第9話 武の競い合い
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「あのような場で礼を欠く行為は感心しないな」
本選2回戦第5試合。その舞台上にノルはいる。
既に開始の合図はあったのだがノルも相手も動かない。
「それは運営にも言われたよ。自分でも分かってるさ」
相手は金属製の鎧を着込み白銀に輝く槍を構えた強者だ。本選からの出場者である。
その名はカイラス。白獅子系獣人族で獣人国家ノースグラスの王国騎士団の者である。
「どうした、来ないのか。来ないなら此方から行くぞ」
ノルは仕掛けられなかった。全く隙がないカイラスの構えを前に動けなかったのだ。
カイラスが動く。
ノルが攻撃に備えようと身構えた瞬間、カイラスの槍が胸に突き刺さろうとしていた。
既に『金剛』『銀狼の覇気』を発動していたノル。驚異的な反射神経で身を捩りながら仰け反る。
ノルは後方宙返りをしながら、棍を一閃する。
当てるつもりはなく、追撃を牽制したのだ。
「大したセンスだな」
ノルの反射神経、運動能力、危機管理能力に素直に驚くカイラス。そのカイラスの身体が白銀色に淡く輝いていく。
「身体強化……それも『獅子王の覇気』!」
「何故知っている……まぁいい」
あれは、シンバが使っていた覇気である。獅子系獣人族は皆使えるのかと勘違いし始めたノルであるが、そんなことを考えている余裕はなかった。
目にも止まらぬ連続突きに、ノルは翻弄される。何とか棍で受けるが、流し切れずに鎧に幾つもの衝撃が走る。
その内の幾つかは鎧を通り越し、直接身体にも衝撃が抜けてくる。
何かの技を使っているのだろう。
たまらずに大きくバックステップし距離を取るノル。
(勝てない……それどころか、何も出来ない……)
己とカイラスとの実力差を身をもって知らされたノル。本意ではないが、未完成の魔術を使うことを決心する。
金剛との併用には成功していないため、一旦、金剛を解く。身体中にあり余った魔力を操作し、一つの魔術を編み上げる。
「『闇の乱舞』」
ノルの身体を薄く闇色の靄が覆う。闇長耳系妖精族特有の膨大な魔力を使った身体強化。銀狼の覇気と同様の効果を生む魔術である。
「うぉおおおお!」
一瞬でカイラスとの距離を詰めたノルは、下段突き、中段突き、上段突きの連撃を放つ。
瞬間的なスピードはカイラスに追い付いている。それほど強力な魔術なのだが、ノルは扱い切れていない。まだ欠点もあるのだ。
カイラスは攻撃を読んでいるかのように、するすると簡単に回避してしまう。
「……固いな」
ポツリと呟いたカイラス。一瞬でノルの欠点を見破った。
ノルは荒ぶる力を抑え込むのに必死で、力を操り切れていない。どうしても直線的な方向にしか力を解放できない。その結果、これまで培ってきた棍術の柔軟な動きが出来ず、初心者のような固い動きになってしまうのだ。
だが、それを上回るメリットもある。
カイラスの突き、払い等の目にも止まらない攻撃がノルに掠りもしない。
ノルの動体視力に体がついてくるようになったのだ。見えていても、身体がついて来れずに回避しきれなかったカイラスの攻撃が、今は全て回避できている。
ノルは反撃に転じる。下段払い、中段突き、袈裟斬り、掬い上げ、右薙ぎ、袈裟斬り、突き、突き、左薙ぎ、逆袈裟、突き……
息をもつかせぬ連続攻撃で決めにかかったノル。
だが、カイラスには全てを見切られ回避される。
「どうした、息切れか?」
ノルの頼みの綱である『銀狼の覇気』が切れてしまったのだ。その反動で一気に身体が重く感じる。
スピードが落ちてしまったが、それでもノルは諦めない。
「はっ!」
カイラスの構えた槍を絡めとるように、槍を巻き込みながら棍を突き出す。
スピードが落ちたノルの攻撃であったが、初めてカイラスに掠ったのだ。
お返しとばかりにカイラスも同じ技を出す。棍を絡めとるような突き。
ノルは回避しきれずに、左肩に槍を食らう。
「痛っ」
金剛を解除しているため、衝撃がもろに身体に響く。
(くっそ、動かない……)
今の一撃で左腕が痺れたように動かない。左手を棍に添えるのが精一杯であった。
それでもノルは動く。
鋭い踏み込みから下段突き、回転しながらの中段の右薙ぎ払い、更に回転して飛び上がり、斜め上からの逆袈裟……
「ぐはっ!」
ノルは腹に強い衝撃を食らい、宙に投げ飛ばされていた。
「勝負あり、そこまで!
勝者、カイラス!」
勝ち名乗りを聞きながら意識が遠退いていくノルに勝者からの声が届く。
「いい戦いだった。俺はいつでも待ってるぞ、ノル」
意識が落ちる瞬間、カイラスとの再戦、そして勝利を誓うノルであった。
◇◇◇
「……ノル……気が付いた?」
ノルは静かに目を開けると見知らぬ天井が見えた。見知らぬ部屋。白を基調にした部屋。質素だが清潔なベッド。ほんのりと漂う薬の臭い。
ファノが心配そうに顔を覗きこんでいる。
(そうか……医務室かな……俺、あの白獅子のカイラスと戦ったんだよな……)
「……俺、負けた?」
「うん」
ノルは本選2回戦で負けた。相手は白獅子系獣人族の騎士カイラス。見事に負けた。何も言い訳できないくらいに見事な負けだ。最後は相手の攻撃さえも見ることが出来なかった。それほどにも実力に差があったのだ。
「……あの騎士、優勝したよ」
「……そうか……」
自分が負けた相手が優勝してくれた。これは負けて傷付いた心がほんのりと癒える。
「……あの騎士、あのあと、覇気使ってなかったよ」
「そっか」
「……あのあと、誰の攻撃も掠らなかった」
「そっか」
ファノはあの騎士の次にノルが強かったのだと言っている。ノルを慰めようとするファノ。ノルにもその気持ちは伝わっているが……
「俺、強くなりたい。あの騎士に勝てるように……
でも、今はメダルの力には頼りたくない。
俺の力だけで勝ちたいんだ」
ノルはいつかのジンガの話を思い出していた。
おそらく、ジンガは誰かに負けたのだ。そして、更に強くなるためにメダルを求めた。今ならば、その時のジンガの気持ちが分かる。
だが、ノルは皆と約束した。メダルの力に見合う男になるまで、メダルの力は使わないと。
「……幾つか、心当たり、あるかも」
「どんな?」
「……例えば……」
魔術による身体強化を得意とする人物。その人に稽古をつけて貰うとか。
魔力を闘気に変換する術。それを使えば闘気による『銀狼の覇気』の使用時間が伸びたり。
「ファノ、それ、紹介して貰えないかな?」
ノルの言葉に逡巡するファノ。自分が言い出したことにノルが乗ってきたのにも関わらず逡巡する。それほどにも迷いがあるのだ。
「……遠いよ?」
「どれくらい?」
「……半年くらい」
「貯えもあるし問題ないよ」
暫くは迷宮探索が出来なくなる。稼げなくなるが、幸いにも最近は深層を探索していて貯金も増えていた。迷宮が恋しくなるかもしれないが、強くなる為ならば我慢できるだろう。
「……会ってくれないかも」
「会ってくれるまで、お願いし続ける」
相手は頑固者である。気に入らなければ会ってくれない。だが、ノルはそれ以上に意地を通す男だ。おそらく根比べではノルが勝つだろう。ファノはそう思っていた。
「……」
「ファノ、一緒に来てくれるか?」
悩んでいたファノにノルが掛けた言葉。それは魔法の言葉のようにファノの心を動かした。
「……うん、いく」
ファノは、この話をノルにした時点で、そこに、その人物に会いに行くことを覚悟していた。しかし、会いたくないのだ。出来ればそこに行きたくないのだ。だが、ノルに一緒に来てくれと言われ踏ん切りがつく。
こうして、ノルとファノは遠い地へとの旅路につくのだった。
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