第2話 討伐依頼
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アルフ大陸の北西に位置する獣人国家ノースグラス。その首都グラスガンには巨大な神造迷宮があり、多くの者が集まり賑わいを見せている。
探索が上手く行っている探索者や、その探索者相手に物資を売る商売人などには活気があるのだが、中には生活苦の探索者も存在する。
「……はぁ、金が足りない……」
大通りを俯いてトボトボ歩くノル。迷宮の中層を探索している者とは思えないほど、辛気臭い。ガーディアンナイフを売ったお金は小金貨8枚と銀貨6枚という大金であったのだが、次元鞄、革鎧、籠手を購入すると、手元には銅貨5枚しか残らなかったのだ。
銅貨5枚と言うと、迷宮管理局内のカフェであれば一食分である。
銅貨10枚で小銀貨1枚と同じ価値である。小銀貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で小金貨1枚、小金貨10枚で金貨1枚となる。
ガーディアンナイフを売り捌いて手に入れた金額は、普通に暮らせば6ヶ月から8ヶ月は暮らせる程であったのだが……
迷宮で紛失した物を買い直さなければならず、優先度の高い次元鞄から買っていったのだが、全ては買い揃えられなかった。
「転移石はおろか、薬も買えない」
これでは携帯食1日分も買えず、迷宮の低層、それもかなり浅い階層での探索がやっとだろう。
「仕方ない……背に腹は変えられないからな。地上でチマチマ稼ぐとするか」
ノルは滅多に足を運ばない、街の北地区にある『斡旋所』に向かうのだった。
◇◇◇
「すんません、何か適当な依頼はありますか?」
「はい、それでは技能板のご提示をお願いします」
ノルは斡旋所の受付に行くと懐から掌大の銀色の板を取り出し、受付のお姉さんに手渡す。
「ノルさんですね。確認します」
戦闘技能:☆☆☆
索敵技能:☆☆☆☆☆
野営技能:☆☆☆
追跡技能:☆☆☆
作図技能:☆☆
鑑定技能:☆
「そうですね……ノルさんの技能に合う依頼を幾つか選んでみますが、何か希望はございますか?」
「う~ん……今、所持金が乏しいので、直ぐにお金が貰えるか、依頼遂行中の軍資金を事前に貰えるやつで。出来れば達成時の報酬額が高いのがいいです」
「その条件ですと、ずいぶん絞れますね……こちらなんてどうでしょうか?」
ノルは受付のお姉さんから依頼書を受け取り、依頼内容を確認する。
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依頼種別:妖魔討伐
依頼内容:暗闇の森に巣食う妖魔・オークの討伐
受託条件:戦闘技能☆3以上
達成期限:受託後4週間以内
達成条件:10体以上討伐
達成報酬:銀貨3枚/1体
その他 :
・パーティーで依頼を受ける場合、三人以上であること。単独もしくは二人以下のパーティーの場合は他の依頼受託者と供に依頼を遂行すること。
・達成報酬の一部(銀貨3枚)を前払いとして渡すことも可能。ただし、依頼未達成時は銀貨6枚を支払うこと。
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「おぉ~、受けます!これ、受けますよ!是非!」
「そうですか……ノルさんは1人で受託となりますので、他の受託者の方と組んで貰うことになりますが、よろしいですか?」
「まっったく、問題ありません!」
「では、こちらにサインを。既に受託されている方々が明日、集まって顔合わせをなさるようなので、そちらと合流出来るようにしておきます」
「そ、それで、事前に貰える銀貨3枚は、今、貰えますか?」
「はい。直ぐにご用意いたします」
鼻息を荒くし、捲し立てるようにお金を催促するノル。受付嬢は、そんなノルに若干引き気味であったが、顔には出さずプロの対応をしていた。
◇◇◇
ノルが妖魔・オークの討伐依頼を受託した翌日、指定された時間に斡旋所の個室を訪れる。
「失礼します、オークの討伐依頼を受けたノルです」
ノルが部屋に入ると既にそこにはノル以外に四人が集まっていた。
「おそらく君が最後かな?
早速だけど打合せを始めようか。まずは、簡単な自己紹介からいこう。
僕はシンバ。斑獅子系獣人族で戦闘技能は☆4つ。見ての通り槍を使う。他には指揮技能ってのも持ってるけど、☆は3つ。普段は単独で討伐依頼を受けている。今回は、今までの討伐依頼の達成数や達成率から僕がリーダーをやることになったようだ。宜しく」
さっぱりとした好青年のシンバ。身長はノルより少し高く体格も良い。白と黒の斑の髪、金色の瞳である。
「じゃあ次はオイラだな。オイラはジンガ。剛猿系獣人族だ。戦闘技能は☆4つ。オイラの武器はこの拳だ。闘技場の戦士だったんだが最近飽きてきてな。ちょっくら魔物どもをいじめようかと思ってる」
鉄拳のジンガ。闘技場で無類の強さを誇り、無手最強と呼ばれていた。ノルよりも10歳ほど歳上に見えるので、おそらく30歳前後であろう。身長はノルよりも頭二つほど高く、肩幅や胸の厚みはノルの倍近い。茶髪に茶色の瞳である。
「拙者はガイルである。黒竜系竜人族である。戦闘技能は☆5つで得物はこの大太刀。一人で世界各地を旅して回っている」
身長や体格はノルと同程度。黒い長髪で、黒い瞳、鋭い目付き。風貌は若いが漂う雰囲気は達人のようだ。
「……私はファノ。魔術が得意。☆は4つ」
短い挨拶のファノ。紅一点の若い女性である。種族は言っていないが、闇長耳系妖精族であることが一目で分かる。さらさらの銀髪で銀色の瞳、焦げ茶色の肌である。
「皆さん、戦闘技能高いですね……俺はノル。戦闘技能は☆3つなので、この中だと一番下ですね。索敵技能が☆5つなので俺の役割はそんな感じかな?武器はこの棍。この棍、実は自作なんですよ!普段は探索者してます。ヨロシク!」
最後はノル。皆と打ち解けようといつもより調子者っぽく、明るく挨拶をし、迷宮産の鉱物を加工して自作した棍をお披露目したのだが……
(……反応、うすっ……)
皆の反応はなかった。
「じゃあ、目的地である暗闇の森とオークの情報の確認に移ろう」
さっぱりとした好青年のシンバもノルの自己紹介には特に反応を見せずにてきぱきと次の議題へと移る。
ノルは、なんだかこのメンバーでの依頼遂行に不安を覚えるのであった。
◇◇◇
打合せから二日後、首都グラスガンの周りを囲む外壁の北門にノル達は集合していた。
「皆、揃ったね。それじゃ、まずは北東の村・オリスに向かおう」
シンバが先頭になり、街道沿いに北東へと向かう。
オリスは歩いて1日の距離にある比較的大きめの村で、グラスガンから延びる街道沿いにある。馬車の休憩所が発展して出来た村だった。
「……歩き?」
シンバが歩きだしたところでファノから疑問の声があがる。
「えーっと、ファノだったよね?勿論、歩きだよ。暗闇の森までは徒歩で3日。馬車を使っても2日かかるから、歩きでいいでしょ?皆はどうかな?」
ファノの疑問にシンバが真面目に応え、他の皆の意見を伺う。
「俺は所持金が乏しいから、歩きでいいよ」
「オイラは……まぁ、どっちでも良いかな?」
「拙者は、旅は徒歩と決めている」
「……と言うことだから、歩きで良いよね?」
「……先に暗闇の森の入口で待ってる」
ファノは街に戻り馬車に乗るようだ。馬車で先回りして森の入口で待つと言っている。
「ん……じゃ、オイラも馬車にすっかな」
ジンガも戻ってしまった。
「……行こうか」
力なくシンバが出発を促す。自由すぎる同行者に、先行き不安になるノルであった。
◇◇◇
「……遅い」
予定していた3日を少し過ぎた頃にシンバ、ガイル、ノルの徒歩組が到着する。そこに不機嫌なファノの鋭い言葉が突き刺さる。
「わりぃ、ちょっとペースが遅くてさ……」
ノルがファノに応え、横を歩いていたガイルと伴に後方のシンバを振り返る。
重い金属鎧を着こんだリーダーのシンバが足を引っ張っていた。
一つ目の村までは順調であった。旅慣れたガイルに、迷宮探索を生業にしているノルには、何の苦もなかった。この時点ではシンバも少し疲れていたが問題なく着いてこれていたのだが……
二日目から徐々にシンバが遅れ出す。リーダーを置いていく訳にもいかず、ノルとガイルは少しペースを落とす。二つ目の村に着く頃には明らかにペースが落ちていた。本来なら日暮れ前に村に着くはずだったのだが、村に着いたのは日が暮れて暫く経ってからだ。
三日目、一段とペースを落とし、日暮れ後も夜通し歩き続けて、朝方にやっと暗闇の森に到着したのだった。
「……はぁ、はぁ……すまない」
「……馬車使えば良かったのに……」
すかさずファノの鋭い言葉がシンバの胸を抉るのだった。
「ここからは俺が先頭に行くよ。って、リーダー、出発前に少し休憩するか?」
「いや、遅れを取り戻すためにも、直ぐに出発しよう」
「んぁ?無理せず休んだらどうだ?オイラは構わねぇからよ」
先頭に立ち、皆を先導しようとしたノルだが、あまりにも疲れてそうなシンバを気遣う。ジンガも立ち上がらずに、休憩するつもりのようだった。
「いや、気遣い無用だ。出発しよう」
リーダーのシンバにそう言われると出発しない訳にもいかず、ノルは不安なままに、暗闇の森へと皆を先導するのであった。
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