表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/114

竹林庵

 おや。


 ここはどこか。


 気が付けば竹林にいた。


 目を覚ましたという感じはない。歩いていたらここにいた?そんな感じだ。


 俺・・・死んだよな?


 じゃ、ここはあの世か?


 ふと、自分の服装に気付いた。


 黒地のジーンズ生地のツナギ。その上半分を腰で縛って履いてる。靴は履き慣れた登山靴。シャツは鼠色の綿のやつ。そして薄汚れた感のある白いタオルが頭に巻かれてた。


 これ、俺の仕事着じゃねぇか。しかも上等な方のやつ。

 普通、死んだら白い三角いのを頭に付けて襦袢じゅばんっぽいのを着るもんじゃねぇのかね?


 手は・・・ふしだらけのままだな、よかった。変に若くなってたりしたら落ちつかねぇとこだった。

 しかしこんな格好してたら死んだ気がしねぇな。


 死後に竹林ってのもなんか妙に意味ありげだしなぁ。


 でもって、この竹林がまたすげぇ管理が行き届いてる。下生えはキッチリ処理されてるし、無造作に竹が生えてる様に見えるのに、ある一定のラインから外れると歩きにくく進みがたくなってる。


 なんだこの自然に自然を捻じ曲げてるみたいな変態空間。

 ちょっとやりすぎてて若干気持ち悪いが、どんな奴がこんな整え方したのかちょっと気になる。

 まぁ、ここは大人しく先を見てみますかね。


 カサカサと竹の枯葉を蹴りながら歩き進んだ。


 二、三分も歩いたか、奥に建物が見えた。


 茅葺屋根かやぶきやねに土壁の平屋建て、最近はめっきりと見なくなった昔の家だ。

 その横に川幅1mほどの小川が流れてる。


 ・・・この川が三途の川って事はねぇよな?


 なんかわからんが、俺はここに誘われたんだろうな。

 そう思って玄関と思しき引戸を叩いた。


 ゴンゴンゴン


「誰かいるかー?」


「開いてるよ」


 それは開けて入れって意味か?


 間髪入れずに返って来た声は若い男のものに聞こえた。来たのが分かったから待ってたのか、呼んだから着くのを待ってたのか、どっちだろうな・・・。


 まぁ、いいか。


「ごめんよ」


 そう断りを入れて引戸を開けた。


 目に飛び込んで来たのは広い空間だった。


 畳一枚程の土間に、だだっ広い居間。二十畳はあるその部屋に柱が四本、所在無げに生えてる。

 左側の障子が開けられ、小川が見えていた。


 柔道場かなんかだろうか、ここは。


 そんな景色をぶち壊すような存在が居た。小川が望める障子の近く、ちゃぶ台を前に座布団に座る派手な若い男。


 逆立った赤い髪、膝に穴の空いたダメージジーンズ、なんか筋肉が強調される様なピチピチの丸ネック黒Tシャツ。

 これに銀のネックレスやら指輪やら指サックやらがあったら完璧なんだろうが・・・、装飾品は身に付けてないみたいだな。


「陣三郎さん、こっちですよー」


 手招きすんな、こっちはお前が怪しいから近づきたくないだけなんだよ。

 ったく。


 靴を脱ぎ、土間から板間を挟んで居間に上がった。

 しかし、なんだろうなこの茶室とは逆をいってるような部屋は。

 俺は男とはちゃぶ台を挟んで向かいの座布団の上にどかりと座った。


「やぁ、館林 陣三郎さん八十二年の人生お疲れ様でしたね。まぁ、一杯どうぞ」


 そう言って赤髪の兄ちゃんが、斜めに傾いた瓢箪型ひょうたんがたの酒器からぐい呑みに透明なものを注いだ。


 酒器からぐい呑みに注いでるんだろうから酒なんだろうが・・・ちょっと待て。その織部おりべ、俺のお気に入りのだろそれ。釉薬ゆうやく景色けしきどころか貫入かんにゅうまで同じじゃねぇか。このぐい呑みもだ。

 っていうか、どっから出した?さっきまでこのちゃぶ台になんもなかったよな?


 ちゃぶ台の上に、瓢箪酒器と赤い釉薬のれたぐい飲み二つ、それに炒り豆の入った小鉢が一つ。

 炒り豆は俺が酒を飲むのに好んで食う酒のあてだ。


 ふと甘い匂いに誘われて酒の注がれたぐい呑みを手に取り、香りを嗅ぐ。


 ついっと一口。


 ずずっと空気を含ませて、口の中で酒を回し、飲み込んだ。


 ぁあ!うめぇ‼︎


「これ、もしかしてつるしか⁉︎」


 つるし酒、絞るんじゃなく、吊るして一滴一滴を垂らし貯めた、大吟醸の中の大吟醸。


「いやぁ、酒飲みってのは違うね。まさか一口で当てるとは思わなかったよ」


 馬鹿言うな。これ一口でわかんなきゃ酒飲みじゃねぇよ。

 いや、待て。


「俺、死んだんだよな?」


「死にましたよ。いい騙しっぷりでしたねぇ、みんな泣いて笑ってましたよ」


「いやぁ俺もまさか出来るとは思ってなかったけどさぁ・・・、じゃなくてさ。これ何?」


 ぐい飲みを片手にもてあそびながら聞いた。

 死んでるんなら身体は無いだろうに、この掴んで飲んでるのはなんなのか。


「いやぁ、あっはっはっはっ」


 兄ちゃん、瓢箪から自分の所に置かれたぐい呑みに酒を注ぎ、一気にあおった。


「本当に美味しいね!」


 おい。


「ここにある物は、陣三郎さんの記憶とか思い入れがある物を、私が形にしている、と言えばいいのかな?そもそも、ここに来れる人って結構少ないんですよ?」


 ほう。


「この部屋にそれだけキッチリした格好で来られる人も珍しいですし、そんなにハッキリ自我を保ってられる人もまた少ないんですよ。さすが死んだ後に生き返った人ですね。魂が桁外れに強い」


 褒められてんのか?それ。


「あぁ、生き返ってはないのかな?実際死んだままだし、死んだまま動いて見せたって方が正しいのかな?そう考えるとより凄いですよね」


 やっぱり褒めてねぇだろお前。


「なんでもいいよ。こうして死んでまで酒が飲めるんだからな」


 瓢箪酒器から自分のぐい飲みに酒を注いだ。


「それで、俺はなんでここにいるんだ?」


 死後の世界にしちゃ風変ふうがわりが過ぎる。


「そうですね、あえて言うなら陣三郎さんのとくのせいでしょうかね?」


「徳ぅ?」


「陣三郎さん、戦後間もない頃、芋を分けてあげた親子の事は覚えておられますか?」


「知らん」


「その親子はその後、なんとか親戚を頼る事が出来たようですよ、あなたに大変感謝しておられました」


「・・・あの頃はとにかく食い物がなかったし、質も悪かった・・・大変だったよ。生きるだけで必死だったな」


 今じゃ死んだ先でこんな美味い酒を飲めるんだから不思議だわなぁ。


「戦地で襲われそうになってた女の子を逃した事は?」


「あのな、何十年前の話だと思ってんだよ。細けぇ事なんか覚えてる訳ねえだろ」


 ぐい飲みの酒をあおった。


「細かいですか?」


 兄ちゃんが俺のぐい飲みに酒を飲を注いだ。


「細けぇよ。俺はいつでもお天道様に面と向かって生きていきたかっただけなんだよ」


 思い出させんなよ、良い思い出よか悪い事の方が多かったんだ。あの親子かな・・・そうか、辿り着けたか。


 ボリボリボリボリ


 炒り豆美味えな。


「で、徳が高いとなんなんだ?」


「輪廻の輪に返る前に、ここで食事が出来ます」


「へぇ」


 ボリボリボリボリ


 美味い物が食える以外にもなんかありそうだな。


「陣三郎さん」


「あん?」


「未練はありますか?」


 未練ねぇ。


 酒器は・・・あゆむにやるって言ってあるし・・・あ、遺言に書いてなかったな。まぁあいつが欲しかったら自分でなんとかするだろ。

 そういや洋介と雄大に酒を仕込んでなかったか。


 まぁ、あいつらはいいか。


 未練つったらあれか、さすがにあれは心残りってか、結局、嘘付いた事になっちまったしなぁ。


「犬」


「犬ですか」


「あぁ、十年・・・十五年くらい前か二十年くらい前になるか。子供らもまぁ一丁前になってババァと二人でのんびり温泉でもなんて話してた時にな、ババァ癌になっちまってなぁ・・・」


 ボリボリ


 ババァが育てた豆で作ったババァの炒り豆、美味かったなぁ。


「三年頑張ったんたんだが、先に逝っちまった。んでしばらくはなんとなくな、畑作ってなんだかなぁって生きてたんだけどな、畑のそばに犬、落ちてたんだよ」


 側溝そっこうにはまってたんだよな、懐かしい。


「捨て犬か、迷い犬かはわからねぇけどな、もこもこした奴で、耳がぴょんとこしててな、愛嬌あいきょうがあったんだよ。まぁ死ぬまでくらいなら面倒みてやれっかな?って思ったんだがな」


 ズズッ


 酒は美味ぇな。


「死ぬまで一緒にいてやるっつってたんだが、不覚にも俺が先に逝っちまった。あれもいい歳のはずなんだが、俺をじっと待ってるかと思うと、ちとやるせねぇな」


 最初のうちはもこもこして小ちゃかったんだが、見る間にデカくなったなぁ。あいつ雑種だと思うが何犬だったんだろうな。


「で、未練がこことなんか関係があんのか?」


「ここで陣三郎さんが食べられた物は私が作った物です」


 そんなこと言ってたな。


「陣三郎さんは今、魂だけのような存在ですから、私の力が魂に混ざるのですよ」


「混ざるとなんかあんのか?」


「これでも、私も神の端くれですからね。神格が混ざります。まぁ、輪廻りんねの輪に入り再び転生する頃には色々と削ぎ落とされてますから、ちょっと魂の格が上がる程度ですけどね。陣三郎さんが望むなら、その犬にもここの食事を馳走ちそうする位なら出来ますよ」


 魂の格ねぇ。


「ま、本人が望むならそうしてやってくれ」


 兄ちゃんがちゃぶ台から横にずれ、居住まいを正して手を突き頭を下げた。


「承知しました」


 座礼ってやつか?ビシッとして綺麗な礼だが・・・。そんなカジュアルな格好してなきゃもっとかっこいいのに。


「では、そろそろお時間ですね」


頭を上げた兄ちゃんが少しだけ笑みを浮かべて言った。


「おぅ、そうか。色々と馳走になったな」


「いえいえ、私も美味しいお酒が飲めまして楽しかったですよ」


 そういや、俺の記憶から作ったとか言ってたものな。


 ふと、左側から不思議な気配を感じた。

 左側にゃ小川が見えてた筈だが、縁側の手前になにやら黒いもやきりみないなのが渦巻いてる。


「これが輪廻りんねの輪か?」


 なんか物騒ぶっそうな感じだな。


「陣三郎さん!それ違う‼︎」


 は?


 黒い霧にポッカリと穴が空き、あっという間に吸い込まれた。魂の存在だからなのか、踏ん張りとか一切きかなかったな。


 つうか、違うならこれ何よ。


 真っ暗だな。なんも見えんが・・・。

 なんか落ちてる感じがするな・・・、どこまで行くんだ?



(たすけて・・・)



 何?



(たす・・・くだ・・・い)



 そんな事、今言われてもなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ