横浜
- 現在 -
横浜の山下公園へは、みなとみらい線元町・中華街駅から行くことができる。
この山下公園の北の広場で、村の助役の境間さんが待っている予定である。
ちなみに村というのは、わたし、多濡奇が所属する悪の秘密組織である。
ここには、全国各地の神話や民話の子孫が所属しており、セイレーンの子孫であるわたしも多分に漏れない。
待ち合わせの時間は15時45分だが、せっかくの横浜なので、ひよこの被り物をしながら、色々巡る事にした。
被り物はわたしの趣味である。
この横浜めぐりは朝の8時の石川駅から始まった。
回った先は、横浜中華街、白い室内犬が可愛いブリキの玩具館、マリンタワーに氷川丸である。
わたしは、生涯で最後かもしれないこの横浜を、大変堪能した。
この横浜めぐりの最後、被り物を外して、潮風に吹かれて髪を押さえながら、東京湾に黄昏たりしているうちに、予定時刻の15分前になってしまった。
わたしはこの事実を、右手首の静脈側に着けていた時計で確認、ため息をつく。
午後の陽に煌めく海面にもう一度目を細めてから、再びひよこを被る。
それから遊歩道を北に、芝生広場に向かって歩きだした。
おしゃれなカップルが行き交う光景を、被り物側の覗き穴から眺めつつ、2分ほど進んでから、ふと思う。
― 案件から生き帰ってこれたら、九虚君を誘ってもう一度ここに来よう。あの子は優しいから、付き合ってくれる……かな? 多分。うん、多分。―
九虚君は村人で、妖狐の子孫だ。
治癒能力者でもある。
つい最近わたしが依頼を出した任務で、大切な子を治癒してくれた。
24歳だから、わたしより8歳年下のとてもいい男の子だ。
「よお、多濡奇ぃ」
と声をかけられた。
覚えのあるというより、忘れる事を試み続けた不快感が一気に押し寄せる。
体の芯が硬直した。
それが奈崩の声だったからである。