5.夏の散歩は気を付けて
薬物乱用防止教室から2日後、この日は終業式が行われた。
結局、あれから斎藤先生には会えていない。1学期の授業をすべて消化した斎藤先生は、「薬物乱用防止教室」が行われた翌日からずっと学校を休んでいるのだ。
「斎藤先生は危険な薬物の取引をしているのでは?」
お互い声には出さないが、私も彩も、徐々にその考えに傾いてきた。
そう考えると、すべての辻褄が合ってしまう。
うつろな目と不安定な足取り。これは薬物による症状だろう。
うわごとのように呟いていた「100ミリグラムで給料3か月分」。これは高額な薬物の値段のことだろう。
では「朝の海の絵は描いちゃダメ」。遠回しに「朝の海辺に近づくな」と忠告している言葉の意味する先は……
美術部は、夏休み中には活動をしない。何も収穫を得られないまま、私たちは夏休みに突入しようとしている。
「まさか斎藤先生は、朝の海辺で薬物の取引を」
終業式からの帰路、炎天下の街道で、とうとう彩が口にした。
彼女の不安そうな声を聞き、私は無性に励ましてあげたくなったが、その不安を払拭できるような手札はそろっていなかった。
「わからない。でも、やっぱり先生は何かを隠している」
私は正直に答えた。変に励ますよりは善手だろう。
思い返せば、6月に入ったころから斎藤先生の様子は少しおかしかった。いつも心ここにあらずといった具合に呆けたような、物思いにじっとふけっているような様子で、こちらが呼び掛けてもなかなか反応しないことは一度や二度ではなかった。
「明日の朝、浜辺を散歩しない?」
まるで告白するかのような硬い声で、彩が誘ってきた。
正義感の強い彩としては、何やらきな臭い斎藤先生の隠し事が気になるのだろう。
私自身も事の成り行きについて気になる。それに、もし本当にそれが薬物の取引だとしたら、事は重大だ。私たちで現場を抑えることができたとしたら殊勲ものだろう。そしてなにより、彩と一緒に夏休みを過ごす口実ができるのが良い。
それが危険な行いかもしれないという事は重々承知していたが、彼女の提案の魅力には抗えなかった。
「うん。気を付けて、散歩をしよう」




