第20話 捜索
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拐われた少女リリを救い出し、犯人を討伐したことを黒豹系獣人族のレパードとともに女王へと報告に伺うノルとファノ。
此度の活躍、まことになんちゃらと、サウスヴァルト国の褒章を授かったのだが……
「……女王陛下、若輩者ながら、このレパード、具申させて頂きとうございます」
「どうぞ、おっしゃって下さい」
「はっ。未だに、12人にも及ぶ行方不明者は未発見のままでございます……どうか、行方不明者の捜索も引き続き任せて頂きとうございます」
「それは、私からも是非にとお願いしようと考えていたところです。レパード様、ノル様、ファノ様。どうか、引き続き行方不明者の捜索をお願いします」
褒章を貰ってしまい、更に女王から直接お願いされている。この状況で断るという選択肢はノルには無かった。
「乗り掛かった船だし……ファノ、もうちょい、こっちで頑張ろうか」
「……この状況、それしか選べないよね」
ノルとファノはひそひそと話をしていた。
◇◇◇
「ノル、ファノ。悪いが私の参謀兼実行班の班長として動いてくれないか?」
以前、大勢に囲まれ、犯人ではないのかと疑われた会議室で、黒豹系獣人族のレパードにノルとファノはお願いされた。
「具体的に何をすればいい?」
「君らの意見が聞きたい。それと、ノルの探索技能はおそらく我々の中で一番なのだ。それも活かして貰いたい」
ノルもファノも特に異論はなかった。
レパード、ノル、ファノと数人の隊長とで意見を交わした。
今回の事件の犯人が魔人であったこと。
誘拐の目的は何だったのか。
他の行方不明者は、どこに連れて行かれたのか。
あれ以外に拠点はないのか。
明確にすべき事項が多すぎて、議論が発散してしまう。
「なぁ、レパード。ここで議論してても進まない。全て憶測で話しているだけだしな。やるべきことを決めて、実行班を振り分けないか?」
「……そう、だな。それでは……」
ノルの意見で議論は一旦終わり、やるべき事項と実行班の振り分けが決まる。
「では、ノルは東の森の拠点調査と森内の探索を。メンバーは……」
調査・探索班の班長となったノル。班のメンバーは班長ノルと副班長ファノを含めて6人。
黒猫系獣人族の少年ネロ。
黒狼系獣人族の青年グラン。
黒犬系獣人族の女性レイラ。
黒豹系獣人族の少女ココア。
見事に黒い。髪色こそノルとファノは銀髪であるが、皆、闇に紛れるのが得意なメンバーである。
「よ、よろしく!」
ノルは班長として挨拶するが、皆、明るい性格ではないらしく、どこかテンションが低めで物静かな印象であった。
◇◇◇
「ここだ。まずはこの平屋の中を隈無く調べてくれ」
「了解」
「分かった」
「はぃ」
「……」
皆、静かな声で了承の意をノルに伝える。
ここは、少女リリが捕らわれていた平屋である。既に魔人や妖魔などの死体は片されているが、他に何か情報が残っているかも知れないのだ。
調査にはノルとファノも加わる。
それほど広い家ではないので、2人組に分かれ調査を進める。屋上は黒猫系獣人族の少年ネロと黒狼系獣人族の青年グラン。一階は黒犬系獣人族の女性レイラと黒豹系獣人族の少女ココア。地下はノルとファノ。
ノルとファノは地下室に向かう。ここは、少女リリが捕らわれていた牢屋があり、牢屋は全部で3つ。小一時間ほど調べたのだが、目立たない壁に誰かの日記のようなメッセージを発見しただけであった。
一階に集合し、それぞれの調査結果を報告し合う。
「地下室は、壁のメッセージだけだった。メッセージは捕らわれた日から2日分の日記だ。兎に角、怖いということが伝わったが、他に手掛かりはなかったよ」
少なくとも、このメッセージを残した者は、この牢屋に2日は居たのだということ以外は手掛かりはなかった。
「屋上だが、魔獣と思われる足跡が二種類存在した。1つは、報告にあった爬虫類系の魔獣だろう。もう1つは、体長2メートル程度の肉食系の獣だな。鋭い爪があって、重量もそれなりに。おそらく獅子系統ではないかと」
獅子系統の魔獣は倒していない。もしかすると、あの後にここに来ていたかもしれない。ここの状況は他の仲間に伝わったと考えた方が良いだろう。
「一階だが、幾つかの資料が見つかった。1つは犯人の上役へ宛てた手紙、報告書のようなもの。1つは犯人の上役から届いたであろう指示書。1つは、何かの取り引きの証書」
一階では、中々の重要な情報が見つかっていた。
上役への報告書は、書きかけであったもの。内容は、少女リリを捕らえたことを書いていた。上役からの指示があるまでは、地下の牢屋に入れているようだ。
上役からの指示書は、一つだけでなく、何枚もあった。
指示内容の多くは、捕らえた者を何日後に此方に送れというもの。一つ、かなり古くなり字が擦りきれていたのだが、『計画書』というものもあった。誘拐を重ねて国を疲弊させる。子を産ませない。そして、『侵略』という文字。
最後の取引の証書は、モノを売ったようである。中々の高額だったので、日用品程度ではない。憶測であるが、拐った者を奴隷として売ったのかもしれない。
「物凄い情報だな……」
ノルは伝書鳩でレパードに報告するか、直接持ち帰って報告するかを悩む。
「時間が勿体無いが一度戻ろう」
◇◇◇
「これは……分析班、調査班。至急、この情報の分析と裏取りを進めてくれ」
ノル達がもたらした情報の重要性を逸早く覚ったレパードは、直ぐに情報の分析と裏取りを指示する。
「……レパード、今後、どうする?」
「……やはり、本拠地があるようだ。ノル達は引き続き本拠地と行方不明者の捜索をお願いする。
この件、非常に繊細だからな。しっかりと裏取りしてから、私から女王へ報告する。最悪、戦争もあり得るだろう。
……今後、更に情報は密に交換しよう」
レパードは高価な通信用の魔道具をノルに渡す。
「承知した。では……」
ノル達は直ぐに東の森へと旅立った。
「班長、これからどうしますか?」
東の森へと向かう途中、物静かで最低限の発言しかなかった黒豹系獣人族の少女ココアから質問があった。
「本拠地も行方不明者の手掛かりも何もないからな。あの平屋から再スタートだよ。取引の証書があったことから、人里との繋がりがあることは分かったが、そこがどこなのか分からない。奴らの上役が誰で、何処にいるのか。行方不明者が何処に連れ去られたのか……また一から調べ直そう」
東の森へと到着したノル一行。ここから、地道な調査を再開するのであった。
◇◇◇
「それは真か?」
謁見の間に大臣の言葉が響く。
「はっ。事実だけを申しました」
ノルがレパードに渡した情報は、直ぐに裏取りされ、女王や大臣へと報告された。
報告した内容は、裏取りした事実のみである。
普人族国家アラガントの都市デキャミラの商店で何かの取引を行った証書を犯人一味が所持していたこと。
少女リリが発見された平屋は、中継地であり、そこから更に本拠地へと拐われた者が送られていること。
上役と平屋の犯人一味は連絡を取り合っていたこと。
討伐した犯人一味には、討伐当時には居なかったが、もう一匹の魔獣がいること。
そして、『侵略』の文字が記された計画書。
「女王陛下、私見、憶測となりますが、考えを述べさせて頂きとうございます」
「是非、話してください」
「はっ。では……」
レパードは事実の他に憶測を女王に説明した。
ノルが倒した魔獣は誘拐専門の姿を消す魔獣。もう一匹は本拠地との連絡、或いは本拠地へ拐った者を運ぶための魔獣ではないか。おそらく、空を飛べる魔獣であろうこと。
平屋の犯人一味を殲滅した事実は、もう一匹の魔獣によって本拠地に知らされている可能性。
取引の証書に記された金額から、取引された対象がかなり高額であること。日用品や雑貨、食料ではないだろうこと。それと、拐われた者が奴隷として売買された可能性。
計画書に記された『侵略』が何処が何処に侵略するのか不明であること。ただし、侵略対象がサウスヴァルト国の首都である現在地、ヴァルトである可能性。
「由々しき事態ですね……」
失踪事件がもしかすると侵略戦争へと発展するかも知れないのだ。女王ビアンカ・ラパン・サウスヴァルトは心穏やかではない。
「侵略される前に、こちらから攻勢をかけるべし!」
「いったい何処に?」
「普人族国家アラガントに決まっておる!」
「早計だろう!まだアラガントが攻めてくるとは決まっておらん!」
「そうだ!もっと情報を集めるべきだ!」
「もたもたしておれば、滅ぼされるのだぞ?お主らにその責任が取れるのか!」
「国家間戦争、特に普人族国家との戦争はもっと慎重になるべきだ!」
レパードの予測通り、謁見の間では戦争に関する議論が飛び交わされている。
強硬派はこちらから戦争を仕掛けるべきと。
穏健派はもっと情報を集めてから慎重に行動すべきと。
そして、遂に女王ビアンカ・ラパン・サウスヴァルトが発言する。
「皆さん、お静かになさってください。
……私は、戦争はしたくありません。かと言って、無辜の民を傷付ける訳にも行きません。
ですので……今後の方針ですが、専守防衛とします。
もっと情報を集めるとともに、防衛・籠城の準備を進めてください。
情報が集まりましたら、皆さんでまた意見を交わしましょう」
純真無垢な少女。庇護欲を駆り立てられる少女。誰からも愛される少女。そんな、少女が初めて女王として大臣達へと意見し、自分の思いを貫く瞬間であった。
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