第18話 不穏な雲行き
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アルフ大陸は大きく3つの地域に分けられる。
1つ目は、大陸西部のテイーア地方。主に獣人族の国が集まっている。
2つ目は大陸北部のネライダ地方。主に妖精族が住んでいる。
3つ目は大陸中央部、南部、東部のファートゥル地方。主に普人族の国が集まっている。
テイーア地方の獣人族の国は、特に種族の拘りがなく、基本的には魔人族以外であれば、どのような種族も受け入れている。獣人族の国は、北西部のノースグラス、西部のトワイライトメーア、南西部のサウスヴァルトの三国に分かれている。
ネライダ地方の妖精族の国は、種族の拘りを持っており、殆どが排他的な国である。また、単一種族のみで作られた大集落が幾つも点在している。
ファートゥル地方の普人族の国は、普人族至高主義であり、他の種族を下位種族とみなしており、奴隷制度も適用している。肥沃な土地を多く持っているため、経済的にかなり発展している。
近年はアルフ大陸内の国同士での戦争は発生していないが、北西部、北部、北東部では魔人族との戦争がかなりの頻度で発生している。
何十年も戦争とは無縁である、アルフ大陸の南西部に位置する獣人国家サウスヴァルト。平和な国であったが、ここ数ヶ月、相次ぐ事件の発生があり、不穏な空気が流れていた。
白いふさふさの長髪、色白で優しい顔立ちの美少女が物憂げな表情で、バルコニーから外を眺めていた。
「陛下、ここにいてはお風邪を引きますよ。お部屋の中へお戻りなさいませ」
その美少女に声を掛けたのは、こちらも美少女。ストレートの黒髪に黒い瞳の侍女である。
「ノワ、まだ事件は解決していないのですよ……心配でいてもたってもいられません」
若くして獣人国家サウスヴァルトの女王となったビアンカ・ラパン・サウスヴァルトは、悲しげに侍女のノワへ語りかける。
「陛下、その件は大臣が手を打っております。もうすぐ解決なさりますよ」
「はぁ……一刻も早く解決させなくては……」
◇◇◇
「もう、なんでノルが、行かなきゃいけないの」
「カイラス陛下からの直々のお願いだからな。仕方ないよ」
ファノはせっかくの新居で、ノルと楽しい生活が始まると思っていた矢先、同盟国のサウスヴァルトへ行かなければならなくなった。
行かなければならないのは、ノル一人なのだが、ファノも一人で待っているのは面白くない。そうなると、当然、ファノはノルについていくことになる。
「馬車で1ヶ月って聞いたからな。高価なクッションでも買ってお尻の負担を減らそうか」
「もぅ……」
二人だけの旅行と考えることで、幾分、ファノの機嫌が直る。
サウスヴァルトは同盟国のノースグラスやトワイライトメーアに助けを求めたのだ。
今現在、発生している事件は相次ぐ失踪。何者かによって、人が拐われているのだ。
厳重な警戒体勢を敷いていても、いつの間にか拐われている。
サウスヴァルトから同盟国への要請は、『犯人の発見』『犯人の追跡』が可能な優秀な人物の派遣。
そこで白羽の矢が立ったのがノルである。曲がりなりにも索敵技能☆5つを持っているので、カイラス・レオンによって選ばれてしまったのだ。
乗り気ではなかったものの、行ったことのない土地に行くというのは、それなりに楽しみでもあった。
高価なクッションを尻に敷き、ノルとファノは1ヶ月の馬車の旅を楽しむのだった。
◇◇◇
獣人国家サウスヴァルトは、西側が平野、南側が海、北側と東側が森となっている。東の森を越えると普人族の領土となる。普人族との争いを避けるため、東の森には近寄らないのが暗黙のルールとなっていた。
「遠いところから遥々…ご足労を願いまして……まことにありがとうございます」
ノースグラスやトワイライトメーアから派遣された人材は、ノル達だけでなかった。他にも数組の人材が派遣されている。
ノル達派遣組は、サウスヴァルトの女王に呼ばれ、勢揃いしたのだが、誰もが今の状況に困惑していた。
「陛下、あまりに自分を低くなさいませぬよう」
大臣が女王ビアンカ・ラパンへと具申する。それほどにも、女王は低姿勢であったのだ。
「既に失踪者は両手の指では足りないほどになってしまいました。私どもの国には、優秀なハンターがおりません。同盟国から貴殿方のような優秀なハンターにお越しいただく他、ありませんでした。失踪者を見つけ、助け出して頂きたいのです」
女王ビアンカ・ラパンが言う『ハンター』とは狩人等の探索技能、追跡技能に優れた者を指している。女王は見た目同様に少女である。若くして女王となった理由は人々の知るところである。
ノルは、この少女のことは全く知らないが、誠実で、民を心から大事にしていることは痛いほとに伝わってきた。
「陛下、私はトワイライトメーアの黒豹系獣人族レパードと申します。此度の事件、私どもは命に代えても解決することをお約束いたします」
黒豹系獣人族の好青年レパードがその場に集められた者を代表して返答する。ノルとしては、命に代えるは言い過ぎだろうと思ったのだが、他の者は目を輝かせ、レパードと同様に決心していた。
「……一種の魅了よね、これ」
隣のファノはこの状況を呆れていた。
「女王様が美女過ぎるからかな?」
「……それもあるけど……庇護欲が掻き立てられる感じ?」
「なるほど」
ノルとファノはひそひそと話をしていた。
◇◇◇
「今回、私がリーダーとして皆を指揮することとなった、黒豹系獣人族のレパードと申す。まずは、事件を整理したので、皆で共有したい」
ノルは隣の猫系獣人族のネロと言う者に聞いたのだが、あのレパードという人物は、トワイライトメーアの貴族であり、自国ではかなり偉い人物のようだ。他にも爵位持ちの者もいるようであったが、彼がリーダーとなることに反対する者は居なかった。
「事件の発生はおよそ半年前に遡る……」
失踪事件の概要
事件の発生は半年前。
月に1人~2人が失踪している。
失踪者は、全て若い女性。
失踪する時間帯は、深夜から明け方。
街中を警備兵が巡回しているにも関わらず、犯人らしき目撃情報がない。
「分かっていることは以上だ。何か質問はあるか?」
誰からも質問がなく、そのままレパードの話が続く。
「巡回班、情報収集班に分ける。希望がなければ、こちらで決めるが……」
ここでも誰からも意見がない。皆、どう動けば良いのか分からないのだ。
「……君達は巡回班だ。街の外、東側を担当するように」
「はぁ、はい」
ノルとファノは巡回班となった。巡回班は、大きく2つに分かれる。街中と街の外だ。そこから更に、東西南北に幾つかに分かれる。巡回班は、夕方から朝方まで巡回し、報告したら休息。休息は1日半あるので、そこまで厳しいシフトではないが……少々、不満のある者もいるようだ。
「レパードさん達は、何を担当するんですか?」
不満があるような犬系獣人族の青年がレパードに質問する。言外に、お前らも何かしろよと言っているようだ。
「私は皆からの情報の集約と整理、皆への情報の展開・共有、それと何かあった場合の追跡を担当する予定だが……君が代わりにやるか?」
「い、いや。遠慮しときます……」
決して楽ではなく、責任の重い任務である。その後、誰からも意見がなく、各自が散っていく。
◇◇◇
ノルとファノは今夜から、東側で巡回するのだが、いきなり昼夜反転させることが難しく、夕方までの明るいうちに東側を少し探索することにした。
「こうして見ると長閑で、失踪事件が起きているとは思えないな」
「まぁね……」
東側は平坦な平野が広がり、街の近くには麦畑があった。
その麦畑の向こう側には遠くに森が見えている。
「なぁ、そもそも、失踪って、事件なのかな?犯人が居ないから、目撃情報がないとか」
ノルは疑問をファノに投げる。
「……どうなんだろう?じゃあ、失踪する理由って何かな?」
「分からねえな……でも、事件だとしたら、若い女性を拐うって……」
ノルはそこで言葉を切る。
「……分かりやすいのは、性的な目的でしょうね……」
「だよね……」
ノルとファノは嫌な気分になりながらも、その日からの巡回当番をこなして行くのであった。
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