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悪霊

 人一人がやっと通れる幅しかない薄暗い階段を、フーカとクグルを連れて降りる。


 ここも気持ち悪い空気に満ちているが、何故か襲って来る気配がない。


 そしてこの隠し通路、薄っすらとだが光っているので、少しでも目が慣れたなら階段を踏み間違える事もない。


 最初は光でもって目の錯覚を誘った罠でも仕掛けられているかと警戒もしたのだが、そういったものも無かった。


 階段のヘリがより強く光ってよく見えるのは、ただ単純に急な階段を踏み間違えないように配慮されているだけ?


 下へと続いている階段は一階を過ぎてもまだ下に続き、地下二階分も降りた位でようやく一番下まで辿り着いた。


 そこには通路と同じくらいの大きさの扉があった。


 ご丁寧にドアノブと扉の縁が薄っすらと光り、存在感をしっかりとアピールしていた。


 これは誰に向けた仕掛けなのか?やたらと丁寧すぎる気がする。


「行くぞ」


 と、声を掛けてゆっくりとドアノブを回し、扉を押した。


 音も立てず、すんなりと開いた扉の先にあったのは、意外にも明るい綺麗な空間だった。


 地下だし、もっと薄暗くて、埃っぽくて、ジメジメしててカビ臭い、もしくは血生臭いものを想像してたんだが・・・。


 明かりに照らされた広い室内に整然と棚が並べられ、板張りの床にはチリどころか埃一つ落ちている様子がない。


 空気が気持ち悪いのは変わらないが、誰が掃除してるんだ?

 今も誰かが使っているみたいだが・・・。


 静かに室内へと足を踏み入れ、並んでいる棚を覗き見る。


 一つの棚には本がびっしりと並び、その向かいの棚には何かよく分からない機械じみた何かが綺麗に並べられている。


 他の棚にはビンが並べられているものやら、魔獣の物らしい牙やら鱗やら、どれも一目ですぐ分かるように綺麗に並べられていた。


 ここまでくると病的だな。


 あと、どこからか視線を感じる。

 ここの主か?

 この屋敷に入って明らかな気配を感じるのは初めてだ。


「うほっ」


 ん?

 声?


 けど、なんだ?耳に聞こえたってより、頭に響いたって感じだった。


「フーカ、クグル、今の聞こえたか?」


 小さな声で聞くと、二人とも頷いた。


「笑い声でしょうか?」


「生きてる奴の声じゃないね。けど悪霊っていうような周囲に悪意を撒き散らす存在でもないみたいな?」


 ふむ。どうもよくわからないな・・・。

 ここで何が起こっているのやら。


「くふっくふふ、やはり・・・」


 ・・・。


 ここに来てなんだろうか。


 気味が悪いな。


 おどろおどろしくないのが逆に不気味だ。


 つまりはここに、何かぶつくさ言ってる奴と、こっちを見てくる奴、少なくとも二つ以上の何かがいる訳か。


 周囲を警戒しながら、図書館の様な棚の列の端まで歩き、本棚から顔を出して隣の空間を覗き込んだ瞬間、何かが来た。


 真正面に朧げな影が立ち昇ったのと同時に、真上から降ってきた。


 明確な敵意と害意を持った気配。


 これを身体をひるがえして躱し、捻った身体をそのままに敵意の気配に回し蹴りを撃ち込んだ。


「破邪ぁ‼︎」


 黒い人のような形をした何かが、蹴りに引き裂かれたのが見えた。

 手応えはない。けど、足に何かまとわりつく様な感覚だけが残った。


 蹴り裂かれた黒い何かは陽炎の様に揺らめくと霧散して消えた。


 消えたが、気配は捉えたぞ。


 棚から飛び出して消えたまま移動した気配を追い・・・。


 奥になんか居た。


「くっくっくっ、やはり儂は天才だっ」


 棚の列の隣は作業台やら炉の様な物やらが整然と並ぶ区画のようだった。

 工房か何かか?ここは。


 その区画の一番奥に、雑然と積まれた本やら紙やらに埋もれる何かが居た。


 他は全部綺麗なら並べられてるのに、あそこだけ生活感があるなぁ・・・。


 しかもあいつ、存在感はあるのだが生気を感じない。

 霊的なものだと思うんだが・・・、随分と生き生きとしてんなぁ。


 俺に害意を持って攻撃してきた気配は、こっちをちらちらと窺う気配を残しながら、その生き生きしてる霊に近付いていき・・・、


「うるさいっ!儂が集中してる時は話しかけるなといっおるだろうがっ‼︎」


 と、邪険に振り払われていた。


 なんか・・・、思ってたのと違い過ぎて、どうしたらいいか分からんな、コレ。


「なるほど、やっぱりそうだったんだ」


 と、クグルが何かを見ながら呟いた。


「何がだ?」


「いやぁ、何かおかしいとは思ってたんだよ。あるようでない気配だったり、機械的な敵意だったりさ」


 まぁ、それは変とは思ってたが・・・。


「前にあれと似た気配に包まれた覚えない?」


 似た・・・気配?


 クグルが言う気配って言うと、アレか?エルフの里の結界の事か?


「ってするとアレか?アレは」


「悪魔。僕よりも幾分か等級が下だね。若いのかな?」


「ってすると何か?上の悪霊騒ぎはその悪魔の仕業か?」


「それは本人に聞いた方が早いじゃない?」


 本人・・・ねぇ。


「くふっくひひっ」


 デカい机っぽい物に向かってるのは見えるけど、本やら何やらに埋もれてるし、ここからじゃ何してるのか分からんが、まぁとりあえず、今話かけても無駄なのは分かる。


「あいつは何してるんだろうな?」


「これではないでしょうか?」


 ん?

 フーカが作業台いっぱいに広げられている厚手の紙を指差した。


 一見すると魔法陣に見えるが・・・なんだコレ?


 万知さんがよく使う見慣れた文様とは全く違う。ただのグニャグニャとした模様が規則正しく描かれているだけのものに見える。

 そして何よりもよく分からないのが、模様の中心に立てられた十字の形をした金属の棒だ。


 しかし、何だろう?

 全く意味も分からないのに、何故か見覚えがある気がする。


 これも魔力を流したら動くのか?

 まぁ、勝手に触るのは良くないが・・・。


「これが気になるかね?」


 ん?


 顔を上げると見覚えのある奴が陽炎の様に揺らめきながら立っていた。

 本に囲まれた机の方を見ると、ぶつくさと言いながら何かしていた奴はいなくなっていた。

 いつの間にこっちに来たんだ。さすがは幽霊って事かな?


 襟のある上着を羽織った髭を蓄えたおっさん。

 上でみた影であり、エントランスの巨大肖像画に描かれていたのに似てる。


 というか、ご本人かな?


「ん、気になるね」


 そう答えるとおっさんの目が細まり、口元が三日月の様に歪んだ。


 笑った?


「くははっそうであろう?これこそ儂がその全てを賭けて開発している新しい魔法の形なのであるのだよ!」


 新しい・・・魔法?


「見るがいい」


 そう言ったおっさんは紙に手を置き、魔力を流した。


 魔力は端から魔法陣の中に流れ込み、グニャグニャした文様の中を循環しはじめ・・・。


 真ん中に置いてある金属の棒がクルクルと回り出した。


「どうであるか!」


 どうって・・・。


 それを一緒に見ていたフーカが、不思議そうな顔をして口を開いた。


「これに・・・何か意味があるのですか?」


 途端、陽炎みたいだった髭のおっさんの姿が暗い色に染まり、どす黒い霧を吐き出した。


「貴様らも・・・この研究の偉大さが分からんのか。この革新的技術の先にある無限の可能性が分からんとは・・・」


 なんか急に悪霊っぽくなったな。


「どいつもこいつも、研究を理解せんばかりか、人を狂人扱いしよって・・・」


 まるで呪詛の様な声だな。

 ま、とりあえずおっさんの状態はいいや。問題はこのおっさんの研究だ。


 未だクルクルと回り続けている十字の形をした金属の棒に手を伸ばした。


 黒くなったおっさんの影響で、さっきよりも勢いよく回っている金属の棒を指先で摘む。


 指先に摩擦が掛かり、すぐに棒の回転は落ちて止まった。


 指先に棒が回ろうとしている力が伝わってきているが、さほど強くない。


「これは研究途中のものだろ?今はどの段階なんだ?」


 黒いおっさんから吐き出ていた黒い霧がピタリと収まった。


「何故、そう思った?」


 どす黒い何かが渦巻いてるような姿になったおっさんが、こちらに顔を向けながら吐き出すように言った。


 俺は指で止めた金属の棒を引っ張り・・・、案外簡単に抜けた棒を確かめてみる。


 何の金属なのか?魔力を帯びてるが・・・。


 手に取った金属の棒を元に戻し、再び回り出したのを確認してからおっさんに視線を戻した。


「回転する力が弱すぎる。この程度の強さじゃ何にも利用できないだろ?もっと強い力で回るように研究してるんじゃないのか?」


 黒かったおっさんが、一瞬にして人の色形に戻った。


「分かるのか⁉︎この研究の偉大さが!」


 霊って感情が姿形に現れるものなのか?

 いや、その前に普通の霊ではないか。


「あぁ分かるぞ、あんたの研究はかなりトンデモないものだ。結果を出せたなら、世界に大革命が起こるのが手に取るように分かるよ」


 モーターだよな?これ。


「りっ・・・」


 り?


「理解者が居たぁぁぁぁぁ‼︎」


 おっさんか両手を広げて天を仰ぎ、光り出した。


 さっきまで悪霊っぽかったのに・・・なんか今、昇天しそうになってないか?


 しかし、電気もガソリンもないこの世界で一から作れる訳もなし、エンジンもモーターも完全に諦めてたんだが・・・。

 まさか魔力を燃料としたモーターを開発しようとしてる奴が居たとは・・・。


「できれば生きてるうちに・・・いや、関係ない。悪魔に魂を売り渡す事になろうとも、この研究を完成させ、儂を嘲笑った愚凡共に一泡吹かせる為だけに続けてきたのだ・・・」


 天を仰いでいたおっさんが顔を俺に向け、ゆらめいて近付いてきた。


「もはや死んでいるとて構わない。儂はついに理解者を、いや、同士を得たのだ!この上ない喜びである‼︎」


 どれだけ理解されてなかったんだ?

 利用法なんて腐る程あるのに。この世界が魔法を中心とした世界だからなのは関係あるのか?


 もしくは、このおっさんが説明下手過ぎてうまく伝えられなかったから・・・とか?

 いや、まさか。


「儂は・・・満足じゃぁぁぁ‼︎」


 おっさんの身体がさらに白く輝き、喜びの表情のままゆっくりと浮き上がりだした。


 ・・・あれ?これ、成仏しようとしてない?


「ちょっと待ておっさん、満足するなっ!まだ研究は完成してないんだろ!」


 浮き上がっていくおっさんの足に手を伸ばしたが、その手はすり抜け、おっさんそのまま天井へと浮いていく。


「おっさん!」


 おっさんにはもう何も聞こえてない様だ。


 理解されただけでそんなに嬉しかったとは・・・、ならもうしょうがないか。成仏しちゃってもいいか。


 なんて、天井に吸い込まれていくおっさんを見ていたら、


 バチンッ


 と黒い稲光が流れ、おっさんが撃たれた。


 天井に半分嵌っていたおっさんが白い煙をあげて、床にポスンと落ちた。


 何だ?


「悪魔と契約してこの世に残ってるんだから、今更満足した位で昇天出来る訳ないじゃん」


 と言ったクグルの方を見ると、黒い何か変な物を踏みつけていた。


 ・・・なんだあれ?

 よく見ると顔っぽいのがある。手と足も付いてるように見えなくもない。ただ全体が黒くてもやもやしてて見え辛い。

 実体があるように見えないんだが、どうやって踏ん付けてるんだ?


「クグル、それなんだ?」


「そいつと契約してる悪魔だよ」


「ほう」


 頭の辺りをグリグリと踏まれている悪魔。なんとなしに悲壮感が漂って見えるのは、踏んでるヤツがメイドの格好してるからだろうか。


「ネタされ割れちゃえば、格下の悪魔を抑え込むのなんて簡単だよ。それでどうする?このまま潰しちゃう?」


 うーん。


 頭を踏まれたままピクリともしない悪魔と、未だ白い煙をあげて動かないおっさんを見た。


「どうしようかね?」


 まずは話をしてからかね?

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[一言] いまだに更新を期待する、41の中年がいたりします。
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