魔法陣
いや、待て。
焦っちゃいかん。まだそうと決まった訳じゃない。
まずは力でいけるか試してみよう。思いっきり力を入れて・・・。
ふぬぬぬぬぬぬぬぉぉぉっ
「陣三郎さん」
ぐぬぬぅぅぅっ
駄目だ全く動かねぇ‼︎
くそっ口も動かん、声も出ねぇ!
「陣三郎さん」
うぉ!姫さん笑ってる⁉︎くっそ怖え‼︎もう手遅れだってのか⁉︎
「陣三郎さん!」
ん?
この声は・・・兄ちゃん?
竹林の兄ちゃんの声が聞こえる⁉︎身体が動かんからどこにいるか・・・いや、右斜め後ろにいるな。
・・・なんでわかるんだ?
「やっと気付いてくれましたね。ちょっと待って下さい」
お?身体が外れた?
幽体離脱というのか、鎧を着た俺からツナギを着た俺に剥けたというか・・・?
しかし、アレか。身体が動かないんじゃなく時間が止まってる感じになってたんだな。甲冑着てる連中はそもそも微動だにしてないから気づかなかったわ。
そんな事を考えながら振り返ったら俺の殻が居た。
・・・気持ち悪いな。
鎧がトゲトゲしいのもあるが、顔が俺と微妙に違う。鼻が少し高いし、目の色が青みがかってて少し人相が悪い感じになってる気が・・・、あと俺より髪が少し薄くて金色い。
案外ギュスターブでも違和感ないかもしれん。少なくとも陣三郎って感じじゃねぇな。
「陣三郎さん、大丈夫でしたか?」
「おぅ兄ちゃん、こんなとこまで来れるとは流石に神様だな。驚いたわ」
片手を上げて軽い調子に言ってみた。
「・・・余裕ですね」
「馬鹿言うなぃ、もうギリギリ過ぎてもう、どうにもヤバかったとこだよ」
おまけに動けなくなるしな。
「それはよかった。邪魔したかと思いましたよ」
言うじゃないか。
「それでのんびり出来るのかい?出来るなら一杯ひっかけて心を落ち着けたいとこなんだが・・・」
「すみません陣三郎さん。それほど時間がないんですよ」
だよねー。
「それで、ここはどこなんだ?」
聞きたい事はいっぱいある。
「すみません。私にも正確な事は分からないのです。召喚で開けられた穴を無理やり保持して、陣三郎さんが食べた私の力の痕跡を追っただけなので・・・。少なくとも我々が居た地球とは別の世界の様です」
だよねー。
魔族とか勇者とか言ってたものねー。ちょっと思ってたよー。
「それで、俺は帰れるのか?」
「すみません。陣三郎さんの魂がこちらの世界で受肉してしまっているので、残念ながら・・・」
そっかー、帰れんのか・・・。
「まぁ、仕方ねぇな。今は考える時間が増えただけでも十分に助かってる。ありがとよ兄ちゃん」
「・・・ポジティブですね」
「落ち込んだってなんも変わらんからな、今あるものを大事にせんとな」
「はい」
おおぅ、いい顔で笑うね。そうだよな、笑顔ってな見てて気持ちいいものなんだ。あんな怖い笑顔を見た後だと惚れちゃいそうになるね。
「さて、俺は勇者が残した一度きりの召喚魔法でここに呼ばれたみたいなんだが・・・、俺はあの姫さんに名前がバレるとどうなるかわからんか?」
兄ちゃん、俺の言葉を聞いてるのか聞いてないのか、キョロキョロと辺りを見回してしゃがみこんだ。
石で出来てる床を軽く叩き、指でなぞってる。
「なんか分かったか?」
「ちょっと待って下さい。うまくいきそうです」
兄ちゃんが石床にとんっと置いた人差し指の先から光が走った。
滑るように光が走って見たこともない文字と直線と曲線が描かれていった。
凄いな神様、怪しいとか思っててゴメンな。
光が走り、次々と文様が浮かび、全体像が見えてきた。円の中に三角が二つ、折り重なってそれが中心になってるっぽい。六芒星ってヤツか?
三角の先にそれぞれ丸があり、更にそれを含めて大きな円に囲われている。
そんで文字文字文字文字ときて、真ん中に俺の殻。
「召喚魔法陣?」
「そうですね、かなりの力が込められた強力なものです・・・。それこそ、神を作るかのような・・・」
ん?作る?
「どういう事?」
「陣三郎さん、あそこの円に何が入って居たか分かりますか?」
兄ちゃんが六芒星の三角の先にある円を指差した。
「ありゃアレだ。魔核結晶。長い年月を生きた魔獣の身体の中に、稀に出来るっていう魔獣の核だな」
なんだって?
「あそこには?」
その隣の円を指差した。
「あれは・・・本だな。魔書、万知の書。普通の人が読むと、強制的に流し込まれる知識によって一瞬で廃人にされるっていう曰く付きのアイテム」
待て待て待て待てちょっと待って。
なぜ俺はそれを知って・・・万知?の書?もしかして、その丸に置いてた六つの物が俺の中に混じってるって事か?
「その隣は?」
「かつて魔王が着てたっていう鎧だな、その次が時の宝珠、血殻水晶、んで・・・聖杯?」
突っ込みすぎだろ⁉︎なにがしたいだよコレ‼︎
「なぜ疑問形なのですか?」
「あぁそうか、なるほど。この聖杯に入ってる筈のものがなかったんだ」
コレ一つとってもかなり力のある物っぽいな。
「入ってるはずのものが・・・?」
「そう、多分コレ召喚魔法陣じゃなく、ここにある宝物を掛け合わせて・・・、それこそ神・・・の様なものを作る為のものだったんじゃないか?聖杯に本来入っているべき魂みたいなのが用意されてなかったのか、無くなってたんじゃねぇのかな」
「でも、陣三郎さんは召喚された訳ですよね」
「それなんだが・・・、コレ見ろ」
俺が聖杯があったと言った円、その外周に飾られた文字を指差した。
「他はみんな一行で囲ってあるのにここの円だけ二行で書かれてる」
「なんて書いてあるか読めますか?」
「えっと・・・、死してなお死を乗り越えし神血の混ざりし英雄の御霊、ここへ奉り捧げん。
此方より彼方へ、彼方より此方へその道を紡ぎ、かの英雄をここへ誘わん」
死んでも死を乗り越えるってどんな無茶だよ、おい。つまり、元々聖杯に入ってた御霊の事か?しかし、死を乗り越えてて神の血が混じってるって・・・。
ちらりと兄ちゃんの顔を見た。
「・・・」
なんか言えよ。
「これは私がおもてなしした所為でしょうか?」
「半分はそうなるかもな、半分は俺の所業だが」
神血か、血じゃないけど力が混じるとか言ってたものな。
「ま、まぁ、何がどうして俺が呼ばれたのかは分かった。けども今はその話をしてる場合じゃない」
「そ、そうですね。今はそれどころじゃありませんね」
「ん?兄ちゃん光が薄くなって字が読みにくくなってる。もちっと明るくしてくれ」
「すみません、限界が近くなってきました。もう余り持ちません」
「わかった。もうちょっとでいいから気張っててくれ」
えっと、どこだ?
これはきっとアレだ。本来の使い方じゃない使い方をしたからこの部分以外にもバランス悪くなってる所があるんじゃないのか?
聖杯の中身がない事も分かってて一文を足して無理やり起動させたんだろうし、この崩れたバランスをどこかで補わせてるはず。
ってすると名前を知りたがる理由も、無理やりに付け足した?
バランスをできる限り崩さないようにしつつ、内容を足せる所っていったら・・・。
「あった、ここだ」
一番の外周部分、ここならバランスをあまり壊さずに全体に効果が出せる。
「えっと、呪と血を持ちて紡ぎ契約と成す、我は其の御霊を縛り、真名を持ちて主従の契りとするもの也、我に名を成さず、契とせずばただ朽ちゆくを也、これを持ちて神の元より召喚と為す」
えっとつまり?
「名前を知る事によって奴隷契約を無理やりに結ぶ事が出来ますよ。契約しなければ召喚された者は間も無く死にますよ。この約束に従って神様のいる所から、見合った魂を呼び出しますね。って事ですかね?」
無茶苦茶だ!
こっちの意思と関係なく呼び出した挙句に奴隷にならないなら死ねってか⁉︎
「呪と血の契約・・・この我ってのは誰を指す言葉でしょうか?」
なに?
光が薄く成りつつある外周部分の魔法陣を指先で触ってみる。
こっちは実体がないから擦ったりは出来ないが・・・。
「これ血だわ」
指先からこれが何なのか知らせてくる。変な能力が増えてる気がするが、これ多分俺の中に色々と混じったせいなんだろうな。
しかし血か・・・、誰のなんて言う必要はないわなぁ。
「そこのお姫様の・・・でしょうね」
言うなよ。
「陣三郎さん、どうしますか?」
話から推測するに、契約を結べば恐らく大量虐殺者にされる。しなかったら死亡。
なら、答えは出てるわなぁ。
ただ・・・。
「気になる事が二つある」
「なんですか?」
「一つはここを滅ぼそうとしてるっていう魔族の事だ。本当に滅ぼされそうになってるなら・・・ちょっと考えたい」
「・・・もう一つは?」
「俺な、あの黒い靄の穴に吸い込まれた時にな、声を聞いたんだよ。助けてって」
「・・・」
「そこの姫さんと同じ声だと思うんだが・・・なんか違うんだよな。それを確かめたい」
「時間が・・・ありませんよ?」
「兄ちゃん、俺はどれ位の時間を生きてられると思う?」
「すみません、正確には測れませんが頑張っても一週間程度かと、ただ一週間ものうのうと生きられるなら縛りになりません。恐らく力の行使にも制限があるかと・・・」
俺の見立てと同じだな。問題はどういった制限が付けられてるか、か。
ふと何か気になって兄ちゃんを見た。
・・・なんか薄くなってないか?
「陣三郎さん、申し訳ありません。私の力が及ばなかったばかりに大変な目に合わせてしまいました」
「謝んなよ、兄ちゃんばっかりが悪いって訳じゃなし。まぁ俺は俺でなんとかやるよ」
「陣三郎さん・・・」
「もう時間なんだな」
「・・・はい」
「色々助かったよ、ありがとな」
さて、殻に戻るか。
背中から殻に重なるとずぶりと中に滑り込んだ。なんかちょっと気持ち悪いな。
「陣三郎さん」
「ん?」
「ご武運をお祈りします」
ふはっ、面白い事を言う。
「神に祈られたんじゃ、上手く行く気しかしねぇな」
兄ちゃんに向けて、笑ってやった。渋い顔してた兄ちゃんも、やっと少し笑ってくれた。
やっぱ人間、笑わなきゃダメよな。
・・・人間?
まぁいいか。
兄ちゃんの身体が薄くなり、笑顔を残して消えてった。
さてこっからだな。
すとんっと身体に何かが落ちた感じがした。
兄ちゃんが消えて、時間がまた動き出したんだな。姫さんの気持ち悪い笑顔をにも動きが・・・。
「くく、くひひっ」
笑い声が怖えよ!
「どうかされましたか?」
平静だ、平静を保とう。
「ギュスターブ様、良き名ですね」
笑顔が怖すぎるよ‼︎
こんなのまともな人間が見たらそれだけで失神するぞ‼︎
後ろの方でカチャカチャッと音がした。
後ろを振り向かずに見る。甲冑を着てるやつが震えてた。
あぁ、そうだよね。そこからだと顔、見えるものね。やっぱ怖いよねアレ。
つか、自然と意味不明な事が出来るようになってる俺も俺が怖いわ。
「召喚者、アンネマリー・パウル・ハウゼンベルクが名を持って命じます!」
いきなりか!話をしてからって話はどこ行った⁉︎こいつ何をそんな焦ってんだよ、焦るだろ。
「ギュスターブ・フォン・コペルニクスよ、その真名において私に従いなさい!」
平常心。平常心。
「何を急に言われますか。全ては話しをしてからではなかったのですか」
それとなく誘導して言質を取るように仕向けた方が楽だろうに、何を焦ってんだ?
「あなたの意思など必要ありません。さぁ私にかしずき真名を捧げなさい」
へ、へいじょーしん、へいじょーしん。
「断る」
わ、笑いそう。
「うぐっ」
か、身体が、ぁあ、なんだ、眩暈?意識が立ってられなくなる。
膝を突き、手を突き、必死に身体を支えようとして見せるが、支えきれない。
ガチャガチャと鎧が石床にぶつかり耳障りな音を立てる。
「貴女は・・・何を・・・」
「命を拒否するとそうなるのですね」
やっぱり知らなかったんだな。
なんとか身体を起こし、姫さんを顔を見た。泣きそうな顔をしてこっちを見てた。
・・・?
姫さんの目に光がある。どこかで見た事ある表情だな、おい。あれは・・・ああ、あれだ。
歩がまだ小さかった時に友達と喧嘩して、後悔して泣いてた時と同じ目だ。
どういうことだ?
「ギュスターブ様を私の部屋にお連れしておきなさい」
「よろしいのですか」
姫さんの言葉に黒甲冑の一人が話しかけた。
「私が良いと言ったら良いのです。どのみち私には逆らえません。それより疲れました、湯浴みをします」
「はっ」
ゆあみ?湯浴み⁇風呂入るの?俺を自分の部屋に置いて?風呂上がりに俺と対面して何する気だ?
それにさっきの顔はどういう事だ?暗い目の姫と今の姫、明らかに別人に見えた。
俺はまだ知らなければならない事があるっぽいなぁ。
そんな事を考えながら、俺は気を失った。
なんてな。