第28話 未踏の地
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「ちょっと待ってくれ」
迷宮守護者を倒したことで、ココアとネロはテンションが上がりまくっていた。そこへ、ノルがストップをかける。
「どうしたのですか、ノルさん?」
「もう一度、10階層を探索しよう」
ノルの提案にココアとネロは疑問を浮かべる。既にこの階層は探索済みで、調べ尽くしている。最後に残した迷宮守護者を倒して終わりだろう。これ以上、この階層を探索する意味は何なのだろうか。
だが、ファノもノルと同じことを考えていた。
「こいつ、迷宮守護者じゃないと思う」
「そうね、手応え無さすぎ」
ノルの意見にファノが追随する。
「ノルさんが強すぎるだけでは?」
「いや、9階層の階層守護者と大して変わらない」
多少は強くなっていたが、これが迷宮の最後の砦、最終守護者の訳がない。そう、ノルは確信に近い考えであった。
渋々、ノルの言う通り10階層を探索することにするココアとネロ。
ノルは、ココアとネロが作成した地図を確認し、怪しい地点の印を見直す。
「ここと、ここ。それに、ここも怪しいな。調べ直そう」
ノルの勘に従い、迷宮を戻る。幾つか怪しい地点を回るが特に変わったことがない。再び、迷宮守護者が居た地点まで戻ってくる。
「……やはり、なんだか違和感があるな……」
ノルは勘を頼りに周辺を調べ出す。
暫くすると、ノルは部屋の端の方で壁と壁の隙間に腕を突っ込む。
「これかも……みんな、身構えてて。スイッチ入れるよ」
ノルは何かを掴むとグイッと引く。すると、音もなく壁が開いていく。
「ゲートだ……」
「やはり階層守護者だったのね……」
「えっ?」
「えっ?」
開いた壁の向こうには、見慣れた淡く青白く輝く半透明の薄い幕があった。ノルは、隠されていたゲートを見つけたのだ。
ノル達四人は階層守護者を倒したので、このゲートを通り抜ける資格を持っているはずだ。
ノルを先頭に四人が列になり、ゲートを潜り抜ける。四人ともゲートを抜け、階下に降りる階段をくだる。
「えっと……11階層ってこと?」
やっと思考が追い付いたネロが発言する。
「えっ?そう言うことなの!」
まだ思考が追い付いていなかったココアが驚く。
「ようこそ、前人未踏の11階層へ」
ノルは、格好をつけて、皆に11階層を紹介するように片腕を広げるのであった。
◇◇◇
「いやいやいやいや、ちょっと待って下さいよ!どう言うことです?これ、一大事ですよ!!」
珍しく取り乱すココア。取り乱すのは仕方のないことであろう。何故なら、黄昏迷宮は既に最深部まで踏破済み。10階層と浅い迷宮である。
そう100年間信じられてきた。それが目の前で覆ったのだから。
「まぁ、あり得るんじゃないかな。迷宮は年々成長してるって言うし」
と、落ち着いてココア達に説明するノルだが、内心はドキドキである。
「……で、どうするの?」
ファノは落ち着いて、これからどうするのかを問う。
ここで引き返すか。このまま進むか。
「折角の未踏階層だぜ?誰かに先を越されたくはないよな?」
ノルの意見にこくこくと頷くココアとネロ。
「じゃあ、準備するからちょっと待って」
ファノはそう言うと、見慣れない道具を出して地面に魔方陣を刻んでいく。
「これ、転移の魔方陣じゃ!」
逸早く気付いたノルが突っ込む。
「……ノル、あたしの職業知ってる?」
「えっ?迷宮探索者でしょ?」
「……外れ。正解は魔術研究者です」
ファノは魔術研究者ならば、この程度できて当然です。と言うような顔で魔方陣を仕上げていく。ココアもネロも尊敬の眼差しでファノを見る。
しかし、ファノがこの魔方陣を刻めるようになったのは、つい最近である。ノースグラスの神造迷宮探索が30階層に近付いてきたので、必要になるかも知れないと、こっそり勉強していたのだ。
「さ、行きましょ」
澄ました顔で先を促すファノ。内心は、魔方陣が間違えていて起動しなかったらどうしようと考えていたのは誰にも内緒である。
「2日だけにしよう。2日だけ探索して一度戻る。今後のことは帰ってから相談だ」
そして、緊張しているココアとネロが地図を作成しながら進むのであった。
◇◇◇
地上へと戻ったノル達。いつもであれば、その足で迷宮管理局へと向かうのであるが、今日は違った。大至急、レパードの屋敷へ駆け付け、公務中であったレパードを連れて部屋に籠る。
「レパード、相談がある」
「……ただ事ではなさそうだが、何があった」
ノルからレパードへ事実をありのまま話す。
「……俄に信じられないが、そうなのだろうな」
「で……この件は迷宮管理局に報告すべきか?」
ノル達が迷宮管理局に報告に行く前にレパードに相談にきたのは、まさにそこだった。
「……報告する義務はない」
義務はない。ただし、新発見があれば報告するのは探索者のマナー。常識なのだろ。新発見が価値のあることであれば、大金が報酬として支払われる。それに、迷宮探索者として、その名を歴史に刻まれることもあるからだ。
「名誉も金もいらないならば、報告しないという選択肢もあるのかもしれないが」
そうレパードは締め括る。
「……これは、皆で相談したんだが、公にはせず、暫くは俺達だけで探索したいってことになった」
「事故が起こらなければ問題ないだろうが、管理局の報告書はどうするんだ?」
「報告する義務がないのならば、本当のことは書かない。ただし、嘘も書かない」
「それならば、問題ないだろう」
トワイライトメーア国の公爵家からお墨付きを貰ったのだ。これで安心して探索を続けられる。
◇◇◇
11階層を発見してから更に半年とちょっと。ノル達は、20階層に立っている。
「心の準備はいいか?」
「……いいわよ」
「大丈夫です」
「出来てます」
ノル達は20階層の階層守護者へと挑もうとしていた。
「こいつは……間違いなく強い。みんな、気を抜くなよ」
(雰囲気的にはカイラスとかガイルのような達人クラス。見た目はおそらく黒豹系獣人族っぽい男、いや老人か……得物は薙刀、リーチは変わらないな……)
前衛はノル、後衛にファノ、ファノの護衛としてココアとネロ。おそらく、ココア、ネロが前に出てしまえば一瞬で殺られる。
ノルは『銀狼の覇気』と『闇金円舞』を使う。その身体は、白銀の淡い光の膜と闇の靄に包まれる。
いつもであれば、ここから一気に突き込むところなのだが、相手に隙がない。
じりじりと摺り足で距離を詰める。武器のリーチは同等。おそらく腕前は相手の方が上。
あと数センチで互いの武器の射程範囲となる。その直前で睨み合う二人。
最初に動いたのは焦れたノル。
「はっ!」
一歩踏み込んで中段突きから上段突き。
相手は半歩引いて紙一重でかわす。
ノルはそこから袈裟懸け、斬り上げ、唐竹割りと繋ぐものの……
相手は更に半歩引き、身を回転させて全てを回避。と同時に一閃。ノルの右足に鋭い下段の薙ぎ払いがヒットする。
衝撃とともに回転しながら吹き飛ぶノル。
なんとか受け身をとったノルは素早く自身の状態を確認する。無くなったかと思った右足は無事であった。
(あっぶね~、戦車のメダルの力だな)
薙刀の一撃を受ける瞬間に障壁が発生し、相手の攻撃を防いだのだ。
その後もノルの攻撃は掠りもせず、カウンターの薙刀の一撃をノルが受ける、という展開が続いた。
後衛のファノは、手出しが出来なかった。ノルと相手の距離が近過ぎて、『絶対零度の監獄』のような大魔術が使えない。それに動きが速すぎるので、単発の魔術も当てられない。ファノは、いつでも氷の矢を放てる準備をし、歯噛みしつつ、ノルと相手の戦いを見守る。
ココア、ネロは二人の戦いを目で追うのが精一杯で助太刀どころか近付くことさえ出来ない。
(くっそつえぇぇーよ!こいつ!腕前だけなら、カイラスやガイル以上だろ!)
円を描くような滑らかで無駄のない動き。己の腕のように自由自在に操る薙刀。単純な速度や力だけならノルの方が上かもしれない。だが、瞬発力、先読み、回避と連動した攻撃、巧みな受け流しなど、どれもがノルの数段上であった。
(長引けば俺の身体強化が持たない。仕掛けるしかないな)
ノルは、いつかの幻剣士アノーリオンとの戦いを思い出す。だが、目の前の相手にアノーリオン戦と同じように突っ込んでも回避されるであろう。それほど、相手との実力に差がある。なんとか、戦車のメダルの力で自動障壁が作動するので斬られていないだけ。
(だったら!)
ノルは勝負を掛けた。
ゆっくりと相手に近付く。手を伸ばせば届く距離だが相手は動かない。
ゆっくりと手を伸ばすと、相手は同じ速度で引く。
少しずつ距離を詰めるが、同じ速度で距離を取られる。
ならばと、ノルは鋭く踏み込む。
相手は半歩引くと身体を開き、そのまま回転しながら、薙刀を水平に振るう。
待ってましたと、ノルは薙刀を受けにいく。
半歩、強引に中には入ったことで、薙刀の柄に触れる。
そのまま身体ごと相手にぶつかり、右手の掌を相手の胸に押し当てる。
戦車のメダルの力は二つある。一つは皆を護る力、つまりは障壁。もう一つは、鷹獅子を討つ力、つまりは……
ノルの右手の掌から黒銀の砲弾が放たれる。それは、零距離で相手の胸を穿つ。
至近距離での凄まじい衝撃にノルは吹き飛ばされる。
ノルは痺れる右手を見るが、何事も無かったように無傷であった。
相手を見ると、上半身に大きな穴が開いていた。
「……勝った、よね?」
後ろを振り返るとファノが怖い顔をしてノルを見ている。
「……ノル、あなたが死ぬかと思った」
心配させてしまったようだ。相手の薙刀の攻撃こそ防げていたのだが、吹き飛ばされた時には少なからず傷を負っている。擦り傷や裂傷などの細かい傷がたくさんついている。更に最後の特攻、至近距離での爆発。無事なのは全て『戦車のメダル』の力。相手との実力差はかなりのものだった。
「ごめん、心配かけたね」
「もう……」
ファノは駆け寄ってノルを抱え起こすと、そのまま抱き付いた。
◇◇◇
「これは……どうゆーこと?」
20階層の階層守護者を倒した後、光輝く何かがノル目掛けて飛んできたのだ。
ノルはそれをキャッチすると、掴んだモノを見て疑問を投げる。
「あの階層守護者って、何か他とは違ってたわ」
「それは俺も感じたよ」
ファノの感想にノルも同意を示す。
「……古い伝承で……聞いたことがあります」
ココアが古い伝承を語り出す。それは、遠い昔。このトワイライトメーアを興したと言われる一族の話。その中には迷宮を発見し、迷宮に挑み帰らぬ人となった黒豹系獣人族が居たという。確かではないが、おそらく何かしらの『神秘のメダル』を持っていたのではないかと。
「『運命の輪のメダル』だ」
ノルの手にはそのメダルがある。もしかすると、迷宮に挑み、帰らぬ人となった獣人族の者が元々メダルを所持しており、何らかの力が働いて階層守護者へと成り果てたのかもしれない。
「ノル、それはあたなを選んだのよ」
「そうか……みんな、これを俺が使ってもいいか?」
皆、こくりと頷く。あの黒豹系獣人族を相手どったのはノル。皆、納得している。
「よし……俺の願いを聞け『運命の輪』よ!」
メダルがノルの魂の願いを聞き入れ姿を変えていく。
「……綺麗」
ファノが呟く。現れたのは白銀の指環が二つ。ノルの願いは『何事にも抗い生き残る力』。指環の持つ力は、細胞を活性化させ、抵抗力、自然治癒力を高め、驚異的な治癒、回復を行う力。例え不治の病になろうとも、例え致死性の怪我をしようとも、抗い生き残ろうと願えば、それを叶えられる力であった。
「ファノ……これをはめてくれないか?」
「えっ……」
「……ファノ……結婚しよう」
ノルの突然のプロポーズ。結婚指環は『運命の輪のメダル』。ノルは真剣な眼差しでファノ見つめる。
「……はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
慎ましい笑顔で優しく受け入れるファノ。嬉し涙がそっと頬を伝う。
ココアとネロは言葉を失い驚いていたが、やがて祝福の拍手を送った。
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