敗者
雨宮怜胤は英雄だ。
生まれながらの、英雄だ。
そう言い聞かせられて今日まで十五年を生きてきた。
「うふふ」
しゃりん、と音を立ててソードブレイカーを納める。
くるりときびすを返し、頭の後ろで手を組みながら歩き出す。
そんな彼女の背後には、倒れ伏した人々の山。折られた得物の数々。
徹底抗戦を誓ったとある道場の者たちを、一人残らず叩きのめした痕跡だった。
「それなりに強かったよ、賎機流殲闘術」
言って怜胤は、口許を濡らした血を長い舌先で舐めとる。
己の血ではない。倒した者どもから被った、返り血である。
彼女は身に傷一つ負うことなく、向かい来る者をすべて打倒したのだ。
「……そんな……莫迦な」
床に伏せる初老の男が言う。男はここの道場主であった。
しかしその自負も、この決闘によって砕かれた。ちょうど彼女のソードブレイカーに折られた腕と膝のように。ぽっきりと、己を支えられなくなった。
握りしめていた刀にこもっていた魔力も、すうっと消えゆく。己の業が途絶えたことを悟り、男はようやく握る力を緩めた。
業の名は〝弐重衝〟。男がこの国の裏社会、魔なる者どもが跳梁跋扈する世界をすら切り抜けることを可能としてきた奥の手、『魔術儀式と剣術の複合技』だ。
それすら、この少女には通用しなかった。
あまりに暴虐。あまりに残虐。
娘による蹂躙は、自分たちの積み上げた数十年の否定だった。
「ああ、面白かった。ありがとね。じゃあ、次にいくから」
後ろ手を振りながら少女は去りゆく。
崩れ落ちた流派の猛者共。そこにかける言葉が、謝意ひとつだった。
道場主だった男は、完敗に涙さえ流しながら怜胤の背を見つめていた。
「ど、どう、やって……それほどの、業、を……」
「んー?」
絶え絶えの声で問いかけると、怜胤は足をとどめた。
振り返った顔はどう見ても、年相応。おぼこ娘だ。見れば見るほど、こんな小娘に己らが打倒されたなど信じがたい。
けれど現実は現実なのだ。ならばせめて、納得がほしい。
こう思っての問いかけに、しかし少女はわからないという顔をした。
「どうやってってなに?」
「その、得物の扱い……異能の戦闘術……どのように、そこまでの高みへ至った」
「? ああそういうのね」
一瞬遅れて理解を示し、怜胤は両の太腿に提げたソードブレイカーを、ぽんと叩く。
次いで男に、絶望の一言を告げる。
「べつに。なにも。最初からこう」
「……は、」
「たぶんわたし強いの。なにかしたからってわけじゃなく最初から。これも面白そうだと思って持ってきただけで、使うの二回目だし」
かっこいいでしょ? とはにかんで見せて、怜胤はソードブレイカーをひゅんひゅんと指先に回す。
その抜剣すら見えなかった。
これほどの扱いの熟練度が、『熟練しているわけではない』のだ。
男は打ちひしがれるしかなかった。
「でも実際強いかどうかって、比べてみないとわからないでしょ? だからいろいろ、試してるの。わたしがどれくらい強いのか、ほかのひとの強さを剣でもって尋ねるの」
「……なぜ」
「わたし、英雄だから」
よくわからないことを言ってにこっと笑い、ソードブレイカーを納める。
「完全なの。完全なはずなの。だから比べたいの、ひとと強さを競って。自分が優れてることを知りたい。だからできそうなことからやってく。できそうだからやる。できることはしてもいいこと。だよね?」
緋色の髪をなびかせて、謳うように言う少女は去りゆく。
「だって私、死ぬわけないと思うけど、死ぬ覚悟できてるし――自分がされて嫌なことじゃないなら、してもいいこと。だよね?」
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