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防戦

「おい柊、そいつだ。そいつが、私がさっき話していた〝英雄〟雨宮怜胤だ!」

「これが?」

「そう、英雄」


 自分で肯定して、雨宮怜胤はわずかに身を屈めた。


「さて、悪いんだけど……わたしの用事、済ませてもらう。どいてよ、ね!」


 次に辻堂に見えたのは、眼前から消えた柊と互いに得物を打ち合わせた瞬間の火花。


「ご挨拶ですないきなり切りかかるとは。礼儀知らずの刀法、だ!」

「うふふ。わたし、礼儀なんかより知りたいものが多くて、多くて」


 叫ぶ柊の声が右へ左へ流れ動く。これを追うように、相手の声も辻堂の感じる間合いの中を縦横無尽に駆け回った。


 ぎん、しゃりん、と闇夜にまたたく鋭い剣の軌跡は、所詮一般人である辻堂には追いきれない。止めようと声をかけることを早々に諦め、考え込む。


「おいおいおい……まさかこんなところで出くわしてしまうとはな。だがつい三日前は県ふたつ向こうにいたんだろうに」

「歩いてきたらしいですよ」

「そうか、まあ交通機関を使えば手の者に露見しとるわな……ってうお、千影?!」

「いま気づいたんですかぁ」


 辻堂を抱え込むように腹部に顔を押し付けていた千影が、もぞっと視線だけあげてこっちを見ていた。ぶつかってきた飛来物は、千影だったのだ。どぎもを抜かれてビクつく。


「お、お前さんなぜ、」

「いやー、喧嘩売られたので買ってみたら、堂さんのお仕事対象の英雄さんだったとは……しかもこんな強いとは思いもしませんで、ばっと逃げ出してきたのですはいー。でも追い付かれて吹っ飛ばされまして」


 見れば彼女はずたぼろだった。なにやら道着と思しき衣類を着用してはいるが、あの得物で斬撃を食らったのかところどころ切り裂かれている。よく使っていたトンファーも砕かれて、そばに落ちていた。一応、鋼鉄製のはずなのだが。


「でも吹っ飛んだおかげで堂さんに受け止めてもらえたのは役得いただきです、ふへへ」

「なに笑っとるのだ。というかなぜお前、喧嘩など」

「うちの道場にも破りにきたですよ、あのひと」

「あーそうか道場に……おいまてなんだそれは初耳だぞ。お前道場持っとるのか」

「正確にはわたしの家がですね。で、宿屋さん通うのに近いからそこにいまは暮してるんです」

「いや聞いてないぞそんな話!」

「言ってませんですもん。実家のこと、あんま話したくなかったですし」


 口をとがらせ千影は目を背ける。

 いや、だとしても今回は道場破りを破るという案件なのだ。自分の家も狙われそうだというなら、事前に申告くらいしてほしかった。辻堂は頭を抱える。


「まあいい、話さなかったのはいい。しかし、ケガは? 体は無事なのか?」

「おかげさまで。堂さん受け止めてくれなかったらまずかったかもですが、このとおりぴんぴんしてますです」

「そうか……」


 ひとまず安堵した。

 だがいまだここは死地だ。まだ完全にだらけきるわけにはいかない。


「千影、立てるか。念のためもう少し離れるぞ」

「離れるというか、もうそのまま宿屋さんまで戻っちゃったほうがよくないです?」

「いや、そこまで逃げる必要はあるまい。柊が倒してしまうだろうから、三人でふんじばったほうがよかろう。ああでも、拘束した上で運ぶなら車を回してきたほうがいいか」


 頭の中で行動の算段をつける。するとなぜだか、千影はじとっとした目で辻堂を見上げた。


「……柊さんのことずいぶん信頼してるですね。まあそりゃ、わたしよりはずっと強いですし頼れる男のひとだとは思うんですが」

「ですが、なんだ」

「ちょっとだけ――英雄さんを、甘く見過ぎかもです」


 口にした瞬間、千影の懸念が現実のものとなった。

 ひゅんと辻堂をかすめる突風。

 住宅街に響き渡る重たい衝突音。

 ずしん、と大気を震わせて、ぶっとんできた柊は辻堂がぶつかりそうになった壁へ垂直に着地した。足裏と壁の間で耐え兼ねた下駄が、砕け割れて地面に落ちる。

 それらの破片と共に、とんぼを切って地面へ降り立つ。だが空を舞う動きは、忍として見せてきた常の軽やかさがない。重く、滞っている。


「……っやりますな、向こうも。倉内さんでは勝てないわけです」

「さりげなくわたしを下げるのやめてもらえないです?」

「事実は事実として認めておいていただきましょう」


 千影と言い合いながら白い浴衣の袖口で目元の血をぬぐい、柊は右手の五指をぎゅうと握りこむ。だが五本のうち薬指の動きだけが少し速い。各指に結わえ、操っていた糸の一本を切られたのだろう。

 薄闇の向こうで怜胤はけらけら笑う。構えた得物――ソードブレイカーが、ひどく危うげに光を放つ。


「ほら。やっぱり、柊さんでもヤバそうです。宿屋さんまで戻って援軍呼んだがいいですよ」


 千影が袖を引いて言う。それでもまだ、辻堂は柊の負ける姿を想像できない。

 ところが当の本人から、自己申告で分の悪さが知らされた。


「認めるのは癪なのですが倉内さんの言うとおりですな。できればぱとりしあか川澄さんをお願いしたいです。斬り合いでは少々てこずりそうでしてな」

「おい柊。アレは、そこまで言うほどの、」

「言うほどの相手です。まったく、すぐ近くだからと無精をしたのがいけませんでしたな、いまの数合で」


 柊が左腕を振る。

 袖口から、がらんがらんと金属片が転がり出た。なにかと思ってみてみれば、柊の愛用している接近戦用の短刀数本、その残骸だ。よく見れば最初に左手に持っていた一刀も、半ばから刀身がへし折られていた。


「手持ちの得物がすべてやられました。残るは糸だけです」

「マジか……」


 あぜんとするしかない。戦闘に関しては門外漢だが、それでも辻堂の知る限り、柊ほど人間の限界に迫った者はいない。

 怜胤は、人の限界を超えるというのか。


「まったく、やりづらいことこの上ない。あれは、卓越した素人(、、、、、、)だ。洗練された、熟練していない動き。微妙にこちらの読みの拍子を狂わせてくるソレに加え、向こうは自他の動きの差を織り込んだ天性の予測カンを駆使してくるのです」


 反吐でも出そうな顔で、柊は苦々しげに言った。

 それはまさに、先刻辻堂と話し合っていた存在そのものだ。

 才のみですべてを蹂躙する者。自己の肉体を研ぎ澄ますのでなく、極限まで使いこなせるようになっている(、、、、、)者。

 すなわち天恵を受けし者。

 経験でなく天賦のものですべてを為す。

 ひとを超えし人――


 〝英雄〟。


「合点がいったのです。ひとを超えようとか、そういった流儀の魔術結社に生まれたならば、ああいう存在と成り果てるも自明のこと……ふう」


 すっと目を伏せ、柊はこきこきと首を鳴らした。

 次に目を開けたときには、どこか覚悟の定まった顔をしていた。一歩前に出る。


「辻堂さん、転移の符札は」

「……私も近場の散歩にはさすがに持ち歩いておらん」

「なるほど。では、行ってください」

「柊、お前」

「殿をつとめるだけです」


 ひゅ、と手の内で折れた短刀を反転させ、刃の峰に指を這わせる。

 右手でも、先ほど地面に散らした破片のひとつを指先につまんでいる。


「死ぬ気は、ないのですよ」


 言った柊の前で、風がはじけた。

 両腕を袈裟懸け、空に十字を刻むように振り抜いている。わずかに時間差をつけた二連投擲は、じりじりと間合いを詰めようとしていた怜胤を狙った。

 ところが。


「えっへへ、その軌道は見えるよ」


 怜胤もソードブレイカーを擲つ。柊の放った軌道をかすめるように、飛んでくる。辻堂が身をすくめるが、こちらを襲う刃は柊がぱしんと柄を握りとって止めた。

 対する怜胤は無造作に、得物を手放して空になった左手をかざした。

 直後、驚くべきことに。

 柊の投げた破片たちは、空中に突き立った(、、、、、、、、)ように見えた。


「なっ……!」


 驚愕する辻堂の前で、びいいん、と薄い刃が震えて止まる。

 怜胤の掌に触れた瞬間、まるでそこに目に見えない壁があるかのように、たしかに突き立って静止する。


「ふふ」


 笑う怜胤。

 折れた破片と短刀と、――加えてさらに二つの破片(、、、、、、、、)。不可視だった柊の三、四打目に、それを止めてみせた怜胤の能力に、辻堂はもはや開いた口が塞がらない。

 ばらばらと、破片が落ちたのを見て柊は舌打ちをかましていた。


「ちっ。投げた得物の軌道の下に隠して、地面の破片を蹴り打ったというのに」

「……お前さんも大概だが。ありゃ、なんだ。なんらかの異能か?」

「魔力の発動はありませんな。つまり僕の見せた手品と同じ」


 技術。淡々と言ってのけたが、とんでもない話である。

 ひとがあるものを異能や魔術と呼びたくなるのは、それがあまりに自分からかけ離れたものだと感ぜられるからだ。ここまでこちら側の世界に浸かっている辻堂でさえ、自身が使っているものでないためかいまだ魔術に対して隔絶の感を覚えている。

 対して技術とは、自身の住まう世界の延長に認められるもの。おぼろげながら、輪郭を捉えられるもののことだろう。


「いや、お前さんのはぎりぎり手品で許容できるが、あれはちがうだろう……」

「本質は同じなのですよ。相手の虚を突く、ときにきょく。武術をはじめとして人間の身体操法にはさまざまなものがありますが、到達点はどれも似通った性質を秘めているのです。ひとの意識の間隙にて敵を挫く」


 人知を超えた、ひとの身にあらざる業。

 そう認知される業には、共通点があると。言われても辻堂にはわからない。怜胤は話し合いをつづける辻堂たちに飽いたのか、ぶんぶんと残った一本の得物を振るいながら詰め寄ってくる。


「話終わった?」

「ええまあ一通りは。にしても、でたらめな腕ですな」

「そっちこそ、右手ほとんどまともに使ってない。でたらめはお互い様だよね?」

「どうですかね」

右手そっち()は、攻めには使ってくれないの?」

「あなたが絶対にこちらの二名に手を出さないとは言い切れませんのでな」


 ひゅん、とまた右手を振るう。視認しづらい、細い糸が風に流れた。

 ……どうやら柊はいまの激戦の中でさえ右手で糸を操り、攻撃圏から辻堂たちを守れるよう怜胤との間に常に柵を張っていたらしい。足手まといにならぬようにと逃げるつもりだったが、すでに辻堂たちは重荷になっていた。

 柊ひとりでならば、得物を失うこともなく抗せたのかもしれない。


「柊、私たちはうまく逃げる。だから右手も使え!」

「無理です」

「なぜだ!」

「そうすれば勝てるかもしれないことくらいはわかっています。でも、無理です。理屈でいくら理解していても、いまの僕にはできないのです」


 ぎゅっと右拳を握り、空中に糸をさまよわせて。


「守る以外の戦いはできません」


 彼の生き定めた道を、宣言した。

 まったく、どうしようもない不器用なやつだった。

 となれば切り抜ける手はほかに求めるしかない。なにか、なにかないか。雨宮より渡された資料と集めた情報を並べなおし、辻堂は状況を解く一手を求める。


 雨宮怜胤。このひととしての限界を突き詰めた存在を、どう止める。


「……んー、強いのに。そんなに強いのに、攻めてはくれないかぁ」


 こりこりと、一本だけになったソードブレイカーを見つつ彼女は頭を掻いている。

 それからちらりと、柊の顔を盗み見て。


「これじゃ、わたしが優れてるって証明にはならないなぁ」

「僕が負けを認めるだけではだめなのですか?」

「口先だけなんて信用ならない。全力って目をして、本気の顔で狙ってもらわなきゃわたしが完全だって認めらんない。……でも本気出せないのがいまの全力っていうんじゃ、しょうがないね?」


 見てるこっちがぞっとするような凄絶な笑みと共に、怜胤はソードブレイカーを向けた。


「どういう経緯で強いひとなのかわかんなかったケド……そろそろさよならしようかな? 奥にいる子とも、決着してないし」


 こまったこまった、とぶうたれながら、しかし放つ威圧は重たさを増していった。

 まずい。防戦一方で実力を発揮できない柊ごと、千影を討つ姿勢に入っている。


 ――子供じみた優劣判断をすべてに適用する強者。

 彼女は強さを振るいたがっている。加えて、その価値観をほぼ無理やり相手に強制している。


(つけ入る隙がまだあるとすれば、それはこの精神性のはず――)


 辻堂は考える。

 優劣をつけたい彼女。

 道場破りというかたちをとっていた。

 ただ圧倒するのでなく、柊の実力を引き出そうとしている。

 と、なれば。


「……悪いな柊、先に謝っておく」

「なんです。突貫してみるなどというのでしたら末代まで呪いますが」

「たぶん私で末代だから勘弁しろ。それに突貫などせんわ。ただ」

「前置きはいいです。僕に遠慮など要りませんよ」


 呆れたようにため息をつかれると、さすがになんとも言えない気分になった。

 覚悟を決めて、辻堂は言う。


「……おい雨宮怜胤!」

「なぁに」

「こいつに実力を出させずに倒すのでは、お前も本望ではないのだろう! ならば少し猶予をよこせ! なにしろこいつも――流派の嫡子だ!」


 柊がぴくりとして、次いでああ、と納得の顔を見せた。

 彼からするとあまり触れられたくない過去だとは思ったのだが、この場において怜胤の注意をそらすにはうってつけの言葉だったと理解したのだろう。気にせずともよいのに、と口の動きだけで、彼は言った。

 怜胤は首をかしげ、にやりと笑った。


「……ふうん?」

「だから、看板がほしければ。自分が優れたることを証明したければ! こんな野試合ではなく礼儀に則ってもらおう」

「礼儀って?」

他流試合(、、、、)だ。この倉内千影とも、流派の名をかけて戦ったのだろう?」


 辻堂は宣言し、彼女を指さす。


「ならばこの男ともそうするべきだ。暗狩流――その、流派として」



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