第12話 苦渋の決断
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アルフ大陸の北西に位置する獣人国家ノースグラスは、2ヶ月ほど前から魔人率いる軍団に侵攻され、砦や町村が被害を受けていた。ノルとファノは、シンバに頼まれて北西の村・パースの様子を探りに行くことになった。
ノル達は旅支度が必要だったため、一旦、シンバと別れ、翌日の朝に集合場所に指定された北門に向かう。
「よう!久し振りだな!」
「久し振りであるな」
そこには斑獅子系獣人族のシンバの他に2人の男が待っていた。1人は、ノルより頭2つ分も高く、非常にがっしりとした体格の剛猿系獣人族の中年。もう1人は、ノルと同程度の体格で身の丈を越える大太刀を背負った黒竜系竜人族の男である。
シンバが伝手を頼って集めた仲間は、いつかのオーク討伐の時の仲間であったのだ。
「ジンガ!ガイル!」
「……久しぶり」
ノルは二人とがっしりと抱き合う。お互いの無事を確かめ、どれだけ成長したのかと確認し合う。
「……歩き?馬車で行く?」
「ふふ、懐かしいな。だが、残念なことに馬車が出てない。仕方ないが歩きで行こう」
ファノの問いに答えるのはシンバ。少し見ないうちに頼れる男の風格が身に付いているようであった。
「今回もシンバがリーダーで良いかな?」
ノルの問いに皆が頷く。
「じゃ、決まりだな。頼むぜ、リーダー!」
「任せて貰うよ。それじゃ、行こうか」
北に続く街道をノルを先頭に進む一行。以前は出発の時から纏まりがなかったのだが、今回はそうではないようだった。
◇◇◇
街道沿いに北に進む。道中、脅威度の低い魔物に出会うが、特に問題なく進んだ。野営時には、ノルが料理担当となり、皆へと料理を振る舞う。
「旨いぜぇ!懐かしいな!しかも、量も申し分ねぇ!」
ジンガ用に、かなりの量を作ったノル。誉められて嬉しくない訳がない。ファノと2人だけでの長旅で鍛えられたノルの料理は、ジンガだけでなく、シンバ、ガイルにも好評であった。
街道沿いに2日。そこから北西に向かって街道をそれると、直ぐに小さな森が見えてくる。森では、はぐれの小鬼、大牙猪、森狼等と遭遇したが、鎧袖一触というようにガイルが一瞬で葬っていた。
森を抜けると遠くに雪を被った山脈が見えてくる。目的の村は山脈の麓にある。山脈に向かう途中には、なだらかな丘が続く。
丘の上までの道中は、野犬の群れや小鬼の集団に遭遇したが、ジンガが先頭に立ち、覇気を纏うと、颯爽と逃げていった。戦闘がないことは時間短縮に繋がる。つまりは良いことなのだが、ジンガのフラストレーションは溜まる一方であった。
グラスガンから徒歩6日。丘の上に立つと、下には盆地が広がり、そこに目的の村・パースがあった。
「リーダー、言い難いんだけど……村は壊滅してるよ……」
丘の上から遠くに見える村の様子を窺っていたノルは、静かにシンバに伝える。
「あの煙は……村が焼かれたのか……」
シンバが呆然とした様子で呟く。皆、暫くその丘から動けなかった。
「皆、聞いてくれ。今回の目的は村の様子を見に行くことだ。おそらく村は壊滅しているだろう。でも、まだ生きている人がいるかもしれない」
シンバは皆を振り返り静かに続ける。
「僕は生きている人がいる可能性があるなら、行くべきだと思う。一緒に来てくれるか?」
シンバは真剣な目で皆に問い掛ける。
「リーダー、そこは『来てくれるか?』じゃなくて、『行くぞ!』でいいよ。皆、同じ気持ちだからさ」
ノルがシンバに返すと、後ろの皆も頷く。
「……よし……皆、行くぞ!」
「「おお!」」
既に壊滅している村。だが、まだ生き残っている人がいるかも知れない。助けを待っている人がいるかも知れない。
ノル達は急ぎ、パースへと向かうのであった。
◇◇◇
村の東の野原で戦闘が繰り広げられている。
村に近付くにつれ、争っているのが誰なのかが分かってくる。
片方の集団は、獣人国家ノースグラスの傭兵団。
片方の集団は、魔人が引き連れている妖魔軍団。
明らかに傭兵団は劣勢に立たされていたのだが……
優位に立っている妖魔軍団は1人を除いて戦闘には加わっていなかった。
「先頭の妖魔、いや魔人は恐らく将軍級だろう。いわゆる魔人将ってやつだと思う」
様子を窺っていたシンバが呟く。
先頭の魔人は、オークキング並みの巨大な体格で腕が4本ある。全ての腕には成人男性を越える大きさの大剣を持っている。大剣を振り回し、まるで竜巻のようであった。その竜巻のような攻撃で、傭兵団を蹴散らしていた。妖魔軍団が戦闘に加わっていないのは、その嵐のような大剣に巻き込まれないためだろう。
最初は抵抗を試みていた傭兵団だが、敵わないとみると蜘蛛の子を散らすように散り散りに逃げていった。
「……リーダー、待ってくれ」
今にも飛び出しそうなシンバをノルが押し止める。
「仇を討ちたい気持ちは分かる。だが……ヤツに勝てると思うか?」
「分からない……だけど、このまま見過ごしたくない。それはジンガだって、ガイルだって同じだろ?」
シンバの答えにジンガ、ガイルは頷く。
「それは俺もファノも同じだよ。でも、そうじゃないんだ」
「……そうじゃない?」
ノルとファノも同じ気持ちであることを伝える。だが、ノルの言いたいことはそれではない。
「微かだけど、村に生き残りがいるんだ。もうすぐ命の灯火が消えるかもしれない。俺は、あの魔人と戦うよりも、生き残った人をグラスガンまで連れて帰りたい」
もし、簡単に勝てる相手であれば戦ってから生き残った人を助けて連れて帰るという選択肢もあったかも知れない。
だが、あの魔人はどう考えてもオークキング級の強さである。
下手するとオークキングを遥かに越える可能性もある。あの異常な強さを目の当たりにして、戦ってから生き残った人を助けるという選択肢があるだろうか。
「……分かった。ノル君、ありがとう。
……僕らの使命は、村の生き残りを助けて連れて帰ること。
……悔しいがヤツ等が去るのを待つとしよう」
シンバは苦渋の決断を下す。母親の生まれ故郷を壊滅させた相手が目の前にいる。それなのに何もせず、それらが立ち去るのを待つのだ。どれだけ悔しいことだろうか。
◇◇◇
まだ、村の東には妖魔軍団が残っているのだが、ヤツ等が立ち去るのを待っていられる状況ではなくなった。
「ガイル、そこ持ち上げて。静かに頼むよ」
「心得た」
生き残っている人々の気配が小さくなってきていたからだ。
気配を探れるノルと少しでも隠密行動が出来るガイルの2人で密かに救出活動を開始していた。
ガイルが静かに持ち上げた瓦礫の下から、ノルが小さな女の子を救い出す。直ぐに高価な治療薬を惜し気もなく少女に振りかける。弱々しかった少女の呼吸が静かに安定していく。少女を抱えてガイルがシンバ達の所へ戻る間、ノルは次へと向かう。
日暮れが近付き妖魔軍団が立ち去ってからは、5人総出で救出活動を行った。ノルが察知できた命の他にも、もしかしたら生き残りがいるかも知れないと、村中を隈無く探したのだが……
「……3人か」
結局、助けられた命は3人だけであった。
「……皆、ありがとう。
本当は弔いたかったけど……速やかに撤退しよう」
既にここら一帯は魔人率いる妖魔軍団の活動領域に入っている。いつ妖魔軍団が引き返して来るか分からない。遺体を集めて弔いたい気持ちが強かったのだが、シンバは生き残った人々を無事にグラスガンまで連れ帰ることを優先する。
ジンガ、ガイル、シンバが救出した人々をそれぞれ1人ずつを背負い、グラスガンへと帰還を急ぐ。
道中、誰も言葉を発せず、黙々と歩を進めた。それぞれ、胸に強い想いを抱えて。
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