が1人で遊んでいる事など、普通では有り得ない。俺はかなり動揺した。
幼い彼女は、本来は両親に控え室で待つ様に言われていたらしいのだが、出てきてしまったらしい。
夜会会場は大騒ぎで、庭園にまで喧騒が聞こえて来ていた。
しかし彼女は夜会会場よりも、目の前で座り込む俺の方が気になっている様だった。
「お兄ちゃんどうしたの? 顔色が悪いわ。気分が悪いの? お熱でもあるの?」
この時の彼女はまだ王太子の婚約者では無く、王太子妃教育も受けていない。
警戒心が無いのか、純粋に心配をしてくれているのか、不用意にも見知らぬ男である筈の俺に近寄ってきた。
動揺した俺は見られたこの少女をどうするか頭の中で考えていた。
彼女は「ちょっと待ってね」と言って近くの噴水でハンカチを濡らして持ってきた。
「これ使って」
俺の額に向けてハンカチが差し出された。
見ると刺繍の入ったハンカチだった。
王族も貴族も意味なく威張っているやつばかりで嫌いだった。
初めて貴族に親切にされた。
不思議な感じがした。
「こんな綺麗なハンカチ…使えないよ。」
俺が拒否すると彼女は何故か嬉しそうに笑った。
「嬉しい。ありがとう。この刺繍初めて私が一人で刺したものなの。綺麗って言われて嬉しいわ。また刺繍はするからこれは貴方にあげる。」
そう言って微笑む彼女を見て俺は彼女に恋をしたのだと思う。
しかし日陰の身なので貴族の令嬢と会うことはもうない。
ましてや彼女は王太子の婚約者に選ばれてしまった。
遠い存在だ。 あまりにも住む世界が違った。
彼女は明るい陽の道を歩き、俺は暗い夜道を歩いている。この2つの道が交わる事は決して無い。
ーー直接会うことがなくても彼女が幸せならばそれで良い…
彼女の事を考えると心が暖かくなる。俺はそれだけで良い。
ーー遠くから見守る。
ああ…かわいい
笑っていて欲しい。
彼女が微笑むだけで陽の光の温かさを感じ周りが輝いているようだ。
金の巻き毛も大きな瞳も少し低い鼻も全てが愛しく思えた。
遠くから時々見るだけで幸せだった。
しかしなんだ?
どういう事だ?
この王太子はどうしようもないバカなのか?
前々から思っていたが我慢していた。
彼女の夫となるはずの男。
彼女が王妃になり幸せになるなら憎たらしいお前の命令も聴いてやろう。
しかしこの愚かな王太子は彼女の良さが分からないだけでなく胸の大きなバカそうな女を選び、何の罪もない彼女を追い出す計画をしている。
俺は腸が煮えくり返って、すぐにでも王太子を殺してやりたかった。
王太子の行動は少し調べればボロが出る筈だ。
どうやってもお前を引きずり下ろしてやる!!
こんなバカよりも第二王子が王になった方がいい。
そんな時に第二王子が俺に接触してきた。
第二王子は王太子に押され日陰の身だったが、王太子に比べればだいぶマシな人物だった。
第二王子は俺に依頼をしてきた。
王太子の暗殺だ。
俺は第二王子の申し出を受けることにした。
いくら自然死に見せかけるにしろ王太子の暗殺ともなると事は大きい。
俺はこの仕事の後は用心し身を隠すように言われた。そして報酬は欲しいものをくれてやると言うのだ。
俺の欲しいものはもう決まっていた。
******************
がっくりと肩を落とし王太子の策略に嵌まった彼女が城から出て行く。
何が起きたのかわからずにフラフラしている。
彼女をこんな目に合わせた王太子は報いを受けるべきだ。
俺は王太子に彼女が、国を出たところで始末するように言われている。
王太子には計画が上手くいったように思わせておこう。
俺は王太子に言われたまま彼女を追い、馬車を襲う。
ここまではヤツの思い描いたものだろう。
だがこの後は俺のシナリオだ。
彼女を連れ去り口説く。
そして結婚を申し込む。
既に第二王子からの依頼は実行された。
王太子の食事に遅効性の毒を混ぜておいた。
死んだ後でも検出出来ない猛毒だ。
我が暗殺家の特別製の遅効性の毒。
存分に苦しんで死ね。
俺は国外で彼女と新婚生活だ。
馬を走らせ遠くの街を目指す。
第二王子の許可をとっているから何の追手もない。
本物の自由だ!
辺りは暗くなりもう夜だった。
街についたらゆっくり彼女と話をして長年の思いを伝えよう。
自分を好きになってもらえるように努力しよう。
その時一面の花畑が見えた。花からは白い靄のようなものが出ていて異様な感じがした。
夜に咲き誇る隣国のこの花の噂を昔聴いた事があった。
しまった!
危険を察知したのか馬が異常なほど暴れる。
思わず振り落とされる。馬はすごい勢いで逃げて行った。
この花粉は危険だ。
軽く口を塞ぎながら彼女に怪我は無いか確認した。
幸い怪我は無いようだが一刻も早くこの場を離れなければ…
花粉に催眠効果があるのか身体が重くなった。
彼女を抱えて花畑の途中で倒れる。
馬鹿だな俺は…
彼女を手に入れたと思って浮かれたせいだ。
彼女がなるべく花粉を吸わないように覆い被さり口を布で覆う。
そのまま気を失った。
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俺は今彼女と暮らして、望んでいた生活を手に入れた。
しかし今の彼女は記憶を失っている。
俺は結構早くに記憶が戻った、家の職業柄あらゆる毒物の解毒に身体が慣れるように幼い頃から訓練されていたお陰だろう。
彼女は辛い記憶を失って俺を夫と思っているようだった。
俺の事を信用し笑顔を見せてくれている。
最初に助けてくれた行商人の男の言葉を信じて俺を夫と思い込んでいるのは有り難いことだが本当は一日も早く本物の夫婦になりたいと思っていた。
このまま悲しい記憶など無くても良いのではないかと思うが、もし突然彼女に記憶が戻ったらどうなる?
彼女の記憶では俺は馬車を襲った暴漢、もしくは王太子の刺客と思われているかもしれない。
彼女に話すにしても彼女の記憶が戻ってからの方が良いだろう。
なるべく彼女の傷つく顔は見たくない。
まさかあの王太子の事を愛していたりと言うことはないと思うが彼女が追放され傷ついた事は間違いないのだから…
彼女の記憶が戻ったら…
もっともっと落ち着いたら…
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俺は今日も仕事帰りに彼女を迎えにいく。
お嬢様育ちの彼女を働かせるのは少し躊躇うが、記憶が戻るまではこのまま平和でありたいと思う。
そして記憶が戻っても俺に少しでも愛情をもって貰えるように毎日彼女には優しく大切に接している。
記憶が戻っても嫌われませんように…
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今日も彼が迎えに来てくれて笑顔で手を振っている。
優しい笑顔だ。
荷物も持ってくれて家までの道もまるでデートのように楽しい。
ああ…この生活がずっと続くと良いな。
彼の記憶が戻りませんように…
私の記憶が戻った事はずっと内緒にします。
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数ヵ月後隣の国の王太子が病死したらしいと言う噂を聞いた。
あの王太子の事は何とも思っていなかったので亡くなったと聞いても特に何の感情も湧いてこなかった。
それよりも最近彼が何か話したそうにしている気がする。
どうしたのかと思いきって聞いてみると……
ーENDー
初の短編です。
読んでいただきありがとうございました。