第3話 暗闇の森
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薄暗い森の中、鬱蒼と繁った草葉を抜け、周囲の気配を探るノル。ノルは逐一知り得た情報をハンドシグナルで後方のシンバ達へと送る。
(進行方向やや右に敵影あり。数は5つ。小鬼と思う)
ノルは振り返って指示を待つと、シンバからは『迂回』の指示がハンドシグナルで送られてきた。
「おいおい、またかよ!いつになったら戦うんだよ!」
シンバの指示に反対を示したのは剛猿系獣人族のジンガ。元々、戦いたくてうずうずしているのに、暗闇の森に入ってから遭遇しそうになった敵を、全て迂回していることに我慢出来なかったようだ。
「……馬鹿なの?」
そこに小さな声で突っ込むのはファノ。ノルとしてもジンガに対してファノと同じことを思っていた。
「……嬢ちゃん、オイラにケンカを売ってんのか?」
「二人ともやめてくれ!目的のオークの集落を発見するまでは体力の温存に努める方針だろ?従ってくれ」
ジンガとファノが一触即発な雰囲気となると、リーダーのシンバが二人の間に入って止めようとする。
黒竜系竜人族のガイルは我関せずを貫き、とぼとぼとノルに近付いてくる。
「ちっ」
ノルは舌打ちすると急いでシンバ達の所へ駆けつけ、小声で状況を説明する。
「敵に感付かれたようだ。ジンガ、あんたの声が大きいからだぞ!
……で、リーダー、どうするよ」
「……迎え打つよ。僕もストレスたまってきたからね」
「了解。じゃあ、俺が方向と距離をハンドシグナルで送るから」
ノルが先頭に戻ると、その横にガイルが来る。
「小鬼であるな。小物は拙者の出番ではない」
ガイルは敵を確認すると、とぼとぼと皆の後ろへと下がって行った。
「自由な人だ……おっと」
(1時の方向、距離は30メートル)
ノルがバンドシグナルで後方に情報を送ると鼻息の荒いジンガがのそのそと近付いてくる。
「ふはは、待ってたぜ~、ゴブちゃんよ~」
興奮が高まってきているジンガは今にも飛び出しそうであった。
そこに小鬼が姿を現すと、ジンガを追い抜き、シンバが一気に距離を詰め寄る。
「野郎!オイラの獲物だ!」
ジンガも猛然と突っ込んで行く。
「作戦なんてあったもんじゃないな」
二人の行動に呆れるノル。
そのノルの横を鋭い風が吹き抜けていく。
(風の矢か?)
後方に控えていたファノが放った風の矢は、あっさりとジンガ、シンバを追い抜き、5体すべての小鬼を貫いていった。
「……」
言葉を無くすシンバ。
「はぁ?」
間抜けな声を出すジンガ。
「……作戦、通りだから」
小声で作戦通りであることを訴えるファノ。
我関せずを貫くガイル。
あまりにも皆が自由すぎて、ノルはどっと疲れを感じていた。
◇◇◇
あれから数時間、戦闘を避けることもなく、むしろ敵を探して殲滅していく一行。
元々は前衛をノルとガイル、中衛をシンバ、後衛をファノ、ファノの護衛にジンガという役回りであったのだが、今となっては役回りなんてあったもんじゃない。
それに、遠距離からファノが先制して、突っ込んできた敵を前衛が受け、中衛、後衛が一気に片付けるという作戦であったのだが、今となってはそれもフリーである。
「なぁ、リーダー。そろそろ野営の準備をした方がいいんじゃないか?」
ノルが一番の常識人なのではないかと思い始め、自ら率先してリーダーの補佐というか、間違った方向に転びそうな皆を戻す役を買って出ていた。
「ノル、ありがとう。君が居なかったらどうなってたことか……野営の準備を始めよう。その前に野営に適した場所を探さないとだね」
ノルは暗闇の森を進みながら、周囲の索敵をしつつ、既に野営に適したスペースを見つけていた。単独で迷宮を探索する者の性である。
片側が高い崖となってる少し開けた場所へ皆を先導する。
薪となりそうな枯れ枝を皆で拾い集め、テントを設営する。テントの前には簡易な釜を作り、火を起こす。誰も火属性の魔術を使えなかったので、火起こしはノルの出番であった。
「なぁ、火、起こすと魔物に見つかるんじゃないか?」
ノルの横へとやってきたジンガから質問される。
「場合によるね。俺が1人なら暗闇でも敵を察知する能力があるから火は起こさない。けど、皆はどうだい?
俺が一人で夜通し見張りする訳にもいかないから」
火を起こすことはメリットもあり、デメリットもある。当然、敵に見つかり易くなる。だが、暗闇でいきなり襲われるよりはマシなのだ。
「一応、魔除けの香を使おう。強い魔物にはイマイチ効果はないけど」
シンバが用意していた魔除けの香も気休めに焚いておく。
ノルとガイルが料理を担当することとなった。野営技能には、設営や火起こし以外に簡単な料理も含まれる。野営技能を持っていないガイルも長年の旅暮らしの中で料理の腕を磨いているようであった。
鹿肉を干したものを細かく刻み、乾燥茸、根菜、芋と一緒に煮込んだスープにパンをつけた料理を皆に出す。
「……美味しい」
二人の合作料理を口にしたファノがボソッと呟く。
「だろ?味の決め手はこれ、乾燥させた貝だよ。すげぇ凝縮された旨味が詰まってるんだ」
ノルは誉められたことに気分を良くし、自分のお気に入りを紹介する。
「ノル殿は多才ですな。拙者ももっと腕を磨かねば」
ノルの料理の腕を誉め、対抗心を燃やすガイル。
「ちぃーと、量が少ないのを抜かせば最高だぜ!」
ジンガも量に満足してないものの、味には満足しているようだった。
「……感動した!こんなところで、こんな美味しい料理に巡り会えるなんて!」
大袈裟に感動するシンバに若干引くノルであったが、嬉しいことは嬉しい。
「良かったよ、みんなに笑顔が戻って。明日からは仲良くやろうじゃないか」
皆に笑顔が戻ったことを喜び、仲良くやろうと提案するノル。
「むぅ、それとこれとは別だぜ!オイラの獲物を横取りしなければ仲良くするけどな!」
「……トロいから取られるだけ」
「皆が僕の作戦通りに動かないから!」
「小物は拙者の出番ではないからの」
「はぁ……」
明日からを思い、精神的に疲れるノルであった。
◇◇◇
(いた!2時の方向、距離は約100メートル、数は1、おそらくオーク!)
暗闇の森に入って初めて発見したオークに心が踊る。それは、ノルだけでなく、他の者もそうであった。
リーダーのシンバからは『慎重に追跡』の指示が送られてくる。
ノルは皆にもう少し距離を開けるように指示を出すと、単独でオークの追跡を開始する。ノルに遅れること30メートル後方から他の四人が静かに追いかけていた。
ノルは普通の人と比べて、聴覚、臭覚が優れている。更に暗闇も見通せるので、遠い距離からでも標的を追跡できるのだ。
オークは通常、単独で行動することが多いが、必ず巣を持っており、巣には20体前後のオークが暮らしている。狩りに出掛けたオークは必ず巣に帰る。
今回の討伐依頼では、暗闇の森の至るところに存在するであろうオークの巣を見つけ、それを叩いていくことにしていた。
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