第21話 私情
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『ノル、聞こえるか?』
『レパードか?聞こえるよ』
『私たちは普人族国家アラガントの都市デキャミラに潜入することとなった。かなり距離があるので、おそらく私とは通信出来なくなる。ヴァルトに私の部下を残すので、その者と連絡を取るように』
『承知した』
レパードから受け取った通信用の魔道具で連絡を取り合っていたのだが、今後、直接は連絡が取れなくなる。
『あ~レパード。こちらからも報告だ』
『何だ』
『これから北に向かう。魔獣の痕跡を見つけたので、それを追う。距離が開くから、こちらからの連絡も出来ないかも』
『……仕方ないな。連絡出来る時にしてくれ』
レパードとの通信を終えたノル達は、魔獣の追跡へと戻る。
平屋周辺を徹底的に調査したところ、屋上の獅子型魔獣の爪跡、周囲の枝の損傷具合から、獅子型魔獣が平屋の北側から出入りしていたのではないかと推測した。
平屋の北側を調査していると、大きめの鳥の羽を幾つも発見する。
これにより、鷹獅子系統の魔獣なのではないかと当たりを付けた。その魔獣の羽は所々に落ちているため、何とか辿れるのではないかと考えた。
臭いを辿れるノル、黒狼系獣人族の青年グラン、黒犬系獣人族の女性レイラの3人を中心に魔獣の羽の臭いを辿り北へと向かっていた。
◇◇◇
黒豹系獣人族のレパードは部下数人とともに商人に変装して普人族国家アラガントの都市デキャミラへと潜入する。
目的は、侵略戦争の真偽を確かめるためである。
デキャミラ市内へと入ると商店を回る。その中には魔人が残した取引の証書に書かれていた商店も含まれる。
麦や日保ちする食料を買い込み、何処かで売り捌く商人の振りをしているが、買い込んだ食料は獣人族国家サウスヴァルトの籠城戦を想定しており、実利も兼ねている。
「……驚いたな」
レパードがほんの少し聞いただけでも、普人族国家アラガントが獣人族国家へ侵略しようとしている話がボロボロと出てくる。かなりの重要機密だと思っていたので、こんなに簡単に情報が入手出来たことにレパードは驚きを隠せなかった。
しかし……
「レパード様、この情報は怪しいですよ」
「あぁ、分かっている」
あまりにも軽い情報のようであり、この侵略戦争の話は何十年も前から言われていること。市民にとっては信憑性のない、ただの戯れ言。酔った兵士が一言目に発する冗談、挨拶のようなものであった。
「……一体、何を信じれば良いのか……」
「レパード様、それにしても、この街はクソですね」
部下の一人が目の前で起きた惨事に歯を食い縛り我慢しながらレパードへと愚痴る。
獣人の奴隷が、普人族のおそらく主人に暴行を受けているのだ。直ぐにでも止めたい。助けたい思いなのだが、自分達の使命のために、悔しい思いをしながらもグッと堪えているのだ。
それは、目の前で起きていることだけでない。デキャミラへと潜入したその日から常時見かけることであった。
「……我慢していてくれ。私がいずれ助ける」
レパード、その部下達は、いずれ、普人族国家の奴隷にされている獣人を全て助け出す。そう心に決めていた。
そこへ、別動していた部下より新たな情報が舞い込む。
「レパード様、例の商店ですが……」
表向きは雑貨屋なのだが、裏ではやはり奴隷の売買をしているという。
法に則り奴隷を売買している奴隷商店もあるのだが、違法に奴隷を売買している店が他にもあるという。
「……今夜、店を回るぞ」
レパード達は、明朝にはデキャミラを出る予定でいたため、奴隷を売買する店を回るとしたら今夜しかなかったのだ。
その夜、裏で奴隷を売買する店を片っ端から回るレパード一行。店の実態を見る為ではない。売られていた獣人族奴隷を全て買い占めて回ったのである。それは、レパードの私財を投げ捨て行われた。
更に、奴隷を運ぶための船も購入している。目立つ行動を避けながら、遂に私情を挟んでしまったレパード。
呼び止められる前に、明朝早くに、南の港から出港するのであった。
◇◇◇
「何だと?また人拐いがあったのか?」
普人族国家アラガントの都市デキャミラから北へ徒歩3週間のところにある首都アラァーグ。中心にある城の一室で王にその報告がもたらされた。
「今月で何件目だ!」
「はっ、4件目となります」
「馬鹿もん!件数を聞いているのではない!何故、未だに犯人を捕まえられないのだ!あと何件の事件を見逃せば気が済むのだ!」
「はっ、申し訳ありません……」
普人族国家アラガントの各都市および周辺の町村では、頻繁に人拐いが発生していた。最初の事件発生から既に半年以上が経過しているのだが、未だに犯人が捕まらないばかりか、その犯行も防げないでいるのだ。
既に30人以上が行方不明となっている。
「へ、陛下、一つ情報がありまして……」
「申してみろ」
「はっ、西方の獣人族国家の仕業ではないかとの噂があります」
かなり前からその噂はあり、既に王もその情報は知っていた。
「はぁ、お前は馬鹿か?
噂では動けんだろうが!」
「はっ、はい。勿論でございます。それで、真偽を確認すべく、獣人族国家のヴァルトに部下を潜入させたのですが、なんと、獣人族国家が人拐いでこちらの国を疲弊させようとしているとの情報を掴みました!更に国力が下がった我が国に対して侵略を企てていると……」
そして、大臣は新たな情報を王へと報告する。
「……その情報、確かなのか?」
「し、侵略しようか議論がなされているのは事実です」
「……舐めやがって」
更に別の者から今朝届いた情報が舞い込む。
「陛下、今朝、大量の獣人族奴隷を買い占めた怪しい男の情報が入りました。昨夜一夜でざっと50人ほどは買い占めたそうです。更に、今朝早く、獣人族奴隷を乗せた船が出港したようです」
この情報が入ったタイミングも悪かったのだろう。侵略しようかと議論していたという事実。獣人族奴隷を大量に買い占め、逃げ去った男。
これらの情報を結び付け、王は侵略戦争が遠からず起こると結論付けた。
「……やられる前にやろうではないか。のう、諸君?」
普人族国家アラガントの王は、獣人族国家サウスヴァルトへの先制攻撃を決めるのであった。
◇◇◇
レパードが獣人族奴隷を連れ、出港してから2週間後。
「何だと!」
レパードが連れ帰った獣人族奴隷の中に、ここ半年で行方不明になった者が3人含まれていたのだ。
この事実は至急、女王や大臣へと報告される。
「陛下、やはり失踪事件の裏で操っていたのは普人族国家だったのだと分かりましたなぁ」
強硬派の大臣が大きな声でうったえる。
「相手が此方に侵略しようとしている事実もあるようですぞ?」
更に強硬派の別の者が追従する。
「正義はこちらにございますぞ?なれば、今!立ち上がるべきです!」
穏健派も反対しようもないほど、侵略される前にうって出るべき、との意見が高まってくる。
「皆さん、ごめんなさい。私は……やはり、戦争はしたくありません。もう少し考えさせてください」
それでも女王ビアンカ・ラパン・サウスヴァルトは頑なに戦争を拒む。
◇◇◇
その頃、ノル達は魔獣の追跡を続けており、なんと、拠点へと辿り着いたのだ。
森の奥に建てられた要塞。いや、良く見れば古い砦の遺跡を改築、補強しているのが分かる。
遠目に見ても、そこに妖魔や魔獣が大量にいるのが分かる。
人里から徒歩で2週間程度の距離である。そんなところに数百もの妖魔・魔獣が固まって存在するなど、普通ではあり得ないことである。
「何故、こんな所に……」
ノルがボソッと呟く。
「……失踪事件と何が関係するの?」
ファノも腑に落ちない。
「みんな、少しここで様子を見ようと思う。奴らが何のためにここに居るのか。それを確かめたい」
ノルの意見に皆も同意を示すのだった。
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