第23話 領主
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アルフ大陸の西部テイーア地方には3つの獣人族の国がある。北からノースグラス、トワイライトメーア、サウスヴァルト。
現在、一番南のサウスヴァルト国では戦争が勃発していた。首都ヴァルトの東に、普人族国家アラガントの軍が陣を張って待機している。
その首都ヴァルトから真東に行くと普人族国家アラガントの都市デキャミラがある。
ノルは1週間走り続け、そのデキャミラの門を潜ろうとしていた。
「だ・か・ら!
緊急事態だって言ってんだろ!」
「そう言われてもダメなもんはダメ。お前らを通したら俺の首が飛ぶ」
北門から街へ入ろうとしたノルは、門を守る番兵に止められていた。なんでも、獣人族は今は街に入れないそうだ。
「理由は何だよ!」
「うちと獣人族国家が戦争を起こしたからな。そんな状況で、獣人を連れてるお前らを通すことは出来ないよ。
って、お前、知らないのか?」
ノルは、事前にレパードから戦争に発展するかも知れないとは聞いていたが、早すぎる。
「どうしてもダメ?」
「ダメだ」
これ以上、ただの門番兵と押し問答していても時間の無駄である。
ノルはファノ、グラン、レイラを連れて引き返す。
「……ノル、どうする?」
「日暮れまで待つよ」
「……もしかして?」
「ああ。闇に紛れて潜入する。皆はここで野営して休んでくれ」
◇◇◇
その夜。野営地を抜け出し一人で潜入するノル。バレたら捕まる。死刑まではいかないだろうが、数年は牢屋から出て来られないだろう。
そこまでしてでも伝えなければならない。
仲間を置いてきたのは仲間を思ってだけではない。四人の中でもノルが飛び抜けて隠密、潜入が上手いのだ。ノル一人の方が見つからない確率も上がる。
(さて……潜入したは良いけど)
何処の誰に伝えるか、ノルは思案する。一番偉い人に伝えようと思っていたのだが、話が分からないヤツだと捕まって終わる。
悩んでも時間が勿体ないので、とりあえず、このデキャミラの領主を訪ねてみることにする。様子を見て、話が分かりそうなヤツなら話す。そうでなければ、他を探す。
ノルは、街の中心にある一番大きな建物を目指した。
(思ったよりも兵が少ないな……)
もっと見張りがいるかと警戒していたのだが、するすると領主館に忍び込めてしまった。
領主が居そうな部屋を一つずつ見て回る。すると、立派な服を着た、立派な体格の男を発見する。
(こいつが領主様かな?)
暫く様子を見ようとし、カーテンの陰に隠れていたノルだが……
「……そこに潜んでいる者よ。命が惜しくば出て参れ!」
直ぐにノルの存在がバレてしまう。
「凄いですね。気配隠すのは自信あったんですけど」
ノルは隠れていても仕方ないと割りきり、領主の前に出ていく。
「暗殺が目的か?」
「いやいや、領主様に重大な話があって。捕まる覚悟をしてまで潜入しました。
……聞いて、くれますよね?」
ノルは直感でこの男なら話を聞いてくれると判断した。
「簡潔に頼むぞ。長話は好きではない」
「では、手短に。
妖魔が群れをなしてデキャミラに向かっている」
それだけ言うとノルは相手の出方を見守る。
「短すぎるわ!」
「質問があればどうぞ」
「お、おお、そうか。
では、まずはお主は何者だ?」
「ノルだ」
「……」
「……」
「……短すぎるわ!もっと説明せい!長くなっても構わんから!分かるように説明せい!」
ノルは、ふぅ~仕方ないなぁ、というジェスチャーをしながら自己紹介と北西の森の中にあった要塞、妖魔の大軍、進行方向、到着予想日を説明する。
「……数が500超……到着が3日後だと……」
暫く無言になる領主。
「ちょっと待ってろ。と言うか、そのカーテンの後ろに隠れてろ」
領主はそれをノルに言うと、直ぐに部屋に部下を呼び、指示をした。
指示は、偵察である。北から北西方向に居るであろう妖魔の大軍を確かめるのだ。
「出てきていいぜ」
「おう。それはそうと……俺のこと、信用するか?」
ノルは隠れていたカーテンの陰から出てくると領主に問い掛ける。
「信用するか!阿呆かお前!
本当かどうか確認してんだろうが!」
「そうか?その割には信用してるっぽいんだけどな」
「仮に、万が一にもお前の話が本当ならば、このデキャミラが終わる。万が一にもあってはならんからな。俺は臆病なんだよ」
「そうかい。そう言うならそうしとこう。
……で、万が一にも本当ならば、どうするんだ?」
それから、領主は独り言のようにボソボソと話始める。
今は戦争中で、デキャミラの兵士は殆どが出払っている。今残っている兵士をかき集めても50に満たない。
隣町や首都アラァーグに応援を頼んだとしても、駆け付けるのに一週間以上は掛かる。
兵士には北門を固めて守らせるしかない。
今から住民を避難させるにしても、兵士の数が足りなすぎる。
隣町や首都アラァーグに応援を頼み、北門を中心に守り固め、なんとか応援が駆け付けるまで持たせるしかない。
「妖魔500相手に1週間保てるのか?」
「200程度ならば俺一人でも撃退できるだろうが……」
「俺の仲間も一人で150はいけるな。俺も一人で30は行ける。他の二人で合わせて20ってところだな」
「……お前ら、何者なんだよ一体……」
「あと、強めの兵士が数十人居れば何とかなるかもな……」
ノルはそこまで言ってふと思い出す。
「あぁ、やっぱ駄目だ」
「駄目?何かあるのか?」
「忘れてたよ。ヤツらは数だけじゃない。大豪鬼と醜悪鬼が数体いるんだ」
おそらく、大豪鬼一体で、戦闘技能☆4つ程度の強さがある。オークに換算すると20~30程度だ。
「何だよ、やっぱり勝てる見込みねぇじゃねぇか」
「まぁ、俺らの戦力も計算に入れていいぞってことを伝えただけだ。それにしても、おっさん……」
「おっさんじゃねえよ!俺、領主だからな?領主様、もしくはグリード様と呼べ」
「じゃあ、グリードのおっさん、あんた一体、何者なんだ?」
一人で200は撃退できると言い切った。ノルの知り合いでそこまで強いヤツは、ノースグラスの新国王カイラス・レオン・ノースグラスか、黒竜系竜人族のガイルくらいである。無理をすれば、ファノも200はいけるかもしれない。ノル自身も控えめに言ったが、うまくやれば100はいけるかも知れない。
「その昔、英雄をしてた時期がある」
「英雄?」
「北東の普人族の国でな、魔人族との戦争で活躍してた時期があるんだよ。今は引退してしがない領主だがよ」
英雄なんて呼ばれる存在はそうは居ない。全盛期は一騎当千とまで呼ばれていたんだぞ。と軽く自慢をするグリード。
「して、ノル。お前は獣人族の血が入っているだろう。俺らは今まさに獣人族の国と戦争を起こしている。俺らに味方する義理はないと思うが?」
それについてはノルに深い考えはない。
「衝動的だよ。思ったからやった。それこそ、これを報せなければデキャミラが無くなる。知ってて報せないのは俺の気持ちが許せない。そんな感じだよ」
「相、分かった。まぁ、信じた訳じゃないが、朝になれば偵察の者も帰ってくるだろう。ノル、これを預けよう。門番や兵士に見せればここまで通して貰えるだろう。朝、正式に正面から訪ねてこい」
グリードに渡された物は、銀の短剣。おそらく、グリードの家の紋章が彫り込まれたものである。
「承知した。朝か昼にはまた来るよ。そんじゃ……」
そう言ってノルは夜の闇へと溶け込むように消えるのだった。
◇◇◇
翌朝、偵察に出ていたグリードの部下が戻り、事実を報告する。
北西方向に妖魔や魔獣の大群あり。距離は40キロメートル。今の進軍速度から逆算すると2日半で到着する見込み。大半は下位の妖魔であるが、中には上位種も数体確認された。
「……やるしか、ねぇよな……」
グリードは、直ぐに隣町や首都アラァーグに応援依頼の文書を運ばせる。あと2日で出来ることを考え、部下に指示を飛ばす。どうにか、デキャミラを無くさないために。どうにか、街の人々に被害を出さないために。出来ることをやるのだった。
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