第22話 正義
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「……それは、事実、なのですね」
「女王陛下、紛れもない事実でございます!ご決断の時ですぞ!」
普人族国家アラガントが遂に獣人族国家への侵攻を開始した。
その報せが届いたのは、レパードが都市デキャミラを出港してから約1ヶ月後であった。
普人族国家アラガントが、獣人族国家サウスヴァルトへの侵攻を決断した僅か1ヶ月後には侵攻を開始したのだ。
アラガント国の首都アラァーグから2000を越える軍が南進し、都市デキャミラで更に1000の軍と合流。そこから、真西へと向かっている。
都市デキャミラの真西に徒歩で3週間ほどで獣人族国家サウスヴァルトの首都ヴァルトへ辿り着く。
「……決断ですか。もう私は心を決めています。此方からは手を出しません。防衛に専念します。皆さん、どうかお願いします」
女王ビアンカ・ラパン・サウスヴァルトは頑なに戦争に反対し、専守防衛を宣言するのであった。
「だそうだ。
皆の者、良いか!兵や食料を集め、籠城の準備を早急に整えろ!」
穏健派の中心人物であった大臣が声を高々に、籠城の準備を指示するのであった。
◇◇◇
遂に、ヴァルトの東の森を乗り越えて来たアラガント国軍。ヴァルトの目と鼻の先に陣を構える。
その数は事前情報通りに3000を越していた。
一方のサウスヴァルト国はヴァルト内に1000の軍を集めている。食料も十分に集めており、籠城の準備は整っていた。
『我こそは、アラガント国の大将、アラァーグの英雄ボケルトである!
此度の貴国の度重なる悪行、許されるものではない!我らが成敗してくれる!』
魔術で拡声された声が辺りに響く。この他にもサウスヴァルト国の悪行を蔑む声が幾度もあがる。
要は『正義は我らにあり』とうったえているのだ。
『我こそは、サウスヴァルト国女王、ビアンカ・ラパン・サウスヴァルトなり。
謂れのない非難、並びに我が領土への不法侵入、即刻、立ち去るのです!』
一方、サウスヴァルト国は、女王ビアンカ・ラパン・サウスヴァルト本人が応じる。
あなた方が一方的に悪いですよ。我々は何もしてません。早く立ち去りなさい、と言う。
此方も、『正義は我らにあり』と主張する。
お互いに『正義』を主張し合い、睨み合いが続く。そのまま幾日も膠着状態が続く。
アラガント国軍は、幾度もヴァルト軍を挑発し誘い出そうとするのだが、ヴァルト軍は挑発には一切応じず、毎度毎度、女王ビアンカ・ラパン・サウスヴァルトが諭すように立ち去りなさいと言うだけであった。
◇◇◇
「……これ、明らかにヤバいよな?」
ノル達が監視していた妖魔達に動きがあったのだ。要塞の外に集結しだした妖魔達。魔獣を含めるとその数は500を越す。
「進行方向は、南東ね」
ファノは妖魔がどこに向かっているのかを気にする。
「都市デキャミラがありますね」
黒豹系獣人族の女性ココアは、その進行方向に何があるのかを進言する。
妖魔軍の多くは小鬼などの下位種や小鬼亜種やオークなどの中位種であるが、中には大豪鬼や醜悪鬼などの上位種も数体混ざっている。
それらが、一斉に進軍を開始した。目指す方角には普人族国家の都市デキャミラがあるのだ。
この事実をレパードに伝えたいのだが、残念ながら距離が開きすぎて通信用の魔道具が機能しない。
「……ネロ、ココア。通信用のこれ持ってヴァルトに向かってくれ。通信出来るようになり次第、レパードと連絡を取って状況を伝えてくれ。その後の動きはレパードの指示に従ってくれ」
「了解」
「分かったわ」
ノルは黒猫系獣人族の少年ネロと黒豹系獣人族の少女ココアにレパードとの連絡を頼んだ。
「ファノ、グラン、レイラ。俺と一緒に来てくれ。奴らの先回りをして、この状況をデキャミラの領主に伝える」
「……行くのね」
「承知した」
「(こくん)」
ファノは分かってたけどねと呟き、黒狼系獣人族の青年グランは真面目な顔で了承を伝え、黒犬系獣人族の女性レイラは緊張した面持ちで頷く。
「よし、行くぞ!」
ノルの合図とともに皆、走り出す。
◇◇◇
「以上です、レパード様」
「……了解……キナ臭いな」
レパードは独自に潜入班を組み、普人族国家アラガントの首都アラァーグと都市デキャミラへと潜入させていた。
定期的に連絡を入れさせていたのだが、色々とおかしいのだ。
アラガントでも失踪事件が多数発生、行方不明者は30人以上。最初の事件の発生時期はサウスヴァルトと同時期。そして、アラガント国は失踪事件の犯人をサウスヴァルト国と決めつけている。お互いに失踪事件が発生しており、その犯人をお互いだと思っているのだ。
それと、獣人族国家がアラガントへ侵略しようとしているという情報がアラガント側に漏れていた。実際は専守防衛の意見が強かったのだが、そのことは触れられず。意図的に情報を操作している可能性がある。
レパードは何者かが裏で糸を引いているのではないかと思い当たる。
「……動機が分からないな……何のために……」
レパードは熟考した結果、ある可能性に思い当たる。
「……もしかすると……」
内部の者が政権交代等を企てているのではないか、お互いが衝突している隙に、内乱を起こすつもりではないかと。それは、サウスヴァルト然り、アラガント然り。
「迂闊に情報をあげられない、かな……」
本当は、女王ビアンカ・ラパン・サウスヴァルトだけにはこっそりと、こんな可能性もあることを伝えたいのだが、その手段がない。
レパードは、少しでも怪しい動きがあれば、直ぐにでもその情報を掴むべく、ヴァルト内の調査班の体制を強化するのであった。
そんな折り、新たな情報が実妹であるココアからもたらされる。
『兄上、至急で報告が……』
森の中の妖魔の要塞、大軍、そして、進軍。向かうは都市デキャミラ。
「兵は殆ど出払っている。これは、デキャミラが沈むぞ」
◇◇◇
獣人族国家サウスヴァルトの首都ヴァルトの東に広がる平原では、アラガント国軍が横一杯に広がり、ヴァルトとの距離を徐々に詰めていた。
アラガント国軍は、食料の底が見え始め焦りだしていた。全く挑発に乗らないサウスヴァルト国に焦れ、強引に籠城を突破しようと考えていたのである。
『アラガント国軍の者よ、即刻、自国に戻るのです!
妖魔の大軍が都市デキャミラへと向かっています。
信じられないならば、早馬を出し、直ぐに確認なさい!』
いつもはアラガント国軍から挑発しなければ何も応じなかったのだが。今回は、サウスヴァルト国女王から声を出して来たのだ。
『そんな嘘には動じないぞ!攻められそうだからと姑息な手を使うか!』
元々、簡単には信じて貰えないと女王ビアンカ・ラパン・サウスヴァルトは分かっていた。
『事実です。もし、早馬で確かめに戻って、それでも嘘だと言うのなら、その時は……開門します』
その女王の発言は降伏すると言っているのに他ならない。
アラガント国軍の大将ボケルトは考える。ここで無理に攻め入っても直ぐには勝てないだろう。早馬でデキャミラまで往復するのに6日。残された食料を鑑みると……
『相、分かった!
早馬でデキャミラに行き、確かめてこよう。それまでの6日は休戦とす!』
女王ビアンカ・ラパン・サウスヴァルトの捨て身の説得によってアラガント国軍はデキャミラの様子を確認してくることとなった。
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