第38話 祭り
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「はぁ……」
「……はぁ」
ノルとファノは二人して溜め息をつく。
「ごめんな」
「……いいよ。何処かで稼ごう」
ノルは情報収集のために、色々な店に立ち寄り散財してしまった。元々、金銭管理が苦手であったため、気付けば手元に残ったお金は銀貨2枚を切っていた。これでは、二人で一泊すれば飛んでいってしまう。早急に稼がねば、明日から宿に泊まることも出来ない。
「迷宮都市だし、迷宮潜るかな?」
「……携帯食に、薬も買い足さないとだけど……」
「先立つ金がないな……半日とか潜る?」
「はぁ……仕方ないわよね……」
半日やそこらでは、浅い階層しか探索出来ない。そうなると、稼ぎもたかが知れている。地上に戻っても、宿泊費と食費で殆ど使ってしまい、その日暮らしが関の山。当分、浅い階層でチマチマ貯めなければならない。
「はぁ……」
「……はぁ」
再び二人で溜め息をつくのであった。
二人で暗い顔をして大通りを歩いていると、出店のおっちゃんが話し掛けてくる。
「ちょっと、そこの兄さん、姉さん、冴えない顔してるね!うちのレバニラでも食べて元気だしなよ!」
「はぁ、生憎、金欠でね。直ぐにでも稼がないといけないから……」
ノルはお金が無いからと断ろうとしたのだが、更におっちゃんが食べ物を進めてくる。
「兄さん、そんじゃ、儲け話を教えてやるよ。うまく儲けたら、うちのレバニラ買ってくれよ?」
「……儲け、話?是非!」
レバニラのおっちゃんに教えて貰った話によると、このレーツェルでは、月に一回、祭りがあるらしい。
「祭り?」
「そうそう。通称、小鬼祭りだよ」
小鬼祭りとは、レーツェル周辺に出現する妖魔や魔獣などを半日かけて皆で狩る祭りであった。小鬼だけだなく、狗鬼や他の妖魔、魔獣も狩の対象になる。討伐部位一体分で何ポイントと決まっていて、狩った合計ポイントが一番多かったパーティーが優勝となる。そして、優勝賞金はなんと。
「き、金貨10枚!」
「それと、当然、討伐数に応じた報酬は、参加者全員が貰えるぜ」
討伐報酬は、小鬼であれば、1体あたり小銀貨2枚である。小鬼10体で銀貨2枚。50体で小金貨1枚である。それだけあれば、迷宮探索の為の準備資金としては申し分ない。
「開始は明朝の5時。北門前に集合すれば、参加者の札を貰えるぜ。終了は夕方の5時。それまでに北門に入らないと失格だから、気を付けてくれよ!」
「ありがとう!必ず稼いでレバニラ買いに来るから!」
「……絶対、買いに来るよ~」
ノルとファノはテンションが上がってきた。優勝できるとは思っていないが、半日で小金貨1枚は稼げるつもりでいるのだ。
もし、これが二人の活動拠点のノースグラス周辺であれば、小鬼50体は容易である。しかし、ここはレーツェル。定期的に小鬼祭りが開催されていて、街の近辺には小鬼やその他の妖魔が少なく、更に大人数で競い合うのだ。ただでさえ少ない獲物を皆で奪い合う。そうなると、半日で小鬼50体は厳しいのだが、この時のノルとファノはそんなことは微塵も考えていなかった。
◇◇◇
「ファノ、ダメだよ……近くには全く居ない」
「……少し遠出するしかないわね」
参加者の多くは祭り慣れした者であり、当然、近場の狩りポイントは直ぐに埋まってしまう。狩りポイントを逃すと近くには小鬼は全くいない。それと、最初から大物狙いで遠出するパーティーもいるため、出遅れはかなりの痛手となる。
「よし、誰の気配もない北西にダッシュ!半日で戻って来なきゃだから、片道で四時間走るよ!」
「は~い」
ノルとファノが本気で四時間走り続けると、120キロメートルは行ける。普通の徒歩旅であれば、大体30キロメートルなので、徒歩で4日分の距離に相当する。この祭りでそこまで遠出するパーティーは流石に居なかった。
「ファノ、見てくれ!見るからに禍々しい森を発見!」
「お~、なんかいそう」
ノルとファノが北西に三時間走ると、西側に見るからに禍々しい森が見えてくる。更に30分移動して森に入る。
そして、索敵しながら森を歩き回ること一時間。
「見つけた!大物だぜ!」
「お~、大物!」
ノルとファノの視線の先には、文字通りの大物がいた。身の丈は5メートルほど。単眼に一角の大きな妖魔・単眼大鬼であった。
「ファノ……あれの討伐部位って、どこだか知ってる?」
「……知らない」
「だよな……まぁ、次元鞄に丸ごと詰めて帰るか」
「それしかないね」
単眼大鬼は、大きな魔獣を食している最中であった。完全に油断しており、狩る気満々の二人の接近に気付かない単眼大鬼。
身体を黒い靄で覆ったノルが背後から接近すると、一気に飛び出す。黒い矢と化したノルは、単眼大鬼の心臓あたりを背中から突き抜ける。
単眼大鬼は、悲鳴を上げることも出来ずに絶命する。
「急いでなかったら、正面から一騎打ちでも良かったけど、悪く思うなよ」
息の無い単眼大鬼に声を掛けながら、単眼大鬼を幾つかの部位に切り分け、次元鞄に締まっていくノル。
「さぁ、帰ろうか。何ポイントになるのか楽しみだね!」
「うん、楽しみ」
ノル達は踵を返し、レーツェルの街に向かってダッシュで帰るのであった。
◇◇◇
無事、時間内にレーツェルに帰還したノルとファノは、討伐部位が分からなかったので、討伐数を数える担当者に事情を話し、討伐した死体を丸ごと見せることとなった。
「こ、これは……」
担当者は唖然として言葉を失う。幾つかの部位に分けられた死体が何者であるかは担当者は分かっている。ただ、過去の祭りで単眼大鬼を狩ってきたパーティーは居なかった。何故なら、徒歩で4日も掛かる森に棲息している妖魔だからだ。
「……失礼ですが、本当に、今日狩った獲物ですよね?調べさせて貰いますよ」
前日までに狩った獲物を提出するような不正行為を防ぐために、この祭りでは専用の魔道具が使われる。狩った時間帯が大体分かる魔道具である。
「5時間以内ですね……」
魔道具で狩った時間帯を計測した担当者は、再び声を失う。
「……これ、一旦預からせて貰います。上の者と相談して来るので……結果発表には間に合わせなければならないので急いで行ってきます。結果は……発表前にお伝え出来ないかもしれません」
「はぁ、構いませんよ」
こうして、ノルとファノは結果を楽しみに、発表が行われる中央の広場で待つのだった。
「それでは、本日の小鬼祭りの結果発表です。まずは、10位から……」
10位から順にパーティー名、討伐ポイント、討伐数が読み上げられていく。
「なかなか呼ばれないな……」
「……10位までに入らなかったのかな……」
10位には入っただろうと思っていたノルとファノは、読み上げられないことに不安になってくる。
「……では、次は2位です。
……ノル&ファノ!討伐ポイントは、100!討伐数は、なんと!
……たったの『1』です!大物の単眼大鬼を狩ってきました!」
2位の結果が読み上げられると、広場がざわつく。
不正がないように、当日に狩った妖魔であるかをチェックされることは周知の事実である。だが、単眼大鬼の棲息地があまりにも遠いので、その場に集まった皆は、俄に信じられないのだ。
1位の結果が読み上げられているにも関わらず、その場は2位の結果についての話題で持ちきりとなっていた。
ちなみに、1位は総勢16人の大パーティー『鷹の爪団』で、討伐ポイント132、討伐数が117。殆どが小鬼で、数体小鬼頭が混ざっていたようだ。
「惜しかったな~。単眼大鬼だけじゃなくて、帰りに見かけた豚頭鬼も狩っちゃえば良かったな」
「……まぁ……終了までに間に合うか微妙だったし」
トップ10には入っただろうと思っていたが、まさかの2位にノルは悔しがる。
「ノル、2位にも賞金出るってよ。金貨3枚だって。それと、討伐報酬が小金貨5枚」
「やった!これで暫く稼がなくても情報収集できるね!」
「……それはだめ。今のうちに迷宮探索用の準備を整える。情報収集はそのあと」
今回の旅で、ファノは少しずつ変わり始めている。基本的にノルに任せるスタンスから、自分も金銭管理に加わろうとしているのだ。ノルが金銭管理が苦手なのであれば、その辺りはしっかりとフォローしようと考えるファノ。
そんなファノを頼もしく感じるノルであるが……二人とも忘れている。
ファノもかなり常識離れしており、買い物下手だということを……
「まずはレバニラ買いに行こうか?」
「いいわね!」
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