第6話 愚者のメダル
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這う這うの体で暗闇の森から脱出したノルたち。まともに動けるのはノルだけ。歩けないファノはノルが背負う。治療薬や回復薬が足りないのだ。気休め程度の治療薬で表面上の傷を癒し、中身は重症のまま、暗闇の森を歩き続け、文字通り、最後は這いつくばるように森を出た。
とりあえず安全圏と言えるところまで移動すると、休憩を取ることとなった。そのまま野営するのだが、野営の準備や料理などはノルが一人でこなす。
「ノル君、申し訳ない」
リーダーである斑獅子系獣人族のシンバは、左肩、左大腿部を骨折している。来るときは拘って着ていた鉄鎧も既に脱ぎ捨てている。
「ノル殿がいて助かったのである」
ガイルも左脚と右腕に重症を負っている。自由気ままに行動していたことに反省もしている。チームワーク、協力ということを今回のことで覚えたと言う。
「ぐぅ、ノルの飯は最高なんだけどな……食えねぇぜぇ……」
胸部、腹部、内臓に傷を負ったジンガはまともに食事を取ることが出来ずに体力が低下している。早く治して飯を食うんだと意気込んでいる。
「……ノル、ごめん」
今回の一番の功労者であるファノは、まだまともに動くことが出来ずにノルに背負われっぱなしであった。
「みんな、気にしないでくれ。戦闘力は俺が一番低いのだから、それ以外で俺が頑張ってるだけ。当たり前の役割分担だろ?」
「そうは言っても、ノル殿がキングの止めを刺したのは紛れもない事実。戦闘でも一番重要な役割であった」
「それは、俺じゃ役に立たないから、隠れてただけ。漁夫の利ってヤツだよ。それこそ申し訳ない」
美味しいところを掠め取ったようで、ノルは皆に悪いことをしたと思っている。
「ガハハハ。ノルらしいな!俺が獲ったどー!って自慢していいんだぜ?」
ジンガもガイルと同様にノルの手柄だと主張する。
「そうだね。僕がもう少し皆を纏められていれば、少しは結果も変わったかもしれないけど……」
それについては、皆思うところがあるようで押し黙る。皆が好き勝手やったのは事実。もう少し計画的に行動していればここまで被害は無かったかもしれない。
「まぁ、終わったことを責めても仕方ないでしょ?
それは今後に生かすように皆で努力すればいいから。
それより、皆、これのこと知ってるんでしょ?教えてくれないか?」
ノルは懐から紋様が書かれたずっしりと重いメダルを取り出す。オークキングに止めを刺した時にキラリと輝きながらノルに向かって飛んできたモノである。
「……愚者のメダル」
「それは聞いたよ。その愚者のメダルって一体なんなの?」
「ふぅ。仕方ない。ここにいるメンバーはノル君以外は知ってるよね?どうだろう、ノル君になら話しても良いかな?」
シンバの問い掛けに、ファノ、ガイル、ジンガがそれぞれ頷く。
「よし、皆の了承が取れた事だし、僕から説明するよ」
神秘のメダル
それは、力の象徴であり、強者が求めてやまないもの。
自らの魂の欲望に従い、姿を変えるメダル。
あるモノは、剣に姿を変え、後に英雄と呼ばれる者の傍らにあった。
あるモノは、巨大な鎌に姿を変え、死神と恐れられた魔族の傍らにあった。
あるモノは、知識の玉に姿を変え、神龍と呼ばれる伝説のドラゴンの傍らにあった。
神秘のメダルはより力のある者に受け継がれる。
「この世に22枚存在していて、それぞれのメダルには名前が付けられているんだ。で、それは愚者のメダルと呼ばれるものだね。
僕らは、それぞれ違うルートだと思うけど、暗闇の森に住み着いたオークキングが神秘のメダルを持っているという情報を手に入れたって訳だね」
「拙者の目標は誰よりも強くなることである。拙者が世界各地を旅して回っているのは神秘のメダルを求めているからなのである」
「オイラも最強を目指している。闘技場で一番強くても外の世界ではそうじゃねぇ。井の中の蛙だってことを知ったからな」
「……私は、メダルに興味があっただけ。見てみようかな程度だよ」
「僕は……僕も力を求めた。認められたくて。認めて欲しい人がいて、どうしても振り向かせたかったから」
「……とりあえず、このメダルが凄いってことは分かったけど……もう一回聞くけど、これを俺が貰って良いのか?」
皆が並々ならぬ思いで求めたメダル。それを何も知らない俺なんかが持ってしまって良いのか、そう確認したのだが……
「ノル殿、くどい。それは、そのメダル自身が主としてノル殿を認めたのだ。ノル殿が持つべきなのだ」
ガイルが言っているのはオークキングに止めを刺した直後の事を言っている。メダルが主と認めた者へと飛んでいったのだ。
ノルは、そうとは知らずに思いっきり避けたのだが……
「ガハハハ!ノルが好かねぇヤツなら殺して奪ったかも知れねぇけどな!幸いオイラはノルが好きだ。殺して奪おうとは思わねぇぜぇ!」
ジンガもすっぱりとメダルを諦めている。当然、ノルが持つべきだと思っている。
「僕もノル君が持つべきだと思うよ。もしノル君がメダルを他の人に譲ると言ったら、それこそ皆が認めないよ。争いの種になってしまうね」
「……そう言うこと。素直に貰うべき」
「……分かったよ。これは俺が預かる。でも、力は使わない。もし、俺がこれを使うのに相応しい男になれたら、その時に使うことにする」
「ノル殿は、全く、素晴らしい男であるな」
「全くだぜぇ!それでこそノルだ!」
「僕も見習いたい。僕も今のままで、もしメダルの力を手に入れられたとしても、それは偽り。真にメダルの主に相応しい男になって見せるよ!」
「……ふふ、いいんじゃない」
◇◇◇
「ちょっと待ってくれ。皆の気持ちは嬉しいが、これは納得出来ない。流石におかしいだろ?」
あれから、無事に首都グラスガンに辿り着き、高価な治療薬で皆の傷を癒した後、さて、報酬の分配を相談しようと集まったところである。
「どう言うことだよ、報酬要らないって」
「要らないとは言ってないよ。最低限の10体分は皆それぞれ貰うことにする。それ以外はノル君の好きにして欲しい」
「拙者は元々討伐部位を集める気はなかったのであるからな。例え拙者が倒したオークであっても、それは捨て置いたモノ。10体分だって拙者は貰う資格はないであるよ」
「全くガイルと同じだぜぇ。オイラも捨てて来たからな。貰う資格なんてねぇよ」
「……私は普通に貰うよ?」
今回の討伐で集まった討伐証明部位(右耳)は、
オーク:391体分
オークリーダー:20体分
オークジェネラル:1体分
依頼の達成条件である10体分×5人分を差し引くと……
オーク:341体分
オークリーダー:20体分
オークジェネラル:1体分
これだけ余るのだ。オークジェネラルはシンバが倒したもの。オークリーダーはジンガが倒したもの。ノルは精々オーク50体分程度である。ファノがオーク200体分としたら、残りの90体分はガイル、ジンガ、シンバで分けるべきだろう。
「分かったよ。残りは俺の自由にする。皆、それで異論ないな?」
皆、異論なしと頷く。
「じゃあ、余りのオークジェネラル、オークリーダー、オーク90体分は全て換金して打ち上げに使おう!盛大に、店にいる連中を巻き込んでやるぞ!いいな!」
「ガハハハ!流石ノルだぜぇ!異論なしだ!」
その夜、ある店で他の客も巻き込んで、乱れに乱れた飲み会が行われたという……
◇◇◇
打ち上げから2日後、ノルはグラスガンの中央図書館に来ていた。一般人は入室を禁じられている階に向かう。迷宮で規定階数以上を踏破している者、斡旋所で一定数以上の依頼を達成している者、その他、ある地位よりも上の者など色々と条件がある。ノルは20階層踏破の実績があり、その条件に当てはまる部屋までは閲覧を許されていた。
ノルはその部屋の入口で待機している司書に資料を探して貰うことにした。
『神秘のメダル』について
ノルは皆にメダルの力は使わないと宣言したものの、まだメダル自体について良く知らなかったのだ。皆、あまり話したがらないので、自分で調べることにしたのだ。
シンバに聞いたことも書いてあったので、そこは省くことにする。
『神秘のメダル』
この世には22枚の神秘のメダルが存在すると言われている。
00.愚者
01.魔術師
02.女司祭長
03.女帝
04.皇帝
05.司祭長
06.恋人
07.戦車
08.力
09.隠者
10.運命の輪
11.正義
12.吊られた男
13.死神
14.節制
15.悪魔
16.塔
17.星
18.月
19.太陽
20.審判
22.世界
過去にメダルを持っていた者には、王、将軍、英雄、勇者、賢者、死神、魔王等々と呼ばれる伝説上の人物だったり、お伽噺話になっているような者である。
シンバやガイルが話していた通り、メダル保持者を倒した者がメダルを引き継いだり、メダル保持者が死んだ時にメダルに選ばれた者が引き継ぐようだ。それは人間に限らず、オークなどの魔物やドラゴンのような生物まで。中には誰も引き継ぐべき者がいない場合は、何処かにひっそりと隠されていることもあるようだ。近い事例では、迷宮の深層で発見された宝箱の中から見つかったこともあるらしい。
愚者のメダルで言えば、およそ100年前に異世界からこの世界にやってきた勇者が持っていたようだ。
いずれにせよ、メダル保持者は世に名前を轟かすような人物、魔物であった。
メダルを持つ者は、それほどの力を得られる。もしかすると、あのオークキングも世に名を轟かすような存在になったのかもしれない。あの場でオークキングを倒せたことは僥倖だったのかもしれない。
「これは……力を使うことを躊躇うな……」
ノルが想像していた以上に強大な力を得られるようであった。下手に持ち歩いていると、意図せずに力を行使してしまうかもしれない。
「こいつは暫く隠しておくべきだろう。でも、一体、何処に隠せば良い?」
暫く、そんなことで悩む日々を送るノルであった。
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