第10話 深き森
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アルフ大陸の北西に位置する獣人国家ノースグラス。その首都グラスガンから遥か東に島がある。島自体が一つの国となっている。その国は闇長耳系妖精族の国ヴァルファノス。
3ヶ月の陸路、2ヶ月の船旅の末に島に上陸したノルとファノ。更にそこから1ヶ月掛かると言う。
「すごいデカイ木だね!」
天を貫くかの如く聳え立つ大木。それが周囲を幾重にも囲んでいる。
「……樹齢、数百年だって」
「ほぇ~」
奥へ進めば進むほどに木が高くなっていく。まるで、深い谷底を歩いているような気分だ。
「暗いけど、なんだか心が休まる感じ。俺にも闇長耳系妖精族の血が流れてるんだな」
母親が闇長耳系妖精族なのだが、おそらく故郷から飛び出したようで、ノルは森とは一切関わることなく生きてきた。森の種族であることを実感したことがなかったのだ。
「……気を抜かないように」
「了解。でも、なんだかいつもより感覚が研ぎ澄まされてる感じだ。意識しなくても周囲の動物の動きが分かる」
森の種族である闇長耳系妖精族は森でこそその真価を発揮する。それに、特にこの森はノルの言う通り、感覚が鋭敏になるのだ。これだけ深い森の中でも迷わずに歩けることが森の種族である証拠なのである。
所々にある大木の虚。そこで野営しながら旅を続ける。ノルが、そろそろ木だらけの景色にも飽きてきた頃……
「……もうすぐ着くよ」
「やった!遠かったな~」
ファノの故郷の村が見えてきた。
◇◇◇
「入れない?ここまで来たのに?」
「ああ、お前はダメだ」
「なんで?」
「他の種族の血が混ざっておるからだ」
排他主義の闇長耳系妖精族。噂には聞いていたが、村に入れないほどとは思っていなかった。
「そこを何とか!お願いします!」
こんな所で躓く訳にはいかない。目的の人物に会ってさえもいないのに。
「ダメったらダメだ!」
「……ダラス叔父さん、私の仲間なの、入れてよ」
「お嬢、例えお嬢の連れでもダメなんだよ。すまねぇな」
門番の兵士がファノの知り合いだったのだが、ファノからお願いしても入れない。
門で押し問答を続けること数時間。そろそろ日も陰って来る頃だ。
「何をしている」
森の奥からやってきた一団。おそらく狩人の一団だが、その先頭の者が押し問答を続けるノル達に話掛けて来たのだ。
「……エドラ」
「?……ファノ、か。久しいな」
ファノの知り合いである狩人の一団を束ねるエドラ。それなりに力を持っているようなので、ノル達はエドラを説得して村に入れて貰えるようにお願いする。
「遥々この村に訪れた同士。このまま追い払うのも忍びない。ただし、村の掟は掟」
頭が固すぎる相手であった。真面目すぎるため、掟を曲げることは出来なそうである。
「だが……俺と勝負して勝てるほどの男ならば認めよう」
「エドラ!それは!」
「問答無用。俺に勝てなければ諦めて帰ってくれ」
ノルの意思は関係なく話が進んでいく。少し前は村には絶対に入れなかったのだから、少しは希望が持てる。
「よし、勝負しよう。俺が勝ったら村に入れて貰う。負けたら諦めて帰るよ。
で、勝敗はどうやって決めるんだ?」
「負けを認めたら負けだ」
「勝負の条件は?無手とか?」
「何でもありだ」
村の入口近くの少し開けた場所へ移動すると、狩人の一団、門番の兵士達、ファノが見守る中、ノルとエドラの勝負が始まった。
エドラは距離を取らない。エドラは、近接距離で勝負するようだ。エドラの得物はナイフ。近接の中でも更にリーチの短い武器である。
ノルも腰からナイフを抜く。一応、短剣術も鍛えているので、それなりに扱える。
「『金剛』」
ノルは魔力による身体強化をかける。万が一、攻撃を受けてもナイフであれば致命傷は避けられるだろう。
「行くぞ」
律儀にも声を掛けてから仕掛けるエドラ。
「おう!」
エドラの初手は右胸を狙った刺突。ノルはそれを受け流し、反撃にエドラの右胸を狙った刺突を放つ。
エドラも攻撃を受け流しバックステップで一旦距離を取る。
エドラは一呼吸すると、鋭い飛び込みから、小手、右胸と連続して刺突を放つ。
ノルは小手をかわし、右胸への刺突を受け流し、バックステップで一旦距離を取る。
ノルは、一呼吸ののち、鋭い踏み込みからエドラの持つナイフ、小手、右胸を狙い刺突を放つ。
エドラは最初の二撃をかわし、最後の刺突を受け流すとバックステップで距離を取る。
ノルは何となく組み手のような印象を受ける。勝負とは言っているが、実力を見ることが目的なのではないかと。
それから、エドラの攻撃が少しずつ手数が増え、スピードが増してくる。ノルもエドラに合わせて手数を増やし、スピードを上げていく。
開始から一時間。
「ちょっ、待っ、ぅお」
エドラの速度はあの騎士カイラスも凌ぐのではないかという程に上がってきており、手数も数え切れない。組み手のような印象はとうに消え去り、殺されないように刺突を避けるのにノルは必死であった。
「どうした、この程度か?」
エドラにはまだまだ余裕がありそうだ。ノルはとっくに限界ギリギリである。
「ちくしょう、強ぇな。悔しいな」
ノルは強くなるためにここに来たのだ。だが、自分の弱さをここでも思い知らされ、何も出来ずに帰るようなことだけはイヤだった。
「『銀狼の覇気』『闇の乱舞』」
切り札をきる。ここで負ける訳にはいかない。出し惜しみしている場合ではないのだ。
ノルは鋭い踏み込みから、相手の懐に飛び込む。
エドラのカウンターの刺突が左腕を襲う。
ノルは掌でエドラの刺突を受け、そのまま勢いを殺さずにエドラにぶち当たる。
左手はナイフごとエドラの拳を握りしめ、足を絡ませ押し倒す。
「……参った」
ノルはナイフをエドラの喉元に当てていた。エドラが負けを認めたのだ。
「まさか捨て身で来るとは思わなかったよ。俺の負けだ」
ノルの左手からは夥しい量の出血がある。ノルは慌てて高価な治療薬を振りかけ包帯を巻く。
「負ける訳にはいかなかったんだ。最後は死ぬ気で行かせて貰ったよ」
「……ノル、もうやめてよ」
村に入れないで負けたまま帰りたくないからといって、死なれたら困る。ノルは、そうファノに怒られる。
死ぬ気でいったとは言うものの本当に死ぬ気は無かったと言ってももう遅い。素直に謝り、2度としないと誓わされる。
「ノル殿と言ったな……もう、尻にひかれてるんだな」
すれ違い様、エドラにそう声を掛けられたノル。
「エドラ、お願いがあるの」
ファノがエドラに話し掛ける。
「ノルは、魔術の身体強化を使いこなせてないの。村一番の使い手であるエドラに稽古をつけて欲しい」
まさか、今戦ったエドラが稽古をつけて貰う相手とは知らなかった。確かに、不意討ち気味の特攻でなければ勝てない程の強さであり、まだまだ底が見えていなかったのだが……
(じわじわ攻めてくるこの性格、そして生真面目な頑固さ。ちょっと苦手だな……)
「狩りを手伝うこと。条件はそれだけだ」
「ありがとう、エドラ」
「ありがとうございます」
何はともあれ、村に入ることが出来たのだった。
◇◇◇
「初めまして、ノルと申します」
ファノに連れられてファノの実家に泊まることとなった。
出迎えてくれたのは、少し歳上に見える妙齢の美女であった。
「エルミアだ」
ぽつりとそれだけを言うと女性はさっさと家の中に戻る。
何処と無くファノに似た顔立ちなので、歳の離れた姉なのだろうかとノルは考えていた。
「……私の祖母」
「えっ!お姉さんの間違いじゃないの?」
素直に驚くノル。耳の良いエルミアには、しっかりとノルの発言が聞こえていた。
家の中に入るとファノから事情を話す。
「ファノの話を聞く限りだと、魔力を闘気に変換する戦化粧の呪術を施して欲しいと言うことだな」
ノルは話の流れから、このエルミアがそれを実現してくれる人物だと考え至った。
「はい。是非お願いします!」
「……いいだろう」
意外にもあっさりと引き受けて貰えたことに驚くノル。頑固者だと聞いていたので、何か試練でもクリアしないといけないのか、と思っていたのだが……
「……はん、色欲ババアが。姉と間違えられたのがそんなに嬉しいかったのか」
ファノとは思えない口の悪さに驚くノル。
「時にノル殿……ファノとはやったのかえ?」
やった?何をと考えを巡らすノル。ふと横のファノを見ると顔を真っ赤にしている。
「えーっと……非常に言いづらいのですが……やりました」
「ちっ」
(し、舌打ちしたよね?あからさまに機嫌悪くなってる!)
「呪術を施すのは時間がかかるが良いか?」
「ど、どのくらいでしょうか?」
「そうだな……2ヶ月だな」
「ウソ、もっと早くできるでしょ!」
「ファノ、うっさい。2ヶ月と言ったら2ヶ月じゃ。嫌なら断るぞ?」
「ちっ」
(何この関係?何だか険悪なんだけど……)
「では、早速始めるか。奥の部屋へ。それと、服は全て脱いで貰うぞ」
「えっ?」
「ノル、気を付けてよ。色欲ババアだからね!」
「えっ!」
不安にかられ、奥の部屋へと連れていかれるノル。
「まずはノル殿の闘気を見せてくれ」
そう言われ、銀狼の覇気を纏う。
「ほう、銀狼とな。また珍しいのう。それじゃあ、早速服を脱ぎなさい」
真面目な顔をしているが、何処と無く目がエロいエルミア。
「脱ぎました」
「……全部じゃ」
「えっ、これも?」
「そう、全部」
全裸になり、エルミアの指示通りに布団に横になるノル。
「初めは痛いだろうが、そのうち馴れてくる。気持ち良くなるかもしれん。毎日二時間、少しずつ戦化粧を全身に彫り込んでいくからな」
「は、はい。お手柔らかにお願いします」
こうして毎日二時間、エルミアに呪術を施して貰うノル。
2ヶ月後には常に機嫌の悪いファノとニコニコ艶々のエルミアの2人が更に険悪な仲になっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆