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大往生

 200◯年◯月◯日


 俺は大学の講義中、危篤の知らせを受けて病院へと走った。爺さんが入院してから見舞いに行ったのは一回だけ。


 俺は爺さんが結構好きだった。

 けど、見舞いに行かなきゃと思いつつも、なんのかんのと理由を付けては先延ばしにしてきた。


 もうそんなに長くない。

 そんな事は分かっていた筈なのに。


 後悔先に立たずとは、まさにその通りだ。


 もう少しで二十歳になる。

 そうなったら爺さんと、爺さんの好きな日本酒を飲みながら話しがしたかった。


 子供の頃に聞いた戦争の話も、今なら全く違う物に聞こえる事だろう。


 だが、もう遅い。


 もう間に合わない。


 せめてもう一度、声が聞きたくて俺は走った。

 エレベーターを無視して、階段を駆け上がり、病室の戸を開いた。


「爺ちゃん!」


 病室の中には、すでに沢山の人が居た。


 父さん、母さん、誠叔父さん、従兄弟の洋介、顔を知らない人も何人かいた。


 すすり泣く声が聞こえてた。

 人垣で爺さんが見えない。


 俺は人を掻き分け、ベッドのそばに寄った。

 爺さんが気持ちよさそうに寝ている。

 そっと、手に触れた。


 冷たかった。


「爺ちゃん・・・」


 目から涙が溢れた。


 もうどうにもたまらなかった。


 その時、誰かに肩を触られた。


 振り向くと泣きながら俺の肩に手を置いている洋介がいた。


 洋介は誠叔父さんの息子で俺の一つ上の従兄弟だ。俺は子供の頃、こいつが大嫌いだった。


 お盆やら正月やら、親戚が集まり顔を合わせると影でよくいじめられてたからだ。


 俺が小学校一年か二年の時、俺はこいつに押入れに閉じ込められた。

 俺は暗い所が怖くて、出られないのが怖くて泣いた。

 見つけてくれたのが爺ちゃんだった。


 俺から話を聞いた爺ちゃんは洋介に聞いた。


「なんでこんな事したんだ?」


「だってこいつすぐ怖がって泣くんだもん。おもしろいじゃん」


 悪びれるでもなくそんな風に言った。

 それを聞いた爺ちゃんの顔から表情が抜けた。


「洋介。人間、怖いって思う事は大事な事だぞ。怖いって思わなくなった人間は、人間とは別のものになっちまう。分かるか?」


 腹の底から響く様な声だった。

 言ってる意味よりも爺ちゃんの方が怖かった。


「洋介、いじめってのは業なんだよ。犯した業は必ず自分に返るぞ。業が返る前に泣かせるのなんてやめな、泣くより笑ってる方がいいだろ」


 そう言って爺ちゃんは笑った。

 洋介は泣いてた。俺も怒られてた訳じゃないのに泣いてた。


 その日から洋介はいじめてこなくなった。


 今にして思う。


 あの爺ちゃんの顔は、色んなものを見てきたからこその顔だったんだろう。



「今さっき息を引き取ったよ。やすらかだった」


 俺の肩に手を置いた洋介が、鼻をすすりながらそう言った。


 せめて看取りたかった。

 涙が止まらなかった。


「辛気臭えなぁ、ジジィがボケる前に逝ったんだから笑っとけや」


 は?

 誰だそんなふざけた事言ってる奴ぁ‼︎


 顔を上げ、振り向こうとする前に正面にある影に気付いた。白い顔をして起き上がってる爺ちゃんが居た。

爺ちゃんと目が合った。


「爺ちゃん⁉︎」


 爺ちゃんがニヤリと笑った。


「おぅ、相変わらず泣き虫だな。てめぇは」


「じ、爺ちゃん生きてんの⁉︎」


「ちょっとな、死神騙せるか試してみたわ」


 爺ちゃんはそんな事言って、ふはって笑って倒れた。


 爺ちゃんの手を触って見たけど、やっぱり冷たかった。口に顔を近づけてみたけど、やっぱり息してなかった。


「死んでる」


 後ろで誰が、ぶふって吹き出した。

 俺も釣られて吹き出した。


 後ろにを振り返ると父さんが泣きながら笑ってた。叔父さんも洋介も、知らない人らも泣きながら笑ってた。


 洋介と目が合った。

 俺が頷くと、洋介も頷いた。



 小学校三年くらいの時に爺ちゃんに話してもらった戦争の話があった。


 その時の爺ちゃんの上官というのがかなりの馬鹿だったらしい。

 通信機の使い方を知らず、銃もまともに撃てず、茶の淹れ方すらも知らなかったそうだ。


 そして、事あるごとに部下を集めてはこう言っていたそうだ。


「日本は必ず負ける。どこで勝ったとか、どこを占領したとか情報が流れてきているが、どこまで本当なのかかなり怪しい。いいか、日本が負けるからこそ生きて帰らなきゃいけない、戦闘になったら逃げろ。適当に撃ってるふりして下がれ、負ける戦に命なんか掛けるな。生きて帰ることだけを考えろ」


 こんな話をしているのがバレたなら、即処刑されても文句は言えない程の危険な話だ。なのに何度も口すっぱく言ってたらしい。


 しかし、どんなに気を付けていたとしても死ぬ時は死ぬ。


 ある日、行軍中に運悪く敵と鉢合わせし銃撃戦になってしまった。

 みんな上官の言う通り、適当に戦闘しているふりをしながら下がっていたのだけれども、仲間の一人が流れ弾に当たってしまった。


 当たりどころが悪かったらしく、刻々と冷たくなる部下を抱き、上官はこう叫んだという。


「逝くな!生きて帰ると約束しただろう‼︎上官命令だ!死神なんか騙して帰ってこい‼︎」


 爺ちゃんはこの言葉がいつまでも忘れられないと言っていた。


「あの人は軍人としちゃ無能だったが、上官としちゃ最高の人だった。爺ちゃんな馬鹿で最高な上司の命令を守るために、一遍いっぺんな死神を騙そうかと思っとる」


 そう言ってニヤリと笑う爺ちゃんを、俺も洋介も何をアホな事言ってんだ。

 位にしか思ってなかった。



「爺ちゃんってやっぱすげぇな」


 洋介が言った。


「当たり前だろ、爺ちゃんだぞ」


 すげぇとは思ってたけど、死んだ後に起き上がるとは流石に思ってなかったよ、爺ちゃん。


「さぁ、親父の遺言だ。辛気臭いのは無しにして、笑って送ろう」


 そうだな、父さんの言う通りだと思うよ。


「それとな雄大ゆうだい


 父さん、なんか俺を憐れむような目で見てない?


「な、なにさ」


あゆむがもうすぐ来ると思うから、説明よろしくな」


「なっ!」


 慌てて周囲を見回したけど、確かにあゆ姉が居ない。


 非常に不味い。


 俺も洋介も爺ちゃんの事は好きだが、真に爺ちゃん子なのはあゆ姉だ。


 爺ちゃんがしてた習い事に、あゆ姉も付いて行って一緒に習ってた。


 あゆ姉が二十歳を過ぎてからは爺ちゃん家に泊まりがけで飲みに行ってた。


 小さい頃からべったりだったし、今でも週に2〜3は見舞いに来てた。


 なのに死に目に会えず、あのイベントも見逃したってなると・・・。


「父さん⁉︎」


 いねぇ⁉︎あのクソ親父逃げやがったな‼︎

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