第16話 闇討ち
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暗黒の森の北に存在する秘められた都市エメン。この都市は周囲に街道がなく、何処とも交易していない。全て自給自足で成り立っている。しかも、それなりに人口の多い都市にまで発展しているのだ。
主となる街道から遠いため、今回の魔人軍の侵攻による被害もない。また、何処とも交易していないため、本来であれば世の情勢には疎いのだ。
大して期待せずに情報収集をしていたノルであったが、思いもよらない情報を入手することとなった。
「あの男の情報が真実であろうがなかろうが、俺達が為すべきことは変わらないと思っている」
「僕もノル君と同じ考えだよ。僕らの使命は戦争を終わらせること。その為には魔人将を討ち取らねばならない」
「拙者も魔人将を討ち取るとこに賛成である」
「……私もノルと一緒」
例え、国王様が亡くなったとしても戦争は終わらないだろう。誰かが国王様の意志を引き継ぎ、魔人軍に抗うはずである。真に戦争を終わらせる為には、獣人国家ノースグラスへ侵攻している魔人軍を追い返す必要があるのだ。
「決まりだな。それじゃあ、明朝、ここを立とうと思う」
「異論はないよ」
「心得た」
「……分かったよ」
翌朝、まだ霧が立ち込める中、4人は秘められた都市エメンから西へと旅立った。
◇◇◇
険しい山岳地帯を越えると、広い平野が広がる。平野の真ん中には南北に街道が走っている。その街道沿いに魔人軍の陣営が設営されていた。
「あそこで幻剣士アノーリオンが治療を受けているのか?」
「遠すぎて俺でも確認できないな」
見晴らしが良いので陣営があることは確認出来るのだが、ノルの視力をもってしてもその内部までは確認出来ない。
「何処にも隠れるところがない」
陣営の周囲は平坦な平野が広がる。あっても腰高の草がはえている程度である。隠れて近付くことは困難であった。
真っ昼間に4人が近付けば、数十人から百人程度の魔人軍と相対することとなる。
「夜に奇襲かな?」
「ノル君なら夜でも見えるけど……」
「拙者らは暗闇だとなんとも……」
「……明るければ問題ない」
あいにく、火属性の魔術を使える者は居ない。火矢もない。あるのは火打ち石だけ。
「篝火を利用するか」
「そうなると、ノル君の単独潜入後に勝負になるのかな?」
大まかな作戦は決まった。
暗闇に乗じて皆である程度、陣営に近付く。
ノルが単独で潜入し、篝火を利用して火事を起こす。
火事の混乱に紛れて陣営に潜入する。
二手に分かれ各個撃破。ガイルとシンバが組んで、ノルとファノが組む。
「それじゃ、夜まで仮眠しよう」
◇◇◇
闇夜に紛れ、平野のど真ん中に設営された魔人軍の陣営へ近付く4つの影。
今宵は、月も雲に隠れ、殆ど明かりはない。
その影のうちの1つが他と離れ、魔人軍の陣営へと近付く。
暫くすると、いたるところから火が着く。
火事であった。
夜番をしていた妖魔が騒ぎ、寝ていた連中が起き出す。
火を消そうと慌てる魔人軍。
しかし、火事は弱まることなく、更に強くなる。
火を煽るように何処からか風が吹く。
いつの間にか、火を消そうとしていた魔人軍の数が減っていく。
そこで誰かが気付く。血の臭いに。
闇に紛れて仲間が寝ている。良く見れば血を吹き出し死んでいるではないか。
敵襲!
辺りに角笛の音がこだまするが、時は遅く、既に3分の1の兵力を失っていた。
中央のテントから魔人が2人出てきて状況を確認する。その1人は魔人将と恐れられる男だ。
「何事だ」
「はっ、敵襲であります」
「で、その敵はどこに居るんだ?」
「げ、現在、捜索しています」
「早くしろよ。お主に期待しているぞ」
銀の長髪を風に靡かせ、褐色の肌、銀の瞳をした優男。この男が魔人将・幻剣士アノーリオンと呼ばれる男だ。
獣人国家の国王ルーラス・レオン・ノースグラスとの一騎打ちで負った腕と腹の傷がまだ癒えていない。すぐに休んで一刻も早く前線に戻らねばと焦りもある。
「魔術による風だな……ほぅ、そこに居るのか」
闇に潜み状況を窺っていたノルとファノ。その魔人の言葉にドキリとする。だが、ここは死角。見つかる訳がない。
「鼓動が早くなっているぞ?動揺しているのか?」
魔人はこちらを向いていない。にも関わらず、まるで目が合ったかのような緊張感に包まれる。
「出て来ぬのか?闇長耳系妖精族の2人よ」
何故だ!と叫びたくなるノル。こちらを見もせず、何故俺達が見えるのか。
幸い、魔人も妖魔も出払っており、周囲には誰も居ない。チャンスではある。
ノルはファノにここで待機するようにハンドシグナルで伝えると、一人、魔人の前へと姿を現す。
「もう一人は出て来ぬで良いのか?まぁ良い。そうか、お主は混血か。珍しいな」
魔人がノルを見て嗤う。寒気がする表情であった。
「魔人将・幻剣士のアノーリオンとお見受けするが」
「左様。我がアノーリオンだ」
「銀狼系獣人族と闇長耳系妖精族の混血、獣人国家の王より密命を受けたノルと申す。貴殿と一騎打ちを所望す」
「……良いだろう。その一騎打ち、しかと受けよう」
幻剣士アノーリオンは細身の長剣を抜く。
ノルは棍を構える。
幻剣士アノーリオンは動かない。
ノルはジリジリと距離を詰めていく。
「来ぬのか?」
幻剣士アノーリオンが挑発してくるが、ノルは動かない。いや、全く隙がなく、動けなかったのである。
幻剣士アノーリオンが緩やかに動く。近寄る訳ではなく、少し体勢を変えたのだ。
ノルは隙を見つけ飛び込みそうになるが、そこで止まる。明らかに誘われているのだ。わざと隙を作ったのだ。
その後も幻剣士アノーリオンは動こうとしない。
数分、膠着した状態で見合っていたのだが、ノルは違和感を覚える。
幻剣士アノーリオンが揺れているのだ。
いや、揺れていない。緩やかに分身しはじめているのだ。
ノルは自身の目を疑う。
1人から2人へ。2人から3人へ。
「動揺しているな。鼓動が早鐘のようだ」
このまま動かなければ負ける。そうノルは感じ取った。
「はっ!」
ノルから仕掛ける。左端へより、一番左のアノーリオンへ下段の左薙ぎを放つ。
アノーリオンは避けない。だが、ノルの棍は空を切る。
と、目の前のアノーリオンが揺れ動き、その腹から細身の長剣が現れた。
ノルは寸でのところで反応し、細身の長剣を受け流すが……
細身の長剣に棍が当たらず、またしても空を切る。
細身の長剣が腹に吸い込まれるように突き刺さるが痛くない。
ノルは動揺しながら、バックステップで大きく距離を取る。
「何かあったか?」
何事もなかったかのように、3人のアノーリオンがそこに立っている。
(おかしい……3人居るのに、声は1人分しか聞こえない)
もしかすると、自分は幻覚を見ているのではないかと思い当たったノル。思い切って目を瞑る。自分の聴覚と嗅覚に頼るのだ。
そうすると、心には1人のアノーリオンが浮かんでくる。やはり、他のはまやかしだったのだ。
「ほぅ、目を瞑って挑むか。お主にそれが出来るのか?」
出来る出来ないではない。やらなければ負ける。
ノルは己の感覚を信じて動く。
鋭い踏み込みから中段突きを放つ。
アノーリオンはバックステップしながら、細身の長剣で突きを捌く。
実体に当たった。防がれてはいるが、大きな一歩である。
遂にアノーリオンから動き出す。刺突、右薙ぎ、左薙ぎ、袈裟懸け。
息をもつかせぬ鋭い連擊をノルは辛うじて防ぎきる。だが、このままでは殺られる。速さもさることながら、その技術が素晴らし過ぎるのだ。
「『銀狼の覇気』『闇金円舞』」
出し惜しみしている場合ではない。全力で行かなければ。
白銀に包まれたノル。鋭い踏み込みから中段突き、上段突き、下段突きの三連擊を放つ。
一擊目はかわされ、二擊目は受けられ、三擊目が足を掠める。
お返しとばかりにアノーリオンの三連擊が返ってくる。中段突き、上段突き、中段突き。全く同じかと思わせ、最後を変えてきた。
だが、ノルは驚異的な反射神経で全てを回避する。
その後も一進一退の攻防が続き……気が付けば辺りが白んで来る。
もうすぐ夜明けであった。
ノルは一旦距離を取ると目を開けて確認する。
いつの間にか周囲には、妖魔や魔人の気配が無くなっていた。
かわりに心強い3人がノルの一騎打ちを見守っていた。
「悪い、一騎打ちを申し込んじゃったよ」
「構わぬよ」
「僕が戦いたかったけどね」
「……心配だけど」
3人とも、一騎打ちを了承してくれた。
「良い仲間だな……それに比べて我には何もない……羨ましいよ」
魔人とも思えぬ弱気な発言であった。
「あれ?もしかして……」
そこでノルはある事実に気が付く。
「アノーリオンって、俺らと同じ闇長耳系妖精族じゃないか?」
「……」
「何故、魔人に……」
「お主のように良い仲間が居れば違ったかもな」
それだけを言うと、再び戦闘へと戻る。ノルは再度目を閉じて立ち向かう。
(ヤバいな……そろそろ魔力も尽きそうだ)
膨大な魔力にかまけて、身体強化をしっぱなしであった。だが、数時間も使い続ければ流石に尽きる。ノルは勝負を掛けることにした。
(少し傷が開いてきたようだ。これ以上は時間を掛けられぬ)
アノーリオンは、獣人国家の国王ルーラス・レオン・ノースグラスに負わされた腹の傷が開いてきたことを自覚する。時間を掛ければ動きが悪くなり、不利になる。アノーリオンは勝負を掛けることにした。
ノルはジリジリと距離を詰める。後ろに引いた右足の裏に力を溜め込み、一気に解放する。白銀に包まれた槍のようにアノーリオンへと突撃する。
アノーリオンは突っ込んで来るノルを半身でかわし、カウンターの胴を狙う。
両者が交わり、数歩すれ違うとそこで止まる。
アノーリオンは腹を抉られ大量の血を流す。
ノルはうっすらと腹に傷が浮かぶが出血は少なかった。
アノーリオンが片膝を着く。
「見事だ。この勝負、お主の勝ちだ」
アノーリオンはそう言うと、懐から石を取り出す。
「ここで終わる訳にはいかないのだ。許せよ、少年」
アノーリオンは石に魔力を流すと天高く舞い上がった。
魔道具の一種である。その力によって、上空に浮上するだけの魔道具であったが……
「くそっ鷹獅子だ!」
アノーリオンを見事に捕まえ、何処かへ飛んでいく鷹獅子の姿がそこにあったのだ。
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