第8話 侮辱の結末
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ノルとファノ2人で迷宮探索をするようになって一年が経つ。
お互いの連携も上達し、各々の能力も高くなり、順調に最深到達階層を伸ばしていっていた。
深層での稼ぎは予想以上に良く、装備も良いものへと買い換えている。迷宮産の鉱物で自作していた棍もアップグレードしていく。
上手くいっている2人に対して、純粋に尊敬の眼差しを向ける者もいるが、妬んでいる者も多かった。それは、2人が闇長耳系妖精族であることが理由であった。
迷宮探索を終えたノルとファノは、いつも通りに迷宮管理局内のカフェで次の探索について話していると、この日も絡まれてしまう。
「くせぇなぁ?」
態々、ノル達のテーブルに近付きながら絡んでくる連中がいた。明らかに気分を害しているファノを押さえ、ノルが席を立とうとするが……
「公衆便所くせぇと思ったら、こんな所に肉便器がいるじゃねぇか!くせぇはずだぜ」
「……おい……撤回しろ……土下座で謝れ」
いつもなら絡んでくる連中を冷静にかわす役目のノルがキレる。
「おうおう、くせぇもん同士がくっついちゃってよ、お似合いだねぇ~。おめえらくせぇからとっとと出てけよ」
上等な鎧や兜、高価なアクセサリーを身に付けたその男は更にノル達を挑発する。
「……撤回する気はないのか?……謝る気はないのか?」
今にも飛び掛かりそうなノルの腕にそっとファノは触れる。
「ぶははははは!こいつら言葉が理解できねぇらしいぞ?なんか凄んじゃってよ~、てめぇらの立場も分かってねぇらしい」
最早、会話にならない。ノルは我慢の限界を突破する。
「……くそブタが……実力もねぇくせに、上級探索者に絡んでんじゃねぇよ。自分と相手の実力差も測れねえチンカスが。高価な武具がねぇと迷宮に潜れねぇクソ野郎は家に帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな!」
ノルの地が出た。元々、育ちが良い訳ではない。喧嘩もなれている。相手を挑発するのは十八番である。
「て、てめぇ……」
絡んできた成金野郎はわなわなと震えだす。
「おっ?言葉が通じたらしい。ブタでも人間の言葉が分かるのか?」
「……コロス……おもて、出ろや……決闘だ……絶対に生かしておかねぇ!」
成金男のその発言を皮切りに、周囲で成り行きを見ていた者がぞろぞろと迷宮管理局の出口に向かって移動する。
まるで、その男とノルに花道を作るかのように、脇に並んで出口までの道を空ける。
「……ノル」
心配そうにノルに寄り添うファノ。
「心配ないよ。負けることはない」
男は堂々と花道を歩きだす。ノルも決闘するつもりで席を立つ。
「待った!待った待った!」
そこで迷宮管理局の職員の男性が飛び出してくる。
「知ってますよね?決闘とか私闘の類いは禁止ですよ?迷宮に潜れなくなりますよ?それでも良いのですか?」
迷宮に潜れなくなることはノルも知っている。だが、決闘する以外にこの状況をおさめる手立てがない。それに、男として逃げたくないのだ。
「ノルさん、せっかく数少ない深層を探索する上級探索者になれたんですよ?冷静になりましょうよ。
オルガノ・ダージリス様もこんな所で規則を破って迷宮に出入り禁止になってしまっては、家名に傷をつけてしまいますよ。お互いに冷静になりましょう」
ピクリと動くその男は貴族の三男である。ダージリス家はノースグラス国ではないが他国の男爵である。家名に傷がつくことは避けたいのだろう。
「……私に提案があります。一月後に開催される『武闘大会』で決着をつけてはどうでしょうか?」
◇◇◇
「いや、ホントにゴメン。早まったよ。もっと冷静じゃないとな」
何とかあの場はおさまったのだが、強制的に『武闘大会』に参加することになってしまった。そして、相手は貴族の三男であることも分かった。国によっては、貴族に対する侮辱罪で死刑になってもおかしくないことをしでかした。
「……ノル、ありがと」
ファノは知っている。ファノのことを侮辱されたから、ノルは、あそこまで怒ったのだ。普段のノルであれば冷静に切り抜ける。そして、あそこまで怒ってくれたことが嬉しくもあった。
「でも武闘大会ってのも面白そうだし。出るからには良いところまで行きたいな。真面目に考えてみるか」
普段は迷宮探索に適した装備なのだが、武闘大会は1対1の対人戦である。それ用に装備を変えた方が良いだろうとノルは考えた。
「ファノ、これから武闘大会まで、迷宮探索は中止にしたい。それと……買い物とか色々と付き合ってくれないかな?」
「……まぁ、ぃいよ」
「ありがと!」
ファノは小鼻を膨らませ、澄ました顔で了承の意を告げる。ノルにはファノが凄く喜んでいることは丸分かりなのだが。
それから1ヶ月。ファノはデート気分で買い物を楽しんでいた。
◇◇◇
「凄い盛り上がってるね!おっ、あれってジンガっぽくない?」
武闘大会の会場となっている闘技場を訪れたノルとファノ。ノルは、闘技場の入口でもの凄い活気に包まれ気分が高揚していた。更にジンガの銅像を見つけてテンションが上がるノル。
「歴代の闘技場の覇者か~。ジンガって、結構すごい人だったんだね」
暫くこの街ではジンガを見かけていないので、どこかで修行でもしているのか、それともメダルを求めて旅立ったのか……
「……ノル……」
テンションが上がっているノルとは対象に、浮かない表情のファノ。
「大丈夫。心配ないよ。俺はあの男には負けないから」
ファノは勝ち負けを心配しているのではない。ノルが怪我を負ってしまわないかと心配しているのだ。だが、ファノはそれをはっきりとノルに伝えられない。
「大丈夫。俺は見かけ以上に丈夫だから」
言わずともノルには伝わっている。その事実がファノを安心させる。
「……うん、頑張って」
「おう!任せとけ!」
周囲の熱気にも負けないくらいにファノの心の中も熱くなっていた。
◇◇◇
武闘大会の参加者は300人を越えている。本選に出場できるのは僅か32人である。およそ10分の1。その振り落としである予選が始まる。
予選は28ブロックに分けられ、それぞれのブロックの勝ち残りのみが本選に進めるのだ。残りの4枠は推薦枠である。実績のある強者は予選なしで、本選から出場できるのだ。
ノルは16番のブロックに入っており、これから予選を戦い抜くことになる。
「それでは、ルールを説明する。ルールは至って簡単。この舞台に残った最後の1人が勝ち抜けだ。以上!」
16メートル四方の四角い舞台。ここにノルも含めて12人の参加者が立っている。周りは全て敵。
「はじめ!」
開始の合図とともに戦いが始まる。背後を取られないようにと端に寄れば、突風のような魔術で舞台の外に叩き落とされる。中央によれば背後から襲われる。狙われないように周囲を逃げ回る者も居れば、立ち止まって相手を探して周囲を見回す者も居る。参加者が続々と離脱していく中、とうとう舞台上には2人となる。1人はノル。もう1人は着流しの何処かガイルに似た印象の剣士。
ノルの身体が僅かに発光すると勝負は決していた。突き出されたノルの棍の先は剣士の鳩尾に埋まっていた。崩れる剣士。
「勝負あり!それまで!」
第16ブロック予選の会場は歓声に包まれていた。その中には勿論、ファノの小さな声も含まれる。
◇◇◇
「それでは、これより本選1回戦第10試合を行う。出場者は開始線まで進んで……お互い礼!
……どうした、何故、礼をしない」
本選1回戦の第10試合の舞台上にはノルの姿があった。その対戦相手は因縁のオルガノ・ダージリス。ここまで登って来る実力はあったようだ。
「ちっ、2人とも後で大会運営から注意が入るからな……
それでは、はじめ!」
お互いに睨み合い、決して礼をしない。大会運営からは非紳士的行為として注意を受けるだろう。それでも相手に頭を下げるつもりはないのだ。
開始とともにノルの身体が淡く発光する。『銀狼の覇気』だ。ノルは、身体能力を一時的に向上させ一気に勝負を決めにいった。
ノルは、鋭い踏み込みから、得意の中段突きを放つ。
バチンっと弾けるような音が響き、ノルの棍が跳ね返る。
「ちっ、魔道具か!」
資金力も実力の内。オルガノは常々、そう言っている。資金力にものを言わせ手に入れたのは対物理衝撃を跳ね返す障壁を張る魔道具。これのお陰で予選も楽々通過したのだ。
「てめぇの攻撃は通らねぇぜ!今度はこっちからだ!」
オルガノは長剣を両手で操る。鋭い袈裟斬りがノルを襲う。
ノルは半歩体を開いて棍で長剣を受け流す。
つんのめるように体勢を崩すオルガノ。
「てめぇ!小癪な!」
体勢を立て直したオルガノは、中段突き、袈裟斬り、逆袈裟と連続で斬撃を放つ。
ノルは全てを最小限の動きで受け流していく。
飛び込むような突きを放ったオルガノ。
ひらりと回避するノル。その時、オルガノの足元にはノルの棍が残っていた。
「おわっ!」
ノルの棍に引っ掛かり、見事に転ぶオルガノ。会場中から笑いが起きる。
(銀狼の覇気を使うまでも無かったな)
ノルは身体強化を解き、力を抜いて棍に寄り掛かるように立つ。
ちょいちょいと指を曲げて、『かかってこいよ』とオルガノを挑発する。
立ち上がるまで待っててやったぜ、とでも言わんばかりのノルの態度にオルガノはキレる。
「うおぉぉぉおおお!」
頭に血が登ったオルガノは、単純に突っ込む。長剣を右腰の後方に引き絞り、鋭い左薙ぎを放つ。
ノルはバックステップで長剣の切っ先ぎりぎりまで下がると、通り過ぎる長剣を棍で押す。
オルガノは空振りしたことと、剣の勢いが増したことで、体勢を崩しながらその場で回転する。
ノルはオルガノの背後を取り、足の裏で優しく押し出す。
オルガノは回転しながら、無様に転がる。
「勝負あり、そこまで!
勝者、ノル!」
勢い余ったオルガノが場外に出てしまったのだ。
会場からは笑いの渦が沸き起こる。
希に見る滑稽な試合だったのだ。この試合は大会後もいたる酒場で笑い話として語られた。オルガノは暫く街を出歩くことも出来なかったという。
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