第1章 第33話 オークス中佐 その2
会見を終え、自分の陣営に帰るオークスとハンナ。その途中、騎乗の上で独り言を言うオークス。
「これで私は祖国を裏切る事となった。たとえラノフの為とはいえ、私は……私は……」
少し後ろにいたハンナがオークスの馬にクツワを並べる。
「オークス様、これも難病のラノフちゃんを救う為、仕方のない事でございます」
「分かっている、分かっているが、息子の難病を治す為とはいえ、やはり……」
「ラノフちゃんはまだ6才でございます。早く治さないと、残された時間はあまり長くは……」
「あぁ。しかし、息子1人の命とコーカス村の住人の多くの命、そして、リリーナ様の命が等しいわけがない」
「そうですね、オークス様の言う通りでございます。しかし、コーカス村やリリーナ様は他人。でもラノフちゃんは貴方のたった1人の息子、数ではないのです。
どれだけかけがえのない人か、どれだけの時間を過ごしたか。たとえ短い時間でもどれだけの濃密な時間を共に過ごしたのか、命は単純に足し算、引き算ではありません。ラノフちゃんの命は他人にとってはどうでもいい命。でもオークス様にとっては、かけがえのない命です。
そして、その命を救える者はスタンリー王国に存在しません。我がザイン帝国だけなのです」
「キミは恐ろしい女性だ。まさか、ザインの密偵だったとはな。しかし、今ではキミもラノフ同様、私にとってかけがえのない人だ」
オークスは2ヶ月と少し前の事を思い出していた。
オークスはここ数日間、仕事を休んで1人山中に来ていた。ある薬草を取る為に。彼の妻は3年前にある病で亡くなっていた。
そして、息子も1年前に同じ病にかかってしまった。この世界では、病は回復魔法では治らない。オークスは人から『この薬草が良い』と聞けば、どんな場所でも探しに出かけていた。たとえ噂であろうとも。
そんな時2人の女性が悲鳴をあげながら、オークスの方に逃げて来た。その女性達は彼に助けを乞う。
「盗賊に追われております、どうか、どうか助けてください!」
時をおかずに数人の男が現れた。オークスは盗賊達を全て切り倒すと、彼女達を保護しその日は別荘に帰った。2人の女性は姉妹で墓参りに来ていた処を襲われたようだった。
姉の名はテーア・ベイカー。歳は23。セミロングの銀髪で少し釣り目の紅い瞳。キツイ系の美人。165㎝位で中々のプロポーションの持ち主だ。
妹の名はハンナ・ベイカー。歳は20。ロングの銀髪でやや垂れ目の青い目。顔は姉と似ていないが美人。160㎝と少し。こちらも素晴らしいプロポーションの持ち主だった。
テーアがオークスに礼を言い、その日泊まる宿を探す。だが、既に夕方になっており、オークスの別荘に泊まらせてもらう事となった。ちなみにオークスの家はルード宮殿の近くだが、別荘は少し離れた所にある。姉テーアがオークスに話しかけた。
「何から何までオークス様のお世話になり、申し訳ございません」
「別にかまわん。この通り息子も喜んでいるし、いつも男だけの食事だ。こんな美人の姉妹がいれば食事も美味くなる! なぁ、ラノフ?」
「うん、いつもパパだけだから、お姉ちゃん達がいると嬉しいな!」
「ありがとうね、ラノフちゃん♡」
ハンナは笑顔で応える。その夜ラノフが寝た後、オークスは彼女達の身の上を聞いた。現在、彼女達はザイン帝国で暮らしているが、彼女達の祖父、祖母は以前この付近に住んでいたらしく、墓もこの近くにあるらしい。その墓参りの帰りに襲われたようだ。
姉のテーアはザイン帝国のとある貴族のメイドとして働いている。そこの息子もラノフと同じ病だったが、ある薬草で治ったらしい。それを聞いたオークスはテーアにあるお願いをする。
「もし良かったら、その薬草を貰えないだろうか? 勿論お金は出す!」
「私もよく存じ上げておりませんが、噂では中々手に入らず、相当値の張るものらしいのです」
考え込むテーア。そこで一つの案を出す。
「私共は明日には帰ります。もしよろしければ、ラノフちゃんをお預かりし、薬草をいただけるのなら直ぐにラノフちゃんにお薬を飲ませられますが?」
「いや、そこまでは君たちに頼る事は出来ないし…」
「申し訳ありません、出過ぎた事を言いました。そうですよね、大事な息子さんを初めて会った見ず知らずの人間に預けるなど……ではこれではどうでしょう?
ハンナは現在花嫁修業中でございます。このハンナをオークス様の所に置いておきますので、家事等をお申しつけください。その代わりにラノフちゃんをお預かり致しますが?」
「キミ達を疑っている訳ではないが、しかし、それでは逆にキミ達に迷惑をかける。こんな冴えない男の家に、若く美しい女性を置いておくのは、かえってキミ達の親も心配するだろう?」
「その心配はございません。親はもう亡くなっておりますし、ハンナはもう立派な大人です」
「親がいないのか、それは失礼をした」
「いえ、かまいません」
「だが、キミ達はザインの人間で、私はスタンリーの人間だ」
ここでハンナがオークスに語りかける。
「オークス様、失礼ですが人の命にザインもスタンリーも関係ありません。助かる命は助けたいのです。そして、貴方様は今その可能性を手にしたのです。僅かな可能性かもしれませんが、それにすがる気持ちはありませんか? このままではラノフちゃんは… 心配なら私が人質となります。もし姉がラノフちゃんに何かしたら、その時は貴方様が私を好きなようにして頂いてもかまいません」
「何故キミ達は、そこまでして私達親子に?」
「本来なら私達姉妹は、もうこの世にいなかったかもしれません。ですが、そんな私達を貴方様は救ってくださいました。そんな貴方様が困っておられるのなら、今度は私達が助けたいのです。これでは理由になりませんか?」
オークスは、その言葉を聞いて涙ぐんだ。
「分かった、キミ達にお願いしよう。息子を、ラノフを宜しく頼む」
俯いて涙ぐむオークスの手を取りうなずくハンナ。テーアは顔を両手で隠し、泣いている様な仕草をしながら含み笑いをした。
翌朝テーアはラノフを連れザイン帝国へと連れて行く。
「テーア姉ちゃん、帝国てここから遠いの?」
「いえ、もう着いたわよラノフちゃん。ここがザインよ」
「まだ家を出て半日しか経ってないよ?」
「いいえ、ここが貴方にとってザインよ!」
テーアはそう言うとラノフの首を絞める。
「な、なんで……お、お姉ちゃん」
「もう貴方の役目は終わりよ、ラノフちゃん。私達の目的は貴方ではなくお父さんのオークスなの。ゴメンね♡」
しばらくすると、ラノフは動かなくなってしまった。テーアは返事をしなくなったラノフを崖から突き落とす。
「さて、エルザ、後は任せたわよ!」
そんな事を知らないオークスは家に戻り仕事に復帰した。その傍らにはハンナの姿があった。そんなある日。
「ハンナ程の美人がいるのに、近所の噂にのぼらないな?」
「それは私がオークス様の邪魔にならない様に、気を付けておりますから。もし、変な噂が立てばオークス様に迷惑がかかります」
「気を使わせて悪いな」
「いえ、お気になさらない様に」
しばらくしてテーアからオークス宛てに手紙が寄せられた。内容は『薬草が見つかったが、高価過ぎてテーアの給金では手が届かない事。ラノフの容態が急変した事。そして、その貴族はリリーナ姫をザイン帝国に連れて来るなら、無料でラノフに薬草を飲ます』という内容であった。
オークスは大いに悩むが、遂にある決断を下す。
「すまないハンナ、テーアさんに返事を書いて貰えないだろうか?」
「どのような?」
「その件、承知したと」
「本当によろしいのですか?」
「し、仕方ない……仕方がないんだ……」
オークスはうつむき歯をくいしばる。ハンナは彼の背中に寄り添い慰めた。
「申し訳ございません。私達姉妹の力がおよばず」
「キミ達は悪くない、キミ達は」
オークスはその夜、浴びる程の酒を飲み酔いつぶれた。
ハンナは心の中で呟く。
『計画通りですアニヤ様』
その翌日オークスはフレイザー将軍の執務室に入り、白紙の命令書に将軍の印を押し持ち帰る。その途中見回りをしていた警備隊員に見つかった。
「中佐どうされました、こんな夜中に?」
「いやな、明日の朝までに将軍に提出しなくてはならない書類があって残業してたんだ。先程出来上がったから持って来たんだ」
「こんな夜更けまで仕事とは、ご苦労様です!」
「なに、私は休みを多くとっているから仕方がない」
「息子さん大変ですね!」
「あぁ、ありがとう心配してくれて。ではこれで失礼するよ。キミも無理をするなよ」
「はい、ありがとうございます」
「あと、この事は内緒にしてもらえないだろうか」
「何故です?」
「残業なんてまるで出来ない男みたいで恥ずかしいのだよ」
「分かります。中佐は仕事の出来る男というイメージがありますからね。了解しました」
「悪いな」
「いえ、とんでもない」
「では、お休み」
「お休みなさい」
オークスは内心焦っていた。
まずかったな、見られたが仕方がない。それよりこれを早く持ち帰らないと。
家に帰り白紙の命令書をテーブルの上に置く。するとエルザはフレイザー将軍の書体を真似てその命令書にある事を書きこんでいる。命令書は失敗してもいいように2枚持ち帰っていた。
「ハンナ、キミは何者だ?」
ハンナはここで初めて自分が何者なのかを明かした。そして、あえてオークスに近づいた事も。オークスは剣の柄に手をかけ身構える。しかし、ラノフの顔がよぎると柄から手を離した。
「では、キミ達は姉妹ではないのか?」
「いえ、本当の姉妹です。そしてラノフちゃんの病を治す事も本当です。しかし、貴方様をだましていた事は謝ります」
「ハンナも偽名ではないのか?」
「偽名は使ってはおりません。本当の名です。私は帝国の手の者ですが、これを最後に辞めるつもりです。そして、貴方の妻となり……ラノフちゃんの母親になりたいと思っています」
疑うオークス。しかし、彼女の事を好きになっていた彼はその考えを放棄した。
「キ、キミはまさか……」
「最初は任務で貴方に近づきました。その真面目さや家庭を大事にする姿を見ているうちに、徐々に貴方の事が……貴方の事をお慕え申し上げております」
「ハ、ハンナ。ほ、本気なのか? こんな冴えない子持ちの男に、キミは…」
「同じ事を何度も女性に言わせないでください。その…恥ずかしいので…」
「分かった、この件が終われば私は帝国に亡命をする。そして3人で一緒に暮らそう!」
「オークス様の住む場所は姉のテーアが用意しております。そして、軍のポストも準備をしております。3人で暮らしてくださいますかオークス様?」
「ハンナ! そこまで私の事を」
その夜、褐色に焼けた肌と、白い肌が重なり合う。
「本当にいいのか?」
「はい……かまいません」
「ハンナ!」
濃厚なキスをした後、ハンナの豊満な胸にむしゃぶりつくオークス。
「い、痛い!」
「す、すまない。その……久しぶりなもので」
「いいのです、オークス様。貴方様の好きなようにしてくだい♡」
「ハンナ!」
2人はその夜から、毎晩肌を重ねた。最初の頃は大人しかったハンナも積極的にオークスを気持ちよくさせていく。そして数日後にはオークスはその技の虜となっていった。疲れ果てたオークスはハンナの胸の中で眠りに着く。そんなオークスの髪を撫でながら1人ささやくハンナ。いや、エルザ。
『これで貴方様はもう、私の体と房中術なしでは生きていけませんわ』
暗闇の中で妖しく微笑むエルザであった。しかし、その瞳には何故か憂いが見てとれた。
そしていよいよ決行の日、思わぬアクシデントが起きた。それはゴーダ村にしかけようとエルザがオークスに兵の収集を願い出たその日、第2王子の手によるゴータ村襲撃事件が起こる。この為作戦は中止となり、アニヤ・バーデンはリリーナ姫の逃げ込んだコーカス村の調査に入った。
リリーナ姫の動向を探っていたアニヤはアギトなる人物の存在を知る事となるが、大した人物ではないと思いノーマークだった。しかし、コーカス村にカーシー軍が攻め込んで来た時、そこでアギトの実力を目の当たりにする。予定を変更しアギトの暗殺をもくろむが失敗に終わった。
一転してアギトの取り込みと、それに平行してコーカス村襲撃に軸足を移す。もしアギトの取り込みとリリーナ姫の獲得が成功すればこの作戦は中止となる。だが、アニヤは成功するとは思っていない。その為、エルザは残った命令書に偽の文章を記入しオークスに渡す。
「これでコーカス村が攻撃できるな」
「はい、手はずは整っております。偽の大道芸人がコーカス村の壁に細工を致します。その翌日に動いてください」
「分かった。これが済めば3人で暮らせるんだな!」
「そうです、オークス様。これでやっと、一緒に暮らせます」
2人は抱き合うと熱い口づけを交わす。
「では行ってくる」
「タイミングは私の配下の者がお伝えします。どうかご武運を」
オークスはエルザに背を向け、ルード宮殿に向かう。宮殿である手続きをすると数人の部下を率いて、コーカス村のある北に馬を走らせた。
エルザはそれを見届けると、人目につかない様にオークスの家を出る。そして、アニヤと合流すべくある場所へと向かった。
~2人の指揮官~
人目をはばかる場所に、小さめの家がある。その建物の中には2人の銀髪の女性がいた。1人はアニヤ・バーデン。アニヤはクラークにカーシーの襲撃事件を報告をした後、エルザと連絡をとる為にこの家に来ていた。ここはクラークの別荘から8日かかり、コーカス村からは2日かかる場所である。
もう1人は顔が見えない。だが背丈や年齢はアニヤに似ていた。2人の女性は丸いテーブルを挟んで向かい合わせに座っていた。銀髪の女性がアニヤに話しかける。
「どうだアニヤ、そちらの方は上手く行っているか?」
「あぁ、問題ない。そっちこそ大丈夫なのか?」
「アニヤ、私を誰だと思っているんだ」
「そうだな、愚問だな」
「分かればいい。それでは予定通りだな。私の方はカーラが既に動いている。明日からコーカス村に大道芸人として潜りこむ。今日から4日後だ、抜かるなよ」
「こちらもエルザがオークスをたらし込んでいる。あの男はもうエルザからは逃れられない」
銀髪の女性はテーブルに置いてある飲み物に手を伸ばす。
「流石だなエルザは! ところで例のアギトはどうなんだ? 上手くこちらに引き込めそうか?」
「私が一度失敗しているからな、分からない」
「出来れば欲しいなアギトは。ラルス陛下なら絶対欲しがるはずだ。なんせ有能な人材は欲しくてたまらないお方だからな。暗殺を仕掛け、その上失敗したのは痛いな。
私達は陛下からリリーナ姫の件に関しては全権を委ねられているが、やはり陛下の利になる様に動かなくてはならない。わかっているなアニヤ」
「済んだ事をほじくり返すな。私も軽率な事をして反省しているのだ」
「ところで第1バカ王子はどんな感じだ?」
「あれは本当にバカだ。女の事しか考えてない」
「だからこそ扱いやすいのではないのか?」
「ではお前に譲る。いいように扱うがいい」
銀髪の女性は嫌な顔をする。
「……」
「今回はあのバカはどうでもいい」
「そ、そうだな、では私はここを出る。アニヤはどうする?」
「私はエルザと合流した後ここを出る」
「分かった」
こうして2人の女性はコーカス村の包囲網を構築していく。
毎日暑くて少しバテ気味です。皆さんも身体にはお気をつけください。
次回投稿は8月4日の予定です。宜しくお願い致します。




