第15話 極秘任務
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獣人国家ノースグラスへ魔人が攻めて来てから7ヶ月。一進一退の攻防を繰り広げていたのだが、ここでノースグラス軍に朗報がもたらされる。
『魔人将・狂戦士ガガガランを討ち取った』
国民はまるで戦争に勝利したかのように歓喜した。
魔人軍には将と付く存在が3人いた。一人は、魔人将・狂戦士ガガガラン。一人は、魔人将・幻剣士アノーリオン。最後の一人は総大将である魔人将・黒騎士デューラン。
この戦争は3人の魔人将を討ち取らねば終わらないと言われていた。その一角を崩したのだから、国民の歓喜も分かるだろう。
「此度のそなた等の働き、真に感謝する。大義であった」
ノル、シンバ、ガイル、ファノの4人は戦時中にも関わらず、またもや呼び出された。流石に今回は断ろうとしていたのだが、なんと、ルーラス・レオン・ノースグラス国王その人に呼び出されたのだ。断ることも出来ずに、最前線の王国軍本体の陣営に赴く4人。
「褒章、報酬は戦争が終わるまで待ってくれ。必ずそなた等の望みを叶えよう」
それはノル達も望むところだった。褒章がくだらないとは言わないが、戦時中である。他に為すべきことがある筈である。
「それと……狂戦士ガガガランを葬ったそなた等に特別な任務を与えたい」
「特別な……任務、ですか……」
国王から与えられた特別な任務とは。
国王ルーラス・レオン・ノースグラスまたは騎士団長カイラス・レオンが魔人将と一騎打ちに持ち込む。
万が一にも魔人将を討ち取れなかったとしても、必ず重傷を負わせる。
重傷を負った魔人将は必ず奥地で治療し戦線へと復帰する。
秘かに魔人軍の後方へと回り込んで、重傷を負った魔人将を仕留めてくれ。
極秘任務である。任務遂行のための条件は、魔人軍に察知されることのない少数であること。かつ魔人将を討ち取ることの出来る戦力を持ち合わせていること。かつ隊長等の要職に就いていないこと。まさにこの4人が最適だったのだ。
「謹んでお受けいたします」
4人を代表してノルが答える。元々、この戦争を終わらせるために、自分達に何か出来ないかと探していたのだ。魔人将を討てば戦争が終わる。本当にそうであれば、魔人将を討ち取りに行こうと考えていたところだ。
「して……シンバよ。お主は騎士に成りたがっていたと記憶しているが……今もその心に変わりはないか?」
「はい。変わりありません……ただし、今は他に為すべきことがあります。もし、この戦争に勝利し、私が生き残っていれば……」
ノル達はシンバが国王と知り合いであったことに驚く。
「よかろう。必ず生き残るように」
こうして国王との謁見を終える。
◇◇◇
4人は旅支度を終えると北東にある暗黒の森へと向かう。魔人軍本隊の後方へと向かう為だ。西側から回り込むルートでは、以前ガガガランと戦った辺りを通ることになるが、それでは本隊の裏へ回り込めない。東側から回り込むルートは、暗黒の森を縦断し、その北にある秘められた都市エメンを経由し、西の山岳地帯を越えるルートだ。
「……歩き?馬車?」
「残念ながら馬車は出てないんだ。って、また買ったの?」
「ううん、買ってない」
ファノとシンバのいつものやり取りを終え、東へと向かう。数年前、5人で向かった暗黒の森。今は4人である。皆、言葉には発しなかったが、胸の奥には寂しさを抱えていた。
3日掛けて暗黒の森に到着すると、そこからは森の中を抜けるルートとなる。黙々と北を目指して4人は歩を進める。
首都グラスガンを出発してから半月。ようやく秘められた都市エメンへと到着した。
「ここで2泊するよ。食料の補給と情報収集に分かれようと思うけど……ノルとファノで情報収集を頼めるか?」
「そ、そうだな。じゃあ、シンバはガイルと買い物で。頼んだよ」
二手に別れたノル達。ノルとファノは情報を得られそうな店を回る。
数件の店を回り、寂れた一軒の酒場へと入るノルとファノ。
中に入ると客は殆ど居なかった。二人はカウンターに座り安酒を頼み、店主にそれとなく話を振る。
特に有用な情報は得られず、酒を飲み干して店を出ようとするが……
「これは?」
ノルとファノの前に新しい酒が運ばれてくる。
「あちらのお客様からですよ」
店主にそう言われ、手で指し示す方を振り返ると、奥のテーブルに座っていた男が片手を挙げていた。
「……怪しいよ」
「まぁ、行ってみよう」
二人はグラスを手に持ち、男の座るテーブルへと向かう。男はどうやら普人族であるようだ。やや黄色味掛かった薄い茶色の肌、猿系獣人族に似た顔立ち。特に変わったところはない。
「酒、ありがとよ。何か俺達に用でもあるのか?」
ノルが当たり障りのないように問い掛ける。
「いや、特に用はありませんよ。英雄様に何かお礼がしたかっただけです」
低姿勢で丁寧な口調。しかし、気になる発言である。
「英雄?誰かと間違えてないか?」
「間違いないですよ。魔人将である狂戦士ガガガランを倒したのですから、英雄に違いありません」
ノルは身構え、腰のナイフへと手を伸ばす。
「……何故、それを知っている……」
「まずは、その手を降ろして下さい。私はしがない情報屋です。あぁ、自己紹介がまだでしたね。
普人族のダイジと申します。歳は今年で30。彼女も居ない独身男です」
ノルの殺気に当てられても平然としているダイジと名乗る男。しがない情報屋と名乗っているが、只者ではないだろう。
「……俺はノル、こっちはファノだ。話を、聞かせて貰おうか」
ノルはどかっと腰をおろし、ダイジと向かい合った。
◇◇◇
「どんな情報を持っている?」
「お望みの情報を」
「俺らの目的を知ってるのか?」
「さぁ?」
答えによってはこの男を殺さねばならないかと考えていたノル。それを知ってか知らずかはぐらかすダイジ。
「聞き方を変えよう。俺らが何処に向かうか知ってるのか?」
「さぁ?」
ダイジの返答にイライラし始めるノル。
「じゃあ、何を知ってるんだ?」
「そう言えば、2日前に国王様と魔人将が一騎打ちをされたそうですよ」
重要な情報であった。だが、ノルが欲しい情報ではない。ノルは、このダイジがもっと踏み込んだ情報を持っていると確信する。
「……情報の対価は?」
「……あなたがお持ちのとても重要なモノが欲しいです」
ニヤリと口を歪めて返答するダイジ。ノルは一つ、思い当たるモノがある。
「あいにく、今は持っていない」
「知ってますとも」
「何処にあるかは?」
「神造迷宮の中です」
ノルは表情にこそ出さなかったが戦慄した。
「……何故、取りに行かない」
「迷宮の何処にあるか知らないんですよ。それに面倒なのは嫌いなので探すのも嫌なんです」
その返答は、言外に取りに行こうと思えば取りに行けると言っているようであった。
「俺はそれを渡すつもりはないが」
「分かってます。それに私の望みは、あなたが生き残ること。この戦争であなたに死なれると、それが何処に行ってしまうか分からなくなりますから」
ノルはこの男が危険な人物であると確信した。
「それで……私の情報は信用していただけますか?」
私を信用しろと言うのではなく、情報は信じられるかと聞いてくる。ノルはとてもではないが、ダイジのことは信用出来ない。ただし、ダイジが持っている情報は確かなのである。
「あぁ、信用する。それで、俺の欲しい情報は……」
「少しお待ち下さい。もうすぐ、待っていた人が到着しますので」
ニヤリと笑うダイジ。早く切り上げたかったノルだが、この男の言う通り、少し待つことにした。待っていた人がどういう人物なのかも知りたかったのだ。
「やぁ、ノル君。待たせたかな」
やって来たのはシンバとガイル。
「二人ともどうして?」
「変なことを言うな。宿に君が手紙を残したんじゃないか。この店で飯を食べようと」
「……すまんが、その手紙は俺じゃない」
「……」
シンバもガイルも不穏な雰囲気を感じ取ったようで、身構える。
「すみません。お二人をお呼びしたのはこの私です。今から重要なお話がありますので、お二人にも来ていただきました」
二人の殺気にも平然としているダイジ。
「ノル殿、この男は信用できるのか?」
「この男の情報は信用できる」
ノルが言いたいことが伝わったのか、シンバとガイルも腰をおろす。
「では改めて。私はダイジと申します。しがない情報屋です。この度、皆様に集まっていただいたのは、お伝えしなければならないお話がありまして……」
「前向上はいらない。本題に入ってくれ」
ダイジの話をノルが中断させる。
「それでは、単刀直入に。
2日前、国王様と魔人将・幻剣士アノーリオンが一騎打ちをされました。幻剣士アノーリオンは、重傷を負い、ここから西にある陣地に帰還しています」
やはり知っていたのだ。この男はここで殺さねばならないかもしれない。ノルはそう考えていた。
「まぁ、現地に居れば誰でも知っている情報ですから、そこまで価値のある情報ではありません。
……そして、この話には続きがありまして……」
これ以外に価値のある情報を話すのだと言っている。
「その一騎打ちで国王様も重傷を負いました。そして、今朝方、国王様は帰らぬ人となったのです」
「嘘だ!」
声を荒げたのはシンバ。誰もが信じたくない話であった。
「信じる信じないは、あなた達にお任せしますよ。私はあなた達に死んで欲しくないので。それでも為すべきことをするのか、ここで帰還するのか。選択はあなた達の自由です。では……」
一方的に話を終わらせると、ダイジは立ち上がる。待てと声を掛けようとノルも立ち上がるのだが……
「嘘だろ……」
跡形もなく、ダイジが消え失せたのだった。
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