第1章 第47話 父と娘
翌朝、フレイザー、ダレン、ホーマー、クレアがコーカス村の周辺の実地検分を行う。丘からコーカス村を眺めるフレイザー。
「酷いな」
隣に立つホーマー。
「これは一度、水を抜かないと何ともなりませんね」
ダレン。
「兵がいるので、作業は出来ます。ですが、兵も疲れています。戦いの疲れよりも、精神的に疲れていますね」
クレア。
「そうね。中佐に騙されたとはいえ、何の罪もない村を攻めたんですからね。ましてや、その中にリリーナ姫がいたなんてね」
フレイザー。
「色々と立て直すには時間がかかるな」
「えぇ」
「それと、生き残ったコーカス村の人々を、とりあえずルード宮殿近くに避難させよう」
「それがいいと思いますわ、将軍」
「コネリーには手紙をしたためておく。それを部下に持たせるか」
「あと、護衛もつけてお願いします」
「分かっておる。500もおればよいだろう。こちらの水抜きとか復興にも人手がいるしな」
「それが、よろしいかと」
「あとアギトなる人物の事を聞いておかないといけないな」
ホーマー。
「そうですね。あの得体の知れない人物の事を」
クレア。
「あとで話すわ」
ホーマー。
「ところで娘達は?」
「皆、交代でアギト君の様子を見守っているわ」
「リリーナ様や、バディ君も?」
「そうよ」
「…」
一同はテントに戻り、朝食を摂る。肉体的にも、精神的にも疲れ食欲はないが、無理やり胃袋の中に詰め込んでいく。でないと、今日という日を乗り切る事が出来ないから。それから2日後の夕方、やっと目覚めるアギト。
「こ、ここは?」
微笑むジーナ。
「お早う、アギト君!」
「ジーナさん」
「心配したのよ、アギト君」
「どうして?」
「あれから3日も眠ったままだったのよ」
「3日も! ところでここは?」
「ここは、簡易テントよ」
「そうか」
起き上がろうとするアギト。
「うぐ、いたたた!」
すかさずアギトの身体を支えるジーナ。
「痛いの、アギト君?」
「あ、あぁ。全身ひどい筋肉痛みたいだ」
「あれだけ暴れたんですもの、仕方ないわよ」
その時リリーナ、ミア、バディが簡易テントに入って来た。3人の女性がアギトの顔を見る。リリーナ。
「兄様、やっと目が覚めたんですね。良かった!」
ミア。
「もう目を覚まさないかと思った」
バディ。
「心配したんだぞ、アギト!」
「皆、心配しすぎだ。俺なんかの…」
アギトは言葉を途中で止めた。何故なら彼女達の顔が今にも泣き出しそうだったから。近くに置いてあった国切丸を手にすると、それを杖代わりにして外に出る。リリーナが肩を貸そうとすると、それを拒否するアギト。
「すまないリリー。少し一人で様子を見たいんだ」
「でも…」
「大丈夫だから」
4人の女性はテントから出ると、心配そうにアギトを見守る。コーカス村の周辺は、まだ水がはけていなかった。
「まだ水が半分ぐらい残ってるな」
そこでアギトはある場所に目が留まる。
「あそこは?」
ふら付きながらもその場所に向かう。そこにはスタンリー王国の兵と村の住人の遺体が並べられていた。
まだ、全員の遺体が回収されたわけではない。しかし、その中にアギトの知る顔が幾つかあった。近づくアギト。
「そ、村長! 隊長! レスさん!」
アギトは一人、一人顔を撫でていく。
「皆、すまなかった。俺があんな作戦を立てなければ。俺がもっと強かったら。俺が…」
うずくまるアギト。
「みんな、みんな…」
そこに一人の女性が現れた。
「アギト君、身体はもういいの?」
「ジーンさん! 俺…」
「自分を責めないで、アギト君」
「でも」
アギトに寄り添うジーン。
「夫を褒めてあげて。彼は最後まで私達を守ってくれたわ」
「そうだな、レスさんは本当に凄い人だ。ジーンさんやケビンの為に、そして、リリーの為によくやってくれた。感謝しても感謝しきれない」
涙を浮かべながら喜ぶジーン。レスの遺体に近づくと、彼の髪をなでる。
「アナタ聞いた? アギト君が褒めてくれたわよ、『よくやってくれた』って、アナタ…アナタ…」
ジーンの瞳から涙が溢れ出す。
「ゴメンなさい、アギト君。少しだけ、少しだけでいいから胸を貸して」
「いいよ、ジーンさん。こんな胸でよければいくらでも」
アギトの胸に顔を埋めるジーン。
「あの人は、レスは本当に私にはもったいない人だった…なんで、なんで……うわぁーーーーー!!!」
アギトはジーンを強く抱きしめ心に誓った。
「レスさん、村長、隊長、皆の仇は必ず俺がとる!! 待っていろ、レオナ!! いや、ザイン!!!」
しばらくして、アギトはクレアに誘われ将軍達と会談をする。テーブルには右からホーマー、フレイザー、ダレン。アギトはフレイザーの前に腰を掛ける。その右横に座るクレア。先に挨拶をするフレイザー。
「私はスタンリー王国の軍を統括しているフレイザー・アルマンだ。将軍をやっている」
「お、私は異世界から来た龍宮アギトです」
「アギト殿、今回のご助力、大変助かった。皆を代表して礼を申す。ありがとう」
「私の方こそ、この間は少々言い過ぎました。すみません」
「あんな状況だ、別に貴殿を責めたりはせんよ。それに今回の件を考えれば、貴殿の言う事は正しい」
「…」
「クレアから聞いたが、貴殿にだいぶ世話をかけたな。村の事、そしてリリーナ様の事」
「私はアルト・ブーリンと融合してしまい、リリーとは妹として接してきました。だから、リリーを守る事は私には当たり前の事です」
「貴殿にそう言ってもらえると助かる」
「いえ、それよりその貴殿をやめてもらえませんか?」
「なら何と言えばいい?」
「アギトでかまいません」
「そうか、ならばそう言わせてもらおう。それと彼の紹介がまだだったな」
フレイザーがホーマーに目配せをする。
「私はクレアの夫でホーマー・アイマ・ラッセル。ルード宮殿で近衛隊隊長をしています」
「貴方が?」
「だいぶ娘達が世話になった様だな」
「いえ、こちらこそ」
「ところで、この間の事は覚えているかね?」
「?」
「キミは私に向かって恫喝したのだよ『死にたくなければ黙ってろ』とね」
「貴方!!」
「…」
「あんな状況だ、覚えていないかも知れないな。それをとやかく言うつもりはない。だが、今度クレアに剣を向ける事があれば、私はキミを許さない!」
アギトは冷めた顔で返事をした。
「分かった」
腹を立てるホーマー。
「それだけか?」
仲裁に入るフレイザー。
「ホーマーもういいだろう。彼がいなければ事態は好転しなかった。そこらへんにしておけ」
「わ、分かりました」
「ところで、キミのあの目と胸の刻印の輝きを教えて欲しい」
先程と顔の表情と口調が変わるアギト。
「俺自身、分からない」
「分からない?」
「あぁ、自覚がない」
「あの紅から金色に変化したのも?」
「あぁ」
「では、あの水色と金色の球体は?」
「俺が聞きたい」
「では…」
「悪いな将軍、俺は疲れている。話はここまでだ」
一方的に話を切り上げるアギト。アギトの対応の変化を読み解くクレア。
(旦那の話から態度が変わったわね。相当怒ってるわねアギト君。何とか元に戻さないと)
アギトの後を追うホーマー。
「アギト君、待ちたまえ。一方的に話を切り上げるのは失礼じゃないか?」
「…」
「それともキミの元いた国ではそれが普通なのか?」
「さっきも言ったが、俺は疲れている。それが理由だ」
仲裁に入るクレア。
「貴方、もうやめなさい」
「しかし、クレア」
「彼は疲れているの!」
「だが」
「こっちに来なさい!」
クレアに耳を引っ張られるホーマー。そこにアギトを心配して見に来たジーナ、ミアが現れた。
「お父さん、どうしたの?」
ジーナがホーマーに訊ねる。
「いや、何でもない」
今度はミアがアギトに訊ねる。
「アギト、何か…」
言葉を遮るアギト。
「何でもない」
「まだ何も言ってないよ」
「お母さん?」
「仕方ないわね」
説明するクレア。それを聞いたうえで答えるジーナ。
「確かにあの時のアギト君は行き過ぎた処はあったけど、それを蒸し返す事もないでしょ」
ジーナを援護するミア。
「ボクも同じかな。いつものアギトなら、あんな事は言わない。あの時のアギトは何か必死で、普通じゃなかった。だから、あの事はあえて言わなくても」
反論するホーマー。
「だが、大事な事だ。今後、彼の力が必要になるだろう。その時、あんな状況になる度に彼が変貌してはこちらも安心できない」
「勝手に俺を頼るな。俺は信用できない異世界人だ。俺は俺で勝手にやらせてもらう」
「その態度が我慢ならない」
「なら答えは簡単だ、俺を殺せばいい。しかし、アンタに俺が殺れるのか?」
剣に手をかけるホーマー。
「遅くてアクビが出るな、ホーマーさん!」
アギトの刃先がすでにホーマーの首筋に当てられていた。首筋に薄っすらと血がにじむ。
「とやかく言う前に腕を磨け。今回はこれで許してやる」
「く、くっそ!!」
何事もなかった様に自分のいたテントに戻るアギト。それをただ見送る事しか出来ないホーマー。ジーナとミアはアギトを追いかけ、クレアはホーマーの首筋に回復魔法をかけた。
「アギト君の事は娘達に任せて、貴方も少し頭を冷やしなさい」
「クレア」
やるせない表情のアギトに声をかけるジーナ。
「アギト君?」
「俺はアイツ等を許せなかった!」
立ち止まるアギト。
「宮殿でも色々大変だったのかもしれない。だがな、村の人間は必死で助かる方法を模索し、もがき苦しんでたんだ」
悲しい瞳でアギトを見るミア。
「アギト」
「捏造されたあの命令書がなければ、オークス陣営を切り崩せたかもしれない。そうなれば、もっと多くの村人が助かったかもしれないんだ」
アギトの肩に、そっと手を乗せるジーナ。
「俺は『もし』と言う言葉が嫌いだ。だけど、もしあの命令書がなければ、あの状況をひっくり返せたかもしれない。そしたら今頃レスさんや村長、隊長達と笑って雑談をしてたかもしれないんだ」
アギトの瞳から一筋の涙が流れる。ミアはそんなアギトの背中を優しく撫でた。
「だから……許せなかったんだ。確かにあの時の俺の行為は行き過ぎだったと思う。でも湧き上がってくる怒りを鎮められなかったんだ。村長達の事を思い出すと今も痛いんだ…心が」
胸に手を当てると、その場でうずくまるアギト。ジーナもミアも、その場でしゃがみ込む。
「俺は…俺は…」
「アギト君は、本当に精一杯やったわ」
「もういいよ、アギト。少し休んだら帰ろう」
ジーナ。
「まだ疲れが残ってるんだから、今は身体を労わるのが先よ」
「すまない、2人には心配かけたな」
アギトはテントに戻ると、再び深い眠りに落ちる。それを見守るリリーナとバディ。その夜、ジーナとミアは両親のいるテントへと向かった。2人の訪問を喜ぶホーマー。
「一緒に食事でもどうだジーナ、ミア?」
ジーナが答える。
「いえ、もう食べてきました」
「どうした、2人とも?」
クレアが間に入る。
「さっきの件ね?」
「えぇ」
ジーナがさっきの事をホーマーとクレアに話す。
「そう、やっぱり気にしてたのね。彼は責任感が強いから」
考え込むホーマー。
「私は彼との信頼関係を構築できてないから分からないが、そこまであの村に思い入れがあったのか。だが、それを差し引いても許せない!」
怒りが顔に出るミア。
「お父さんもお母さんも、あの村にはそんなに思い入れはないかもしれないね。特にお父さんは!」
「何が言いたいんだ、ミア?」
「ボクもアギトと同じでお父さんを許せない!」
「何故だ?」
「分からない、お父さん? ボク達姉妹はリリーの警護兼友達としてこの村で育ち、リリーに何かあればすぐにコーカス村に連れて来るように教育されたんだ」
「…」
「ボク達は小さい頃から、両親と離されて育ったんだ。ボク達を育ててくれたのは村長であり、村の皆だ。お父さんやお母さんはたまに来てくれたけど、一緒に暮らす事はなかった。ボクや姉さんはまだいい。ソフィアに関しては、回復魔法の才能があるからと言われ5年前にミナギ教国に修業に出されたんだ。そして、やっと去年エスター教会に戻って来たんだ。だけど、まだ、ここからは遠い場所だよ」
神妙な顔をするホーマー。
「ミア」
「いい、お父さん? アギトは突然この世界に連れて来られたんだ。自分の意志で来たんじゃない。いきなり戦闘に巻き込まれ、それでもこの村の為に血と汗を流しながら戦ってくれたんだ。確かに、アギトはこの村に来て多くの時間を過ごした訳じゃない。だけど、それでも村の人達に恩義を感じて戦ってくれたんだ」
ここでジーナに代わる。
「お父さんにも事情があり、そうしなければならなかったのは分かります。でも子供であった私達は、それでも両親と暮らしたかった。私達の親はこの村の皆です。アギト君はその村を必死に守ろうとした。考えられる全ての知恵と、その剣技を使って。それでも守りきれなかった。彼はそれを悔やんでいます」
「ジーナ」
「他の人ならそれで満足するでしょう。でも彼はそうじゃない。だから遅れて来た将軍やお父さん達を許せなかった。さっきアギト君もやり過ぎたと反省してました。でも彼の怒りは私やミアにはよく分かります」
ホーマーをにらみ付けるミア。
「これ以上お父さんがアギトを責めるなら、ボクと姉さんはアギトの味方をするからね」
ミアと同じくホーマーをにらみ付けるジーナ。
「私達は貴方達両親がいない間に、この村で成人を迎えました。私達を産んでくれた事には感謝しています。でも、これからは自分で考え、自分の意志で行動します。さっきミアも言いましたが、これ以上アギト君を責めるなら私達は貴方を、お父さんを許しません!」
クレアが割って入る。
「2人とも、もうお父さんを許してあげて。お父さんはアギト君の事をあまり知らなかったのよ。それとお母さんを大事にしてくれているから、あんなに怒ったの」
ジーナ。
「あと、付け加えておきたい事があります」
「なに?」
「ソフィアは分からないけど、私とミアは好きな男性は自分で探します。政略結婚とかイヤです。それにこんな田舎で育ったから、政略結婚させようにも優美な事は出来ません。ガサツで戦う事しか出来ない、ただの田舎娘です」
「ジーナ、言葉は正確に。『探す』のではなく、『もう見つけている』の間違いでしょう?」
「お、お母さん!」
「分かるわよ」
驚きながら聴くホーマー。
「まさか、その好きな男性はアギト君なのか?」
ジーナ。
「…」
ミア。
「…」
頭を抱えるホーマー。その肩にそっと手を置くクレア。
「貴方の負けよ」
「お、お前」
「でも、2人に言っておくわ。かなり大変よ」
ミア。
「わ、分かってる」
「もしかしたら、振り向いてくれないかもしれないわよ」
ジーナ。
「それでもかまわないわ」
「そう、そこまで言うなら、もう何も言う事はないわ」
そう言い残すとジーナとミアはホーマーのテントを後にした。ため息をつくホーマー。
「まさか、こんな事になるとは」
「娘達に重荷を背負わせ過ぎたわね。でも、いいじゃないの」
「お前まで」
「私達は彼女達を育てられなかったけど、真っすぐに育ってくれたわ。村長や村の皆に感謝ね」
「確かにそうだが。しかし、私達も好きであの娘達と離れてた訳じゃない。それに苦労かけた分、恋愛は自由にさせるつもりだった」
「諦めなさいアナタ。それに娘達はもう立派な大人よ。これからは頼み事するなら、キチンと筋道を立ててお願いしましょう。それが娘達に何もしてやれなかった私達のケジメよ」
「ふう、分かったよクレア。今夜はもう疲れたから寝るよ」
「少し待って、アナタ」
「どうした?」
「大事な事を忘れていたわ」
「なんだ?」
「この間の戦闘の時、アナタは私の事を『綺麗だった』と過去形で言いましたよね?」
ホーマーの額に冷や汗が流れる。
「そ、そうだったかな?」
「えぇ、そうです」
「聞き間違いじゃないのか?」
「アナタは私がボケたと言いたいの?」
「ま、まさか、滅相もうない」
「これから教育的指導をしなくてはならないようね」
「す、すみません。ゆ、許して」
「大丈夫です。優しく指導しますので」
その夜、クレアのテントからは男の叫び声が鳴り響いていた。




