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会場到着、みんなで自己紹介、ばば様の因果

 わたしたちは山下公園から東に移動して、みんなで背に陽を受けながら日本大通りを関内駅方向に進んだ。

 壁面が真っ黒なガラスで全面覆われたとても立派なオフィスビルに到着。

 

 このビルは15階建てで、一階にはCafeという看板の筆記体がおしゃんてぃな喫茶店と、thanksという「人」の文字の頭頂部に帽子マークが描かれた看板のコンビニエンスストアが入っている。


 通りをはさんだ向かいに何となしに視線を投げる。

 樹々の向こうに横浜スタジアムがどーんと控えていて、大地に斜めにめり込んだ巨大などんぶりとか不時着した未確認飛行物体みたいなフォルムで、どんぶりのへりの青の塗装が港町横浜、という感じだ。

 ここはたしか横浜ヘイスターズという球団の本拠地で、たしか去年1シーズン90敗という逆記録を打ち立てたことを思い出す。

 あまり落ち込まずに頑張って欲しいと思いつつ、白のペンキがところどころ欠けた非常階段にきびすを返す。


「てかよぉ。こっちで良かったんじゃねぇか?集まるのよぉ」

 階段を昇りながらぶつくさ言う奈崩に、境間さんは穏やかに応える。

「海沿いの鳩さんたちとですね。(たわむ)れたかったのですよ。わたくし境間が」


― 相変わらず、自由人だなあ。境間さん。―


 妙に納得する。

 奈崩は、けっ、という。

 けっ、が口癖なのだろう。


 わたしたち一行は境間さんを先頭にして、黒髪の女の子、わたし、九虚君、そして奈崩の順番に、自然にギザギザの隊列を組んで非常階段を登る。

 14階の非常扉までたどり着くと境間さんはインバネスコートの胸元から手品みたいな手つきで、募金などをすると貰える鮮やかな赤い羽根※を取りだし、針金部分を鍵穴に挿し込んでこちょこちょとすると、がちゃりという音がした。

 そのまま通路に入ると、黒に近い灰色のネズミが中央の床でお相撲さんみたいに蹲踞(そんきょ)の姿勢をとって、つまりわんちゃんがちんちんをするような姿勢で、わたしたちを見上げていた。


 鼠は境間さんに駆けてきて、彼のコートをするすると昇り、インバネスコートの襟口の隙間にするっと飛び込んで、服の中に消えた。


― 相変わらず、ファンタジーだなあ。 ―


 でも誰も驚かない。

 境間さんが動物使いであることをみんな知っているからである。

 助役さんも何事もなかったかのようにわたしたちを先導し、突き当りの角部屋のドアをゆっくりと開く。


 その角部屋は殺風景なほどに広い会議室で、電気がすでについていた。


 空調も耳に障らない程度に作動していて、気温も湿度も快適に保たれているけれど、新築のオフィスビル特有のすえたホルムアルデヒド臭がして、顔を微かにしかめる。

 基本的に村人は超田舎育ちなので、都会の人工的な空気があまり好きではない。

 わたしもたぶんに漏れない。

 なので、集合地点を山下公園にした境間さんの心遣いを感じる。

 久しぶりに会うのなら村人として心地よい場所がいい、ということなのだろう。


 会議室の中央にはダークブルーの椅子が4脚。

 イギリスのストーンヘッジみたいな半円の陣を形作(かたちづく)っている。


「どうぞ、お好きにお座りください」

 にこやかにおっしゃる境間さんに会釈をして、彼の前を通り一番通路側の席に座る。


 黒髪の女の子が向かいの一番窓側に座るのを視界におさめながら、とてもささやかに、願う。


― 九虚君がわたしの隣だったらいい、な。―


……本当に隣の椅子に座ってくれたので嬉しく思う。

 そしてほっとする。

 奈崩の隣は嫌だ。

 ひだる神はそんな嫌悪と安堵など気にも留めない様子で、女の子の隣にどかっ! と座った。


 境間さんはそんな奈崩に微笑んで、ドアを静かに閉めてから半円陣の前に進む。

 それから向き直って、わたしたち一人一人を見回した後、深々と辞儀をした。


「あらためまして。説明会にご足労いただき、大変感謝いたしております」


 わたしと九虚君はつられて座礼をする。

 奈崩はふんぞり返ったままだ。

 女の子も不機嫌で、微動だにしなかったけれど、間を置いて、考え直したように座礼をした。


「では、取りあえず自己紹介をしあいましょうか。今回の案件は皆さん4人で臨んでいただきます。かなりきつい案件ですので、まずはお互いにですね。自己紹介をして、相互理解を深めましょう」

にこやかに言ってから境間さんは一度言葉を切り、わたしに目を合わせてうなずいて、続ける。

「では、多濡奇さんから、どうぞ」


……わたしはどぎまぎした。





※境間さんが解錠するときは、いつもこの赤い羽根を使う。

そしてどんな鍵でもこの羽根で開けてしまう。

村人なので鉄のノブくらい簡単に引きちぎれるのに、

あえてこういう技能を習得する境間さんは本当に人格者だと思う。


多濡奇(たぬき)です。先祖はセイレーンで、歌を使います」


 できるだけ(よど)みのないように、短く言ってから、案件の面々を見渡す。

 と、女の子と目が合った。

 眉をひそめながらわたしを睨んでいる。

 長いまつ毛の下のくりくりとした黒い瞳が怒りにきらきらしており、心当たりがありすぎるわたしは立つ瀬を削られながら、視線をずらす。


 白髪のひだる神は相変わらずふんぞり返ったままで、心音にも感情の響きがない。

 こちらを見ようともしない。

 九虚君もうつむき加減で、先ほどからだけれど、心音の響きが複雑だ。


― 緊張? いや、これは。ほんのわずかだけど。……痛み?―



「はい。ありがとうございます」


 境間さんが柔らかく言って下さったのでわたしは椅子に腰かけたまま我に帰った。

 上体をかがめて礼をする。

 膝の上に置いたひよこの被り物がスーツのみぞおちや胸に圧迫されてひしゃげる。


 境間さんが言葉を続ける。


「皆さんご存知の通り、多濡奇さんの歌は強力ですからね。加えて聴覚もとても優れていらっしゃいます。今回の案件では、主に広域殲滅(こういきせんめつ)索敵(さくてき)を担当して頂くことになります。詳しくは後程(のちほど)になりますが。では、次に、九虚君。どうぞ」



「……九虚(くこ)です。先祖は空狐(くうこ)で、気功を使います」

 静かな声だ。

 心音も平静に戻っている。


 彼に対して奈崩は変わらない。

 女の子は愛らしい唇の端を、シニカルに歪めた。

 心音は軽蔑を刻む。


― 軽蔑?―

 わたしは彼女の心音に軽く戸惑う。


「はい。ありがとうございます。ご存知の方もいらっしゃいますが、九虚君の気功、治癒能力は強力ですからね。加えて不死身に近い肉体の持ち主でもあります。今回の案件では、主に皆さんのサポートを担当して頂くことになります。では、次に、奈崩君。どうぞ」



「……奈崩(なだれ)だ。俺の先祖はひだる神だ。菌を使う」


こめかみに太筋をピキピキ走らせて威圧感を全開にする奈崩に、わたしは呆れた。


―こんな所で凄んでも、誰も怖がってはくれないだろうに。―


 と思いながらそれとなく女の子を確認すると、視線を彼から背けている。

 わたしの妹分に殺されかけたトラウマを思い出したのだろうか。

 妹分も、ひだる神だったのだ。

 彼女の心音が苦痛を刻む一方で、九虚君は平静である。


 境間さんがうなずきつつほほ笑む。


「はい。ありがとうございます。知る人ぞ知る、奈崩君の菌は強力ですからね。今回の案件では主に近接戦闘を担当して頂きます。では、最後に志骸(しがい)さん」


「……志骸(しがい)。先祖は油赤子(あぶらあかご)。爆弾を使うわ」


 志骸(しがい)という女の子は幼い声でそう言って、目を伏せた。

 長いまつ毛が美しい。

 心音はとても静かだ。

 奈崩は無感情。

 九虚君は……。


― …え?これ……?-


「はい。ありがとうございます。志骸(しがい)さんは因果のためにこういう姿ですが、実際は手練れの爆弾魔ですからね。今回の案件では主に外見を活かした諜報と破壊工作を担当して頂きます」

「いいですか?」

 志骸が手を小さく上げた。境間さんが

「どうぞ」

 と柔らかくうなずく。


「……戦争でも、始めるんですか? て、アニメとか漫画でしか言わない台詞ですけど。でも、戦争でも、始めるんですか?」


 志骸は真っすぐに境間さんを見る。

 助役さんはそんな彼女にニッコリと笑顔を作った。

「そうですねえ。戦争、みたいなものです」

 と平然と言ってのけ、外見美少女(おにんぎょうさん)は細長い眉を寄せて唇の右端を歪めながら、器用にため息をつく。


「です、よね。広域殲滅能力の歌使いに、細菌兵器の斑転に無条件治癒能力者に破壊工作員ですもんね。で、敵は軍隊ですか? 国家ですか?」


 爆弾魔の言葉に境間さんは苦笑をする。


「それがですね。分からないのです。(あいてさま)が国家なのか軍隊なのかはたまたどこかの一個人なのか。ただ、皆さんにお任せする今回の案件はですね。一度失敗していましてね。前任者は殺されています。……逆忌(さかき)さんは皆さんご存知ですよね?」


 脳裏に逆忌さんのロマンスグレーが甦る。

 民俗学の大学教授をされていた方で、遠い昔だけれど、講義を受けた事がある。

 境間さんは少しだけ寂しそうな顔をしてから、名残を惜しむように言った。


「彼はこの死で溢れた美しい世界における、最も強い獣の一人でした」

 

 心臓がはねた。

 境間さん以外の全員の心臓がはねた。


 黒髪の先がゆるくかかる志骸の頬から血の気が引く。

 九虚君も黒サングラスの向こうで大きく目を見開いた。

 奈崩すら顔を上げて殺意でも抱くかのように境間さんを凝視する。

 わたしはというと、安定の口元半開き状態である。




………

『死で溢れた美しい世界における、最も強い獣の一人』

 という修辞句は、境間さんと同等の強さである事を示す。

 それがどういう事か?

 境間さんと長い付き合いの村人にしか分からないだろう。


 そしてそれほど異質な強さを持つ村人を(ほふ)った者がいる。

 あるいは者たちが。

 しかも、である。

 彼または彼らはそれほどの事をしておいて、正体が一切不明なのだ。

 境間さんを困らせるほどに。


……室内の気温も湿度も快適に保たれていたはずなのに、わたしの全身の産毛は逆立った。

 空調の作動音が強くなり、轟轟(ごうごう)と吹き荒れ始めるような、そんな錯覚を覚えた。


「さて、それでは今回の案件の概要をお伝えいたしましょう。そんなに皆さん、硬くならなくても大丈夫ですよ」

 境間さんはそこで一度言葉を切って、ニッコリと笑い、

「なにせ、今回の生存率は25%です。ババ様のお告げですがね。」

 と続けたで、久しぶりに聴く、ババ様という名詞にわたしの視界はくらくらした。

 ババ様まで出てくる、ということは、今回の案件には、とてもたくさんの村人の命かかっている、ということだからだ。

 または、村自体の存亡が。


 ババ様はババ様と言っても、別に(よわい)80のお婆さんとかではない。


 たまにそれくらいの歳でババ様が降りたりもする時もあるけれど、通常は15歳から35歳までの女性に発現する遺伝子疾患である。


 この遺伝病を抱える女性のことを村では、器様(うつわさま)と呼ぶ。

 もちろん、わたしたち村人も遺伝病患者なのだけれど、器様は村人とは扱いも育ち方も、一般の村人とは全く違う。


 彼女たちは簡単に言うとかぐや姫方式で育つ※。

 

 普通のヒトたちの家庭に託されて、普通のヒトたちの中で普通に育ち、学校に通い、就職や結婚のどこかの段階で、ババ様は前触れなく発現する。


 ちなみに器様に唱えてもらうことで発現の引金(とりがー)となる言霊も村では受け継がれてきたのだけど、どちらにせよ、ババ様が降りる時、彼女たちの中から人格は吹き飛ぶ。

 そして廃人になる。

 代わりに予言と命名の因果を授かる。


 つまり彼女(うつわさま)たちは、ババ様が降りるための肉の器とも言える。


 一度ババ様が降りた器様はもう器様とは呼ばれず、ババ様と呼ばれ続けるし、実際、ババ様が降りた器様から出ていくことは絶対にないからだ。

 

 それは魂の上書きと言ってもいいかもしれない。


 ババ様が降りた後、彼女たちは日本屋敷の縁側で猫の頭を撫でたり、村の女の人がどこかで産んだ新生児を腕に抱えたりしながら、残りの生を過ごす事になる。

 その屋敷は日本の何処かにあるけれど、村でも限られた者しか、訪れることは許されない。



 ちなみに彼女(ばばさま)たちは本当に滅多に仕事をしない。

 そもそも仕事が2つだけなのだ。


 1つは、命名。

 村に新しく生まれた子供にふさわしい名前を(つぶや)く。

 その名前からその子の先祖(るーつ)と因果が判明する。


 もう1つは、お告げという予言。

 これは明日の万馬券がどの馬でくるとか、そういう幸せな予言ではない。

 多くの村人の命に関わることや、村の存亡に関わる事を断片的につぶやく。

 このつぶやきを読み解いたり、対策チームを編成してババ様に上奏(じょうそう)し、その可否や成功率を伺うのが助役さんが担う役割の一つでもある。


 多分これを読んでもピンとこない人が多いのではないかと思うけれど、ようは、巫女さんなわけだ。

 ただ、普通の巫女さんと違って、人格が吹き飛んでいるので意志の疎通も難しい。

 けれど、その分、お告げは確実に当たる。

 という事で、ババ様が生存率25%と告げたということは、本当に25/100で、1/4なのである。


 つまり今回の案件で生き残るのは、わたしたちのうち1人だけだということだ。

 わたしか九虚君か奈崩か志骸か。


……まあ、この場合は九虚君が順当なのだろうと思ったし、その事に特に不満は無かった。

 けれど、問題は任務が果たせるかどうか、なのだ。


「もちろん、村が皆さんに望むことは案件を達成することです。生存が目的ではありません。ですが、わたくし境間個人の希望としては、かなう事ならば、皆さん全員に生き残って頂きたい。それは約0.39%の確率ですが、この場の皆さんなら叶うと信じています。ちなみに他の編成(チーム)ですと一人あたり5㌫をきります。この編成(ちーむ)がベストメンバーということですね」

「伺ってもいいですか?」

 九虚君が静かに口を開いた。


「はい。どうぞ。」

「案件自体の成功率はいくらなんですか?この編成の場合」

「52%です。他ですとやはり5%をきります」

「……逆忌さんは何㌫だったんですか?」

「お答えできません。士気に関わりますからね」


 境間さんはニッコリと笑顔を作って、つまりその笑顔は明確な拒絶だった。

 推測するに、前任者(さかきさん)の生存率も成功率も、わたしたちよりかなりマシだったのだろう。

 それはそうだ。

 境間さんと同等の異質(つよ)さの人だ。

 失敗するほうが難しい。

 けれど、彼は失敗して誰かに(ほふ)られた。


- だから、わたしが呼ばれたのか。その誰かの拠点(どこか)を、誰かごと殲滅するために-


「まあ、案件の内容自体はささやかなものです。端的(たんてき)に申し上げますと、『幻の神花を探せ』ですからね」


 助役さんの言葉が終わると共に会議室の照明が落ちて、室内全体が薄闇に沈んだ。

 黒壁にいくつもの切れ目を入れるように、麦芽酒のような煌めきを帯びた午後の陽がブラインドの隙間から差し込む。

 志骸の黒髪とカーディガンを後ろから照らす。

 その光の届かない暗い奥側の壁、境間さんの後方にスクリーンが下りた。

 それから、いつの間にかセットされていたプロジェクターが、一輪の花を白布に映し出す。


 ふっくらとした白い花弁が可憐な花で、少しすずらんに似ていると思った。




器様(かのじょ)たちの身体能力は著しく低く、およそ普通のヒトとあまり変わらないので、器様一人につき防人(さきもり)が一人つく。

 防人は彼女たちを普通のヒトに託し、ババ様が発現するまで守り抜く。

 発現を経て廃人となった彼女たちをさらうのも、彼らの任務である。

 この一連の任務は超長期案件であり、村のあり方に関わる最重要任務のため、案件を果たし終えた防人は褒章として、その後のいかなる案件の依頼の対象からも外されるのだけれど、その後の生をあまり長生きしないものが多い。

 原因は謎である。

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