第25話 終結
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獣人族国家サウスヴァルトの首都ヴァルトの東の平野で待機する普人族国家アラガント軍の元へ一騎の早馬が駆け付ける。
「ボケルト様!至急のお目通しを!」
都市デキャミラの様子を見に行っていた者であった。
「獣人国の女王が申す通りでございます!デキャミラに迫っていた妖魔の大軍は500を越えるものでした!」
その報せを受け、ボケルトは思案した。
このまま獣人国と戦を続けるべきか。
即刻、デキャミラへ引き返すべきか。
「ボケルト将軍、貴殿がどのような判断を下そうとも、我らは即刻デキャミラへと引き返すのみ」
ボケルトにそう進言したのは、このアラガント軍の副将を勤めるサイト将軍である。サイトが引き連れている軍は元々デキャミラの防衛軍である1000。
「サイト将軍。決まっておろう。全軍撤退だ。即刻、デキャミラへと引き返そう」
食料も乏しくなり、更にデキャミラ軍の1000騎が離れてしまえば、この戦の勝目がないのだ。ボケルトはそう答えるしかなかった。
◇◇◇
「女王陛下、アラガント軍が撤退していくようです」
「分かりました。我々にとっては良かったのですが、デキャミラの民にとっては……我々に何か出来ることはないでしょうか?」
何処までも優しい女王ビアンカ・ラパン・サウスヴァルト。
だが、その思いは届かない。この獣人族国家サウスヴァルトの誰にもその思いを成せる者は居なかった。
◇◇◇
鷹獅子魔獣と爬虫類魔人を追って森へと入って行ったノルとファノ。
殆ど休息を取らずに走り続けた。そして、妖魔軍の本拠地であった要塞へと辿り着く。
「思った通り、爬虫類魔人はここに戻ってきたな」
鷹獅子魔獣の気配はなかったが、複数の妖魔の気配とともに、爬虫類魔人の気配も捉えていた。
「ファノ、あと少し」
「うん。やり遂げましょう」
ノルとファノは闇に紛れて要塞へと侵入する。狙うはただ一つ。爬虫類魔人だけである。
◇◇◇
要塞の奥。妖魔軍の大将をしていた爬虫類魔人は、思わぬ拾い物をしていた。いや、これは元々こうなると指示されていた通りである。
爬虫類魔人は、それを命令通りに献上するつもりはなかった。それを使えば自分が上に立てる。成り上がれると考えているからだ。
爬虫類魔人は、姿を消す能力で、暗殺には優れているが、単体での戦闘力は低かった。それにより、出世も出来ずに、辺境の地に左遷させられているのである。
では、己はどうすれば強くなれるのか。考えた末に、魔術を選ぶ。手元の『戦車のメダル』へと己の魂の欲望をぶつけたのだった。
「これが俺の望むもの……」
メダルは緑掛かった黒い革の首輪へと形を変えた。爬虫類魔人は、直ぐに首輪を己に装備する。
すると、頭の中に魔術の知識が流れ込んでくる。
「くくくっ、これで俺は最強になれる!わっはははは……」
深夜の要塞に爬虫類魔人の声が響く。
「かはっ……」
爬虫類魔人は鋭い痛みとともに胸が熱くなってきたのを感じる。
視線を落とすと、己の胸から短剣の切っ先が生えていたのだ。
「借りは返すぜ、くそ魔人」
爬虫類魔人がゆっくりと振り向くと、そこにはあの忌々しい銀髪の獣人が居た。
暗殺を得意としている己が、まさか背後から暗殺されようとは。
最強の魔人を夢見て、それが叶ったと思った矢先、殺されたのだった。
◇◇◇
「ノル、感謝してもしきれない。本当に感謝する」
「やめてくれ、レパード。別に俺の力だけじゃない。それに手遅れだったりもするからな……」
ノルが発見した要塞。妖魔軍の本拠地を占拠したノルの元へ駆け付けたレパード。
直ぐに部下を使い、要塞内を調査すると、ヴァルトやアラガントで発生した失踪事件の証拠を発見するとともに、囚われていた行方不明者を発見することが出来たのだ。
囚われた者の多くは薬漬けにされ、妖魔の子を孕んでいた。妖魔の子は腹の中で育つ期間が極端に短いため、何人かは既に出産もしていた。
まだ、妖魔の子を孕んでいない者もいたが、薬漬けにされており、正気に戻るには時間を要するであろう。
中には妖魔に犯されたこと、妖魔の子を孕んだこと、出産したことに耐えきれず自害した者も居る。
「それと、侵略計画についても証拠が揃ったよ。妖魔に踊らされ、勇み足を踏んだ普人族国家アラガントは、今回の件でサウスヴァルトへ賠償金を払うことになるだろう。私は女王に、全ての獣人族奴隷の譲渡を進言しようと思う。あの女王なれば、聞き入れてくれるだろう」
賠償金や物品ではなく、獣人族奴隷を引き渡して貰うことにする。それが、女王ビアンカ・ラパン・サウスヴァルトに聞き入れられることは間違いないだろう、とノルも考えるのだった。
◇◇◇
「ファノ、俺は……考え方を変えることにする」
以前、手に入れた『愚者のメダル』。それを使っておけば、ジンガを死なせなかったかもしれない。ジンガを失った時にそう考えていたこともあった。
そして、今回。グランを失った。己がもっと強ければグランを死なせずに済んだのではないか。己の拘りで、メダルの力を使わなかったことで、仲間を死なせたのではないか。
「わたしは……自分に力があれば助けられたって思うから。ノルと同じ思いよ」
「……よし!俺は願う。俺に力を!」
『戦車のメダル』がノルの魂の願いを読み取り、姿を変えていく。
光がおさまると、そこには黒銀の籠手があった。
「何を願ったの?」
「皆を護りたいってのと、あの鷹獅子を討つことかな」
「二つも?欲張りね」
早速、籠手を装着するノル。すると頭の中に情報が雪崩れ込んでくる。
「凄いな……何となく力の使い方が分かったよ」
「ふふ……頼りにしてるわ」
◇◇◇
薄暗い部屋の中、一人の男が水晶球に映し出されたノルとファノを見ていた。
「またしても邪魔をしやがって」
九分九厘、男が思い描いていたシナリオ通りに進んでいたのだ。
「もう少しで『戦車』を手に入れられたのに。くそっ」
男のシナリオ通りに獣人国と普人国を戦わせ、手薄となったデキャミラを攻め、『戦車のメダル』の持ち主である英雄グリードを釣り出したのだ。そして、英雄を討ったのだ。それなのに、自分の手元に『戦車のメダル』がない。悔しがる男。
「次は邪魔させないからな」
『正義のメダル』の持ち主である、ルーラス・レオンを討った時もそうだ。手に入ると思っていたメダルが何故かカイラス・レオンの手元に残った。
策を労してメダルを手に入れようとしたのに。もう少しで手に入るところだったのに。
『愚者のメダル』もそうだ。在処を突き止めたところで鼻先を掠めるように奪われた。
次こそは。銀の狼獣人には邪魔をさせないと心に誓う、普人族の男であった。
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