5・9 変わってくことは死ぬよりも辛いんだ
5・9 変わってくことは死ぬよりも辛いんだ
昨日、書きたいことは、いろいろあった。だが、書こう書こうと思っているうちに、どうやら気絶して、朝だった。おれはいつもこうなんだ。何かしなければならないと思うほど、そのことを丸々すっぽかしちまう。もっとも、昨日は四十九日目だ。四十九日。そもそも、縁起が悪い。書かなくて、良かったのかもしれない。
昨日考えていたことは、今日はもう書くことができない。昨日と今日では、一日分ずれている。人間は、一日あれば、変わってしまうのには十分だ。物書きだって、書きたくても、書けなくなる。それほど、人間というのは、よく出来ている。無理やり思い出して書こうとすれば、必ずまがい物が出来上がる。そんな半端もので上書きしてしまうくらいなら、書かずに放っておく方がいい。昨日書かれるはずだったことは、上書きされないということによって、そのまま保たれ、僕の中に深く沈んでいく。そうして僕のどこか奥底で、少しずつ醸成されていく。そういうものは、じっくりと醸されたころに、何気ないときに、ふっと浮上する。そういう瞬間を待つのは、楽しい。新鮮なうちに食ってしまうより、熟成させた方が、たいてい美味い。だから昨日のことは、放っておく。
半端なもので上書きすること。それは何においても、悲劇だ。たとえば、人間のことだって、そうだ。在りし日の姿が、だんだんと変化していくくらいなら、いっそ、断ち切られてしまう方がいい。上書き保存は、最も残酷だ。それが少年についてなら、なおさらだ。変わってくのを見るのは死ぬよりも辛いんだ。誰が、何と言ったって、そうだ。だから、僕は追憶の詩を書く。今日は雨がよく降っている。今日はずいぶん長い詩を書いた。きっとその詩だって、同じ類だ。(了)




